From Slaying Metal Slimes to Being Called the King of Black Steel e RAW novel - Chapter (171)
第171話 総理秘書官
閣僚会議が終わり、会議室を出た総理の岩城は執務室へと向かっていた。
後ろには総理秘書官の波多野が付き従う。波多野は切れ長の目をした神経質そうな男で元弁護士。秘書官の中では岩城の信頼がもっとも厚かった。
「波多野……黒鎧の件、お前はどう思う?」
問われた波多野は、表情を変えずに答える。
「はい、私も総理と同じ考えです。政権に取ってマイナスにしかならない存在は抹殺すべきでしょう。しかし……」
「なんだ?」
岩城は眉尻を上げる。
「黒鎧が人間だったという事実は一般には公開されていないものの、多くの者が知っております。法的根拠もなく国民を殺したとなれば、政権に対する批判が出てくる可能性も否定できません」
「それはマズい。参院選前に余計な揉め事は避けるべきだろう」
「その通りです。次の参院選は、与党の過半数割れが囁かれている厳しい情勢。事前に失策などあってはなりません」
「確かにそうだ」
岩城は執務室の年季の入った扉を開け、中に入る。部屋の中央に置かれた革張りのソファーに深く腰かけた。
懐からシガーケースを取り出し、ドミニカ産の葉巻を『シガーカッター』でカットして口に咥える。
控えていた波多野が慣れた手つきでライターを取り出し、葉巻に火をつけた。
岩城は煙を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
辺りに
紫煙
が広がり、岩城は落ち着いた様子で目を閉じる。最近はストレスになるような報告ばかりだ。
多少の休息は許されるだろう。
煙をくゆらせながら、静かに瞼を開く。
「とは言え、黒鎧を生かしたままでは国民は納得しないだろう。やはり早々に始末しないと」
「はい、ですがそのためには解決すべき問題があります」
「問題? 法的根拠以外になにがあるんだ?」
総理に水を向けられ、波多野は「はい」と言って答える。
「一つは”黒鎧”を殺すことに、エルシードの人間が反対していることです。今後現れるかもしれない強力な魔物と戦うには、黒鎧は必要な戦力になりえるというのがその理由です」
「ふん! 戯言だな。強いとはいえ、一人いたところで状況は変わらんだろ」
「私もそう思いますが、海外の
探索者
や一部の学者からも同意する者が出てきております。完全に無視する訳にもいきません」
「う~む……小うるさい連中だ」
唸る岩城を前に、波多野は「それにもう一つ」と話を続けた。
「黒鎧を簡単に殺せるかどうか、という問題です。もし中途半端に生き残れば、暴れ回る危険性もありますので」
「なるほど、確かにそうだ」
岩城は納得して頷く。もう一度葉巻を咥え、煙を吸い込んだあと、ゆっくりと吐き出した。
黒い陶器製の灰皿で葉巻の火を消し、思い悩んだように腕を組む。
岩城の考えを推し量った波多野が、
恭
しく進言する。
「総理、まず黒鎧のことを調査してから判断するのはいかがでしょう? 確実に殺せると分かれば始末すればよろしいかと。調査している間に私が反対する人間を説き伏せ、後々問題にならないよう根回しをしておきます。最終的に参院選の懸念材料を排除し、波風を立たないようにするのがベストかと」
「……分かった。お前に任せよう」
「ありがとうございます」
波多野は一礼して部屋を辞去する。廊下に出た波多野はフッと頬を緩めた。
裏方として問題の対処にあたるのが彼の仕事。今回もいつもと同じように、邪魔者は排除する。
ただ、それだけだった。
◇◇◇
「うわっ!」
白い壁の一部が横に開き、トレーに乗った食事が出てくる。ごはんに味噌汁、魚のフライに野菜。そしてパックの牛乳。
「なんか、学校の給食みたいだな」
悠真は「まあいいか」とトレーを持ち、部屋の中央に置かれたベッドまで運ぶ。
テーブルが無いため、ベッドに座り、太ももの上にトレーを置いて食べ始める。箸でごはんを掻き込み、味噌汁を飲んでいると、スピーカーから声が聞こえてきた。
『やあ、三鷹くん。食事中に失礼するよ。もし、食事に関して要望があればなんでも言ってほしい。できる限りのことはするつもりだからね』
「はあ、ありがとうございます。取りあえず今のままで大丈夫です」
悠真は気だるげに答える。話しかけてきたのは藤波という研究員だ。昨日の夜からスピーカーを介して会話をするようになった。
外の様子がまったく分からない悠真に対し、藤波は現状を詳しく説明した。
今日の日付や時間、探索者と戦った後どうなったのか。ここが都内某所にある国の施設であることなど。
悠真からもトイレや歯磨きをどうするのか? 風呂は? これからどうなるのか? などの質問をすると、藤波は丁寧に答えてくれた。
『君の今後については私も分からないんだ。でも、なるべく早くここから出られるように、上の人には話しておくよ』
「そうしてもらえると助かります」
ごはんを食べ終わり、トレーを壁際まで持っていくと、壁の一部がスッと開く。
トレーを中に入れると扉が閉まり、そのまま片付けてくれるようだ。
――便利だけど、なんか味気ないな。
そんなことを考えながら、悠真はベッドに戻る。その時、腹がゴロゴロと鳴り出した。
「う!? なんか急に腹が痛くなってきたな……」
悠真は腹を押さえて顔を歪める。
『どうしたんだい?』
「あ、いや、お腹が……ちょっとトイレに行ってきます」
『ああ、分かったよ。体調が悪くなったら、すぐに言ってね。薬はいつでも用意するから』
「どうも……」
悠真はトレーを片付けた場所とは反対側の壁まで急ぐ。手をかざすと壁だった部分が横に開き、トイレと風呂が一緒になったユニットバスが現れる。
かなり狭いが、文句を言っている場合ではない。
悠真は慌ててドアを閉めた。
◇◇◇
モニタールームでは、三人の研究員が記録をつけていた。『藤波』と名乗った男はパソコンの画面を見ながら、データを入力していく。
「食事に混ぜた下剤は効いているようだな。昨日夕食に入れた睡眠薬も効果があったようだし、ここまでは普通の人間と変わらないな」
「ああ、問題は致死性の毒が効くかどうかだ」
そう答えたのは背の高い研究職の男だった。ポットに入ったコーヒーをカップに注ぎながら、モニターを見つめる。
「正直、あれが”黒鎧”だなんて信じられないな。ごく普通の青年にしか見えん」
藤波役の男が言うと、後ろのデスクに座っていた女性が会話に入ってくる。
「今、毒の候補を検討してるけど。そんなに警戒しなくても、拳銃の弾丸一発で死ぬんじゃない? ここまで慎重になる理由が分からないわ」
それを聞いた長身の男は、コーヒーをすすりながら軽く笑う。
「お偉いさんは色々心配してるのさ。その心配を取り除くのが俺たちの仕事だよ」
しばらくするとドアが開き、三鷹悠真が出てきた。『藤波』は手前のスイッチを押し、音声を繋げる。
『三鷹くん、大丈夫かい? なにかあったらすぐ言ってね。私は君の味方だから』