From Slaying Metal Slimes to Being Called the King of Black Steel e RAW novel - Chapter (145)
第145話 過去の謎
エルシードの本社。
日が沈み、多くの社員が退社する中、明かりが落ちたオフィスルームで記録映像を見ている男がいた。
「石川、まだ帰らないのか?」
声をかけてきたのは天王寺だ。
「ああ、まだ調べることが多いからな。お前こそ明日から北海道だろ」
「そうだよ。朝一で空港に行く」
「こんな所で油売ってないで、早く帰れ!」
石川がそう言うと、天王寺は持ってきた缶コーヒーを目の前に差し出してくる。
フッと笑って受け取り、タブに指をかけて蓋を開く。隣で天王寺が同じ缶コーヒーをゴクゴクと飲んでいた。
石川もパソコンの映像を見ながら、コーヒーをすする。
昔から二人が飲むのはブラックと決まっていた。
「なにか分かったことはあるか?」
天王寺がデスクに腰を下ろし、話しかけてくる。石川は小首を振った。
「いいや、さっぱりだ。黒の
君主
の情報はまったく上がってこない。あれだけ目立つ魔物なのに目撃者がいないとは……ちょっと信じられんな」
石川は
君主
の戦闘映像、及び‶探索者の街″周辺の防犯カメラの映像を調べていた。一通りの調査は警察で行われていたが、見逃しがあるかもしれないと自分で確認している所だった。
「逆にそれが
君主
を発見する手掛かりになるかもしれん」
石川は眉を寄せる。
「どういう意味だ? 天王寺」
「つまり発見されないよう、姿かたちを変えている可能性があるってことだ」
「擬態能力か!?」
黒のダンジョンにいる魔物の中には、他の魔物に擬態するものもいる。だが多くは力の弱い魔物であるため、石川は想像すらしていなかった。
「じゃあ、別の生き物に変化していることも……しかし、なにに化けているんだ?」
その時、石川の脳裏に最悪の考えが過り「まさか……」と声に出す。
「ああ、
人
間
に
擬
態
し
て
い
る
としたら……極めて危険で厄介ってことになる」
「だが、そんなことが有り得るのか? 奴は多くの能力を持っている。常軌を逸したパワーとスピード。恐ろしいほどの硬い外殻に、魔法を通さない防御力……その上、人に擬態? 考えすぎじゃないか?」
石川は両手を上げて肩をすくめる。天王寺も「そうだな」と答えた。
「少しナイーブになっていたかもしれない。最近は良くないことが続いたから」
「確かに」
石川はコーヒーをすすりながら、モニターを見る。
「どこに行ったかも問題だが、どこから来たのかもまったく分からん。当日、探索者の街の防犯カメラには、‶黒鎧″が入ってきた姿は捉えられていない。本当に突然現れたような……まあ、カメラの無い場所から侵入することもできるが」
缶コーヒーをテーブルに置き、石川は腕を組んで唸り声を上げる。
いくら考えても答えなど出なかった。そんな眉間に皺を寄せる石川に対し、天王寺は「それなんだが……」と声をかける。
「一つ推測がある」
「ん? なんだ、推測って?」
「ヘル・ガルムが最初に逃げ出した時のことを覚えてるか?」
「覚えてるもなにも、そのヘル・ガルムを追跡調査したのは、俺とお前じゃないか」
石川は、なにを今更と怪訝に思う。
「そうだ。そしてヘル・ガルムは東京の郊外で死んだことが分かった。
何
者
か
に
殺
さ
れ
た
んじゃないかという謎だけを残して」
「……ちょっと待て、まさか!?」
天王寺は真剣な目で石川を見据える。
「ヘル・ガルムを殺したのは‶黒鎧″……そう考えれば辻褄が合う」
「いやいや、それはいくらなんでも――」
石川は頭を振るが、天王寺は譲らない。
「よく思い出してみろ。まず茨城から東京までヘル・ガルムが移動したこと自体が不自然だ。マナが溢れ出しているのは‶探索者の街″の周辺だけ。そこを離れるはずがないと当初は考えられていた」
「それは……そうだが」
「だが、実際は移動した。
よ
ほ
ど
の
理
由
が
な
い
限
り
、リスクを冒してそんな場所には行かないだろう」
「その理由が‶黒鎧″だって言うのか? 飛躍しすぎだろう」
「いや、ヘル・ガルムは嗅覚や感知能力が優れている魔物だ。なんらかの痕跡を辿って‶黒鎧″に到達した。そして返り討ちに遭い、殺されたんだ」
天王寺の話に、石川はハァーと息を吐く。
「天王寺、想像を膨らませるのは勝手だが、そもそも黒鎧はどこから来たんだ? まさか人間に溶け込んで生活でもしてたって言うのか?」
呆れた顔をする石川に対し、天王寺は真顔で答える。
「‶黒のダンジョン″から出てきたんだ」
「おいおい、また突拍子もないことを……黒のダンジョンは消滅しただろう! 出入口を監視していた自衛隊は魔物が出てきたなんて話はしてない。間違いなく中にいた魔物ごと消滅したんだよ!」
「……本当にそうか?」
「なに!?」
「ダンジョンの消滅は、世界的にも報告例が少ない。具体的にどんな影響が出るかは、まだ分かってないことの方が多い」
「確かに、そうかもしれんが……」
石川は納得できず、仏頂面になる。
「
特異な性質の魔物
は、ダンジョンの最下層にいるボスモンスターとは別だと言われている。だとすればダンジョンが崩壊した時、‶黒鎧″は洞窟内にいた。そして地殻変動が起き、地上に繋がる出口がどこかにできたんじゃないか? そこを通って地上に出てきた」
「うう~ん」
唸る石川の肩に、天王寺がポンッと手を乗せる。
「地上に出てきた黒鎧だが、マナが薄い世界では自由に動けない。仕方なく隠れていた所、『赤のダンジョン』のマナ放出に気づいて、わざわざ茨城までやってきた」
「まあ……確かに筋は通る。しかし、それを証明する方法はないだろ?」
「そうだな。あくまで俺の想像だよ」
天王寺は缶を持ち上げ、残ったコーヒーを飲み干した。
「なんにせよ、俺は明日から北海道だ。‶黒鎧″の捜索は頼んだぞ! 石川」
「ああ、任せておけ」
天王寺は部屋を出ていき、その背中を見送った石川は深い溜息をついた。
「黒鎧は、どこから来て、どこに行った……か。それが分かれば苦労はないが」
石川は再びパソコンのモニターを凝視する。そこには自分たちと戦う、黒い化物が映し出されていた。
――どこから来たのかは推測の域を出ない。だが、どこへ行ったのかは論理的に考えれば答えは出るかもしれない。
石川は天王寺の言葉を思い出す。
『
人
間
に
擬
態
し
て
い
る
としたら、極めて危険で厄介……』
何度も頭の中で繰り返される懸念。もしそれが本当なら――
「こいつは……人類にとって最大の脅威になるかもしれん」