From Slaying Metal Slimes to Being Called the King of Black Steel e RAW novel - Chapter (156)
第156話 スローモーションの世界
防衛省市ヶ谷庁舎にいる関係者たちに衝撃が走る。
「一般車両に事故発生! 運転手がどうなったか分かりません」
高倉は立ち上がってモニターを見る。一般道で渋滞が発生し、一台の車が煙を上げていた。
恐れていたことが起きてしまった。民間人に死傷者が出たかもしれない。
「作戦は中止だ! ヘル・ガルムを始末しろ!!」
鬼の形相を浮かべる高倉に、芹沢は気圧され「は、はい!」と言って、すぐに命令を現場に伝える。
ヘル・ガルムの近くにいた
探索者
たちは、迅速に動き始めた。
本来なら事故を起こす前に止めるべきだが、ヘル・ガルムがあまりに突然車に突っ込んでいったため、
探索者
たちはどうすることもできなかった。
これ以上の被害の拡大は赦されない。
準大手の
探索者集団
を率いる山内は、仲間にヘル・ガルムを囲むように伝える。
被害者を助けるための手配は、本部がやっているだろう。山内は逡巡する。
自分たちはヘル・ガルムに集中すればいい。だが完全に倒すことはできない。山内は大手の
探索者集団
か、海外の
探索者
が応援に来るまでヘル・ガルムの足止めをしようと覚悟を決めた。
◇◇◇
「うぅ……」
気を失っていた悠真が意識を取り戻す。なにが起きたか分からなかった。車はビルの壁にぶつかって止まっているようだ。
何回か転がったせいで車体はベコベコだが、幸いなことにひっくり返ってはいない。
「ヘル・ガルムが突っ込んできたのか……? でも、なんでこんな所に」
悠真は頭を押さえながら隣を見ると、田中がぐったりして俯いている。
「田中さん! 大丈夫ですか!?」
すぐに声をかけ外傷を見る。頭から血を流しているが、息はしている。
気を失っているだけのようだ。
悠真は田中のシートベルトを外し、車外に出ようとするが、ドアが歪んで開かない。
「くそ!」
運転席のドアを思い切り蹴り飛ばす。一度では開かなかったが、何度か蹴っていると少しだけ開いた。
田中を抱きかかえ、なんとか外へ出る。
「田中さん、しっかりして下さい!」
「あ……うう」
田中が意識を取り戻した。
「僕は一体……」
「俺にもよく分かりません。取りあえず、こっちへ!」
足がふらつく田中に肩を貸しながら、急いで車から離れる。あれだけボロボロだと車が炎上するかもしれない。
ふと見れば、道路の中央にヘル・ガルムがいた。体から炎をたぎらせている。
魔物の周りを何人もの男女が取り囲んでいた。
探索者
だろうか?
とにかく、早くここを離れないと。『金属化』できない以上、ヘル・ガルムと戦うことはできない。
悠真が人通りの多い繁華街へ向かっていると、背中から叫び声が聞こえてくる。
振り返ると、
探索者
たちがヘル・ガルム相手に苦戦していた。
一瞬のスキを突かれ、包囲網を突破される。魔犬はまっすぐ、悠真に向かって駆け出してきた。
「おいおい! またかよ、なんでこっちにくんだ!?」
悠真は田中と共に小走りで逃げた。周りには商業施設が多くあるため、けっこうな人がいる。
人々がヘル・ガルムの姿を見つけると、一様にパニックを起こす。
「なに!? この犬!」
「魔物じゃないのか!?」
「うわああああ! こっちに来るな!!」
ヘル・ガルムは邪魔な人間に体当たりし、次々に跳ね飛ばしていく。このままでは多くの犠牲者が出てしまう。
――金属化できれば……。
そう思って臍を噛んだ瞬間、ヘル・ガルムの前に数人の男たちが立ちはだかった。さっきとは別の
探索者
のようだ。
【魔法付与武装】を使って、魔犬と戦っている。やはり苦戦しているようだが、彼らに任せるしかない。
「悪く思わないでくれよ。俺は自分のことで精一杯なんだ」
悠真は田中を連れて、繁華街の奥へと消えていく。悠真たちが去った後、商業ビルに囲まれた道路の一角で戦いは続いていた。
ヘル・ガルムは目の前の敵に対し、唸り声を上げ、炎を吐き出す。
コンクリートをも易々と溶かす灼熱の業火を、
探索者
たちは必死でかわした。
だが突進して来るヘル・ガルムを避けられず、一人がまともに頭突きを喰らう。
吹っ飛んでいくとアパレルショップのショ―ウインドーを突き破り、血まみれになって床に転がる。
魔犬は再び
探索者
の包囲網を突破し、人が多くいる通りに出た。
「まずいぞ! 追いつけない」
「応援はまだか!?」
探索者
たちが慌て出す。一早く駆けつけた準大手の
探索者集団
だが、ヘル・ガルムを止めるほどの戦力はなかった。
必死に追いすがろうとする。しかし、ヘル・ガルムの速さについていけない。
その時、飲食店から楽しそうに出てきた
母娘
がいた。魔犬はまっすぐ向かっていく。母親と少女は迫りくる脅威に気づいていない。
「危ない! 逃げろおおおお!!」
探索者
の絶叫に少女が気づき、後ろを振り返る。そこには大きな口を開いた赤黒い犬がいた。
全身からメラメラと炎が漏れ、鋭いキバは少女に向けられる。
驚きと恐怖で体が動かない少女は、目を見開いたまま固まってしまった。異変に気づいた母親は悲鳴を上げる。
少女の目には、全てがスローモーションのように見えた。
唾液がついた犬のキバが迫る。その刹那――
黒い拳が犬の横顔を捉える。野太い腕が突き刺さった魔犬の顔はゆっくりと歪み、ひしゃげていく。
少女の感覚が戻る。スローモーションだった世界は消え、時間が正常に流れ出す。
赤黒い犬は凄まじい速さで吹っ飛んでいき、ビルの壁に激突した。呆然としていた少女が、恐る恐る視線を上げる。
そこには全身真っ黒な怪物が立っていた。