From Slaying Metal Slimes to Being Called the King of Black Steel e RAW novel - Chapter (129)
第129話 地上へ
ヘル・ガルムが堪らず下がると、横からは田中と水無月が霧を払って現れる。
田中は「僕がやる!」と言って短剣を投げつけた。犬の横っ腹に突き刺さり、怒り狂ったヘル・ガルムが顔を向けるが、今度は水無月が斬りかかる。
魔犬は顎に傷があるせいで、うまく火が吐けない。
縦に走る剣閃―― 水無月の剣は、犬の顔を斬り裂いた。呻き声を上げ、フラつく魔犬に、さらなる追撃がくる。
「うおおおおおおおおおおお!!」
神崎が六角棍で薙ぎ払う。剛腕から繰り出される一撃に、ヘル・ガルムは足をすくわれ跳ね飛ばされた。
地面に叩きつけられ、血を吐き出す。
霧が晴れていく。魔犬がヨロヨロと立ち上がると、周りはすでに囲まれていた。
悠真に神崎、田中に水無月。そして駆けつけたサクラポートの
探索者
もいる。
「いくら【深層の魔物】でも、これだけ
探索者
がいれば……」
楽観して笑みを浮かべる神崎だったが、少し離れた場所が騒がしくなっていることに気づいた。
「なんだ?」
視線を向けると、そこには最悪の光景が広がっていた。複数のヘル・ガルムが上位
探索者
の守りを突破して、こちらに走ってくる。
「おいおいおい! 勘弁してくれ!!」
神崎は顔を歪め、他の
探索者
は恐怖で息を飲む。一匹でも勝てるかどうか分からない相手なのに、向かって来るのは五匹だ。
誰もが最悪の事態を想像した時、傷を負っていたヘル・ガルムが突如動き出し、襲いかかってきた。狙われたのは水無月だ。
五匹のヘル・ガルムに気を取られていたため対応が遅れた。
――かわせない。
水無月がそう思った時、一筋の炎が弧を描いて魔犬の喉元にすべり込む。
瞬
きする間の出来事。
ヘル・ガルムの首は宙を舞う。傷口は発火し、炎が広がった。
その場にいた者は一瞬、なにが起きたのか分からなかったが、剣を振り抜いた格好でしゃがむ人影を見つける。
「ルイ!」
思わず声が出た悠真は、慌てて口を押える。フードを被っているとはいえ、今は『金属化』している状態。顔も手も真っ黒だ。
他の人ならいざ知らず、ルイに見られたら後々面倒になる。悠真はそう考え、神崎の背に身を隠す。
そこからチラリと覗き見た。ルイは日本刀のような武器を持ち、全身は白いバトルスーツを着込んでいる。
斬ったヘル・ガルムの胴体は再生することなくバタリと倒れ、燃え続けていた首と共に砂へと帰った。
――炎の剣で‶火の魔物″を倒したのか!?
悠真が驚いていると、神崎が前を見たまま小声で囁く。
「すげーな、ありゃ‶武器の魔力″を完全に開放してやがる」
「武器の魔力?」
悠真が眉を寄せる。
「魔法付与武装には、強力な‶魔宝石″が使われてる場合がある。才能のある奴ほど魔宝石の魔力を引き出せるって言われてるんだ」
「だからあの犬でも倒せたんですか?」
「魔力が2000そこそこで、ヘル・ガルムを焼き殺せるはずがない。お前の幼馴染は、とんでもねー才能を持ってるようだな」
悠真は黙り込む。『金属鎧』になり、何度も攻撃を叩き込んでやっと倒すことのできた犬の魔物。
その魔物をルイは一撃で倒した。
分かってはいた。自分とは違う、本物の才能がルイにはあると。悠真はその現実を改めて思い知る。
ルイは立ち上がり、刀を軽く振って鞘に納めた。
「みなさん、大丈夫ですか?」
「おう! こっちは問題ねーよ」
ルイの問いに神崎が答える。周囲に目を移せば、多くの
探索者
たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。
何匹ものヘル・ガルムに追い立てられているのだ。
上位
探索者
が敷いた陣は崩れ、辺りは阿鼻叫喚の地獄絵図と化している。それでも何人かがヘル・ガルムの前に立ちはだかり、勇敢に戦っていた。
恐らく大手企業の
探索者
だろう。
その内の一人、炎を纏う剣で戦う女性がいた。ヘル・ガルムを牽制しつつ、こちらに向かって大声で叫ぶ。
「ルイ! ここはもうダメだ。そいつらを連れて上へ行け!!」
「分かりました!」
ルイはすぐに身を返し、神崎や水無月の前に歩み寄る。
「みなさん、出口に向かって走って下さい! 後ろは僕が守ります」
「お、おう。分かった」
ルイの言葉に神崎が応じ、全員で出口に向かって走り出す。集団の最後尾には神崎とルイがつけ、走りながら追手を警戒する。
「にしてもすげーな、お前! あのヘル・ガルムを一撃で倒すとは」
走りながらそう言う神崎に、ルイは謙遜して「い、いえ」と小さく首を振る。
「あのヘル・ガルムは口に傷を負っていたので、火が噴けなかったみたいです。それがなければ、近づくのも難しかったと思います」
「謙虚だね~、ホープ君は」
神崎は後ろを振り返る。ヘル・ガルムと戦っている
探索者
たちを見れば、確かに犬が吐く炎に苦戦しているようだ。
――悠真の攻撃が効いてたってことか。
神崎がそんなことを考えていると、前を走っていた一人が足を緩め、こちらに近づいてくる。
「助かったぜ、ルイ」
「悠真! やっぱりここにいたのか」
ルイは先日挨拶をした神崎のことを覚えていた。しかし同じ会社の悠真がいないことに不安を募らせていたが、無事だったと知ってホッと胸を撫で下ろす。
「良かった、悠真。怪我はないかい?」
「おう、ピンピンしてるよ!」
二人は走りながらお互いの無事を喜び合う。だがそれも束の間、悠真はすぐに真剣な表情になり、口を開く。
「あの魔物たち……天王寺さんや‶雷獣の咆哮″が倒してくれるんだよな?」
「……ああ、もちろんだよ。でも苦戦してるのも事実だ」
ルイの表情が一瞬曇るも、それを振り払うように力強く前を向いた。
「大丈夫! 魔物を地上に誘導して戦う作戦に切り替えたんだ。僕らも魔法が使いづらくなるかもしれないけど、それ以上に魔物が弱体化する可能性が高い。そこを一気に叩くんだ!」
ルイは自信あり気に微笑むが、果たしてそうだろうかと悠真は疑問を持つ。
――あの魔犬は地上でもかなり強かった。だとしたら‶マナ″の強い魔物は、地上でもあまり力が落ちないんじゃないか?
悠真にはある種の確信があった。なにより
自
分
自
身
が
地
上
で
問
題
な
く
魔
力
を
使
え
て
し
ま
う
からだ。
一抹の不安を覚えるが、それをルイに言う訳にはいかない。
悠真はふと振り返る。遥か視線の先、
探索者
に囲まれた赤い魔物が目に入る。体から噴き上がる爆炎が辺りに飛び散り、何者も近づくことができない。
再び前を向いた悠真は、ルイと共に足を速める。
一行はヘル・ガルムの追撃から逃れ、なんとか地上へと脱出した。