From Slaying Metal Slimes to Being Called the King of Black Steel e RAW novel - Chapter (170)
第170話 閣僚会議
エルシードの本社ビル。その八階のフリースペースに、”雷獣の咆哮”のメンバーが集まっていた。
腕に包帯を巻いた天王寺を始め、ソファーに座っている面々の表情は重く沈んでいる。特に深刻な顔をしていたのはルイだ。
メンバーから少し離れたベンチソファーに腰掛け、組んだ両手を見つめていた。
「ったく! なんでこんなことになったんだ!?」
一人で部屋を歩き回っていた泰前が、イライラした様子で吐き捨てる。
「魔物だと思って戦ってたのに、実は人間だった? しかもルイの友達なんだろ? そんなこと有り得るのか!?」
「泰前、座れ」
天王寺が
諫
めるが、泰前はカッカしたまま歩き続ける。黒鎧と戦った
探索者
たちは、相手が人間だったという事実に驚き、受け止めきれずにいた。
それは自分たちが人間を殺そうとしていたことを意味するからだ。
各自が黙って俯いていると、部屋のドアが開く。入ってきたのは本部長の本田だ。
「本田さん、どうでしたか?」
天王寺が立ち上がり、本田の元へ歩み寄る。ルイもすぐに顔を上げ、他のメンバーと共に本田の周りに集まった。
「今、政府の高官と話をしてきたが、状況は厳しいな」
本田の言葉に、ルイは「どういうことですか!?」と食ってかかる。
「我々エルシードや一部の研究者は黒鎧を人間として扱うべきと主張したが、政治家の間では、黒鎧を魔物として処分すべきという声が多いらしい」
「そんな……」
ルイは絶句して立ちすくむ。
「岩城総理も同じ考えなんですか!?」
天王寺が眉をよせて本田に尋ねる。
「分からん。迷っているとも聞くが、海外勢……特にアルベルトの発言が総理を悩ませているようだ」
「アルベルト? あいつはなにか言ったんですか?」
本田は険しい顔をして一つ息を吐く。
「”あれは
君主
の力ではない。もっと上位の、より強力な魔物の力だ”と」
その場にいた者たちの表情が曇る。
君主
を倒したことがあるのはアルベルトだけ。そのアルベルトが言うのなら、その通りなのだろう。
なにより、自分たちも”黒鎧”の力をまざまざと見せつけられた。
圧倒的な強さと、身がすくむほどの恐怖を。それでも天王寺は顔をあげる。
「本田さん、政府にかけあって下さい。黒鎧……三鷹悠真は”雷獣の咆哮”が受け入れると。あれほど強い
探索者
なら、是が非でも欲しい!」
本田は厳しい顔をする。
「しかし、暴れ出せば我々だけでは止めれん。分かっているだろう天王寺。世界最強の
探索者
たちが八十人がかりでやっと捕らえることができた。次はないんだぞ」
天王寺は頭を振って反論する。
「戦っていた三鷹悠真は誰も傷つけていませんでした。あれは人間の意識がなければできないんじゃないですか!?」
「言いたいことは分かる。だが彼が本当に人間と呼べるかどうかは、専門家の間でも意見が分かれてるんだ! 危険がないと決めつけることはできん」
「そうかもしれません。でも今は”マナ”が地上に溢れ出して、どんな魔物が現れるか分からない状況です。そんな中、彼は貴重な戦力になります。なんとかお願いします本田さん!」
天王寺が頭を下げると、黙っていたルイも口を開く。
「悠真は……アイツは魔物なんかじゃありません。きっと、なにか理由があってあんな姿に……。悠真の両親も友達も、みんな心配して帰りを待ってるんです。僕からもお願いします」
ルイも深々と頭を下げた。それを見て本田は目を閉じ、溜息をつく。
「分かった。なんとかやってみよう。だが、期待はしないでくれよ」
「はい!」
頭を上げたルイは、パッと顔を輝かせた。
◇◇◇
「おう、元気か? 田中さん」
「ああ、社長!」
病院の一室。頭に包帯を巻いた田中は上半身を起こし、見舞いに来た舞香と話をしていた。
「僕は全然、平気ですよ。それより悠真くんはどうなりました? 拘束されてるって聞きましたけど……」
田中が不安そうに聞くと、隣にいる舞香も口を開く。
「悠真くんはいつごろ帰ってこれるの? まさか逮捕されるなんてことないよね?」
神崎はボリボリと頭を掻き、舞香の
傍
らに歩み寄る。
「分からねえ。それに俺やアイシャも逮捕されるかもしれねえんだ」
「そんな!」舞香が目を見開く。
「警察が会社の書類を全部持っていったし、お父さんだって事情聴取に応じてるじゃない! それなのに……」
田中も悲痛な顔をする。
「社長がいなくなったら会社はやっていけませんよ……これからどうなるんでしょうか? D-マイナーは」
神崎は不安そうに俯く二人を見て、居た堪れない気持ちになる。こんな時こそ社長として引っ張っていかないと。
「心配すんな! やれることは全部やる。会社のことも、悠真のことも、俺が何とかするから任せとけ」
「でも、お父さん。本当に逮捕されたらなにもできないでしょ?」
「う、まあ、そうなんだが……」
舞香と田中が不安気に見つめる中、神崎は苦笑いを浮かべるしかなかった。
◇◇◇
東京千代田区にある首相官邸――
緊急の閣僚会議が行われていた。各大臣の意見が飛び交い、議論は紛糾することになる。
「総理! なぜ躊躇するんですか!? 世論も”黒鎧”を殺すべきとの声が圧倒的多数です。このままでは次の参院選に影響します」
声を上げたのは厚労大臣の細川だ。
齢
八十を迎えた与党の重鎮で、政権内に強い影響力を持っている。
そんな細川の話を、腕を組みながら聞いていたのは総理の岩城だ。恰幅のいい体格に白髪交じりの髪。
政治の修羅場をくぐってきた顔には深いシワが刻まれていた。
「私も細川さんに賛成です。”黒鎧”を生かしておくのは無用なリスクを内包するようなもの……。早々に処分すべきです!」
進言したのは経産大臣の小笠原だった。閣僚の中ではもっとも若く、国民からの人気も高い小笠原の意見であるため、岩城も無下にはできない。
そんな中、閣議に参加していた防衛大臣の高倉は、黙って話を聞いていた。
高倉自身、黒鎧の処遇に関しては明確な答えが出なかったからだ。閣僚たちの意見も分かれ、黒鎧を処分すべきと言ったのは六割ほど。
残りは慎重派となった。
特に異を唱えたのは法務大臣の江藤だ。でっぷりとした腹を揺らし、前屈みで岩城を見る。
「総理、一人の日本国民を処分するとなれば、それなりの法的根拠が必要です。憲法にも抵触する可能性がありますので、慎重に考えるべきかと」
「うむ……」
岩城は腕を組み瞼を閉じた。目下、最大の問題になっているのが、”黒鎧”こと三鷹悠真をどうするか。
戸籍を持つ国民であることが確認されたため、すぐに殺すことができなかった。
人ではなく魔物として扱うべきとの意見も出たが、三鷹悠真が人を殺したり、誰かに傷害を負わせたという報告もない。
それ故、魔物だと断定することが難しくなってしまった。
人を傷つけていないなら、それは人間としての意思がある証拠。そう主張する学者が何人も出てきたためだ。
早く処遇を決められないことに、岩城は
忸怩
たる思いだった。
彼自身――
黒
鎧
は
殺
す
べ
き
と考えていたからだ。