From Slaying Metal Slimes to Being Called the King of Black Steel e RAW novel - Chapter (172)
第172話 現れし四体の王
黒鎧が倒されてから二週間の月日が流れた。
この時期、世界各地の研究機関で異様なデータが観測されるようになる。
地上の空気中に漂う”マナ”が、指数関数的に増えていたのだ。今やダンジョンの【深層】に近いマナ濃度が検出されていた。
そして――
ロシア中央、クラスノヤルスク地方にある世界最大の『赤のダンジョン』。
ロシア語で地獄の業火を意味する”パゴニャーダ”と名付けられた深き迷宮は、地響きと共に崩れ始める。
直径五キロはある巨大な岩場が煙を上げながら隆起し、陥没してゆく。
広大な大地にポッカリと空いた穴は、どこまでも深く暗い闇が続いていた。中から現れたのは炎の魔物たち。
何百、何千という数の魔物が穴から這い出し、人里へと向かっていく。
時間を置いて出てきたのは宙を舞う翼竜。赤い
鱗
に凶悪な爪や牙、口からはチリチリと炎を漏らす。
上位の火竜、【エンシェント・ドラゴン】だ。
二百匹以上ものドラゴンが上空に集まる中、穴の奥から巨大な魔物が姿を現す。
そ
れ
はゆっくりと翼を広げ、空へと昇っていく。一際大きな体躯、赤い鱗は陽光を反射し、長い尾は空を掻くように揺れていた。
ギラギラと輝く眼光は彼方を見つめ、鋭いキバを覗かせる。
体から高熱を放出し、周囲の大気は陽炎の如くゆらゆらと揺らめく。
現れたのは真紅の巨大な翼竜。
火の魔物の頂点に君臨する
特異な性質の魔物
、【赤の王】。
エンシェント・ドラゴンの数倍はある赤き竜は、その凶悪な顎を開く。
「ヴォオオオオーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
天を切り裂く咆哮。地上にいる生物全てを威圧するような鳴き声。
クラスノヤルスク地方でダンジョンを観測していたロシアの研究機関は、その光景を定点カメラで捉えていた。
目撃した研究者たちは、これが現実なのかと目を疑うことになる。
同刻―― インド南西部、ベンガル湾に面するオリッサ州。
その山間にある世界最大の『緑のダンジョン』”ドヴァーラパーラ”。煙を上げながらダンジョンは崩れ始め、中から大量の虫が上がってくる。
それは数千、数万などの数ではない。数億、数十億の虫の魔物が出てきたのだ。
虫は辺りの植物を食いつくし、そのまま弧を描くように上空に舞い上がる。空を埋め尽くす羽虫たち。
その中に見たこともない魔物が現れる。
見た目は巨大な【蛾】。毒々しい羽を広げ、キラキラとした鱗粉を撒き散らす。
全てを見通すような複眼に、長く伸びた煌びやかな触覚。腹部からは二本の尻尾が長々と伸び、不気味さを漂わせていた。
大量の虫を操るのは、虫の魔物の頂点に君臨する
特異な性質の魔物
、【緑の王】。
ダンジョンから絶え間なく溢れ出す虫たちは、空を黒く染めていく。
オリッサ州の東にある都市、ブバネーシュワルにいる人々も異変に気づき始めた。
「おい、なんだアレ?」
男が空を指差す。つられて周りの人々も空を見上げた。
そこには見たこともない黒雲が広がっている。それが雲でないと彼らが気づくころには、取り返しのつかない被害が広がることになる。
同刻―― 北大西洋、アイルランド沖でも異変が起きる。
海底にある世界最大の『青のダンジョン』”ニヴルヘイム”から、正体不明の生物が海中に現れた。
悠然と深海を泳ぐ巨大な影。サメのようにもクジラのようにも見えるが、体の側面から六本の触手が生えている。
その生物が悠然と泳いだ後には、海は
凍
てつき、全ての生物は死んでいった。
海に永遠の静寂をもたらすのは、水の魔物の頂点に君臨する
特異な性質の魔物
、【青の王】。
最大級の巨大な魔物は、静かに人が住む海岸線へと向かっていた。
そしてアメリカ――
モンタナ州にある世界最大の『黄色のダンジョン』”ラース・オブ・ゴッド”。
爆発したようにダンジョンの真上の大地が吹き飛び、中からドラゴンの最強種と呼ばれる【黄金竜】が、群れとなって姿を現す。
稲妻が
迸
る中、一匹の獣が大地に降り立つ。
それは竜に比べて極めて小さく。見た目は鹿とも馬とも取れるような動物。
だが体からは黒い稲妻が噴き出し、天に向かって伸びていく。
ゆっくりと大地を歩むのは、雷を操る最強の
特異な性質の魔物
、【黄色の王】。
アメリカ政府は事態の深刻さを認識し探索者や軍を動かすも、時すでに遅し。強力な魔物たちは地上に溢れ出していた。
◇◇◇
日本政府に知らせが入ったのは、世界に変化が起こってから数時間後のこと。
この頃になるとマナの影響が強くなり、一部の通信環境が完全に麻痺していた。
現在は衛星を介した通信と、電話線や光ファイバーを使った通信しか行うことができなくなる。
しかし、その方法も完全にマナの影響を受けない訳ではない。
海外からの情報は低軌道衛星でしか入ってこず、その衛星も一定の位置にこなくては利用できない。
複数の衛星で利用エリアをカバーする『衛星コンステレーション』が機能していないのだ。電話線や光ファイバーは国内では使えるものの、海底ケーブルに不具合が起きているのか、海外との通信は不能になっていた。
「どうなっている? 世界中に魔物が現れたというのは本当か!?」
首相官邸の南会議室に入ってきた総理の岩城は、すでに来ていた防衛大臣の高倉に現状を尋ねる。
「はい。現在アメリカ、ロシア、インド、イギリスの沖合に正体不明の魔物が現れたそうです。国連や各国の見解では、
特異な性質の魔物
ではないかとのことです」
「
特異な性質の魔物
?」
岩城は眉をよせる。
「国際ダンジョン研究所(IDR)がその存在を認めている固有の魔物です。赤のオーガや黒鎧も
特異な性質の魔物
の一種と言われていました」
「そんなものが各地に出現したのか……当然、各国は対策をしてるんだろうな?」
席に着いた岩城は、高倉が用意したノートパソコンのモニターに目を落とす。
今いるのは比較的小さな会議室。集まっているのも高倉や審議官、各種役所の官僚が数人だけ。岩城も秘書官の波多野を従えるだけだった。
パソコンのモニターには各国のニュースサイトが表示されているが、どれも断片的な記事ばかり。しかも数時間前の情報が多く、リアルタイムの内容はない。
「通信状況が改善する見込みはないのか?」
岩城の言葉に、高倉は首を横に振る。
「残念ですが、今より悪くなることはあっても、良くなることはないでしょう。この情報も一時間前にやっと入手することができたものです。次に通信ができるようになるまで、海外からの情報は入ってきません」
岩城は苦々しい表情になる。非常事態で各国と情報を共有したい時に、それができないというのだ。有事においては最悪の状況だろう。
岩城は小さく嘆息し、高倉に向き直る。
「それで、その魔物について他に情報はないのか?」
「はい、もっとも注目すべきなのは、ロシアが国連に報告した内容です」
「ロシアが?」
高倉はデスクトップに保存されたファイルを開く。そこにはロシア語の文章が羅列されていた。
「なにが書いてあるんだ?」
「ロシア上空に現れた魔物についてです。大量の”エンシェント・ドラゴン”がおり、その中に一際大きな個体がいると。IDRではこれが
特異な性質の魔物
【赤の王】ではないかと言っています」
「赤の……王」
仰々
しい名前の魔物に、岩城は眉間にしわを寄せる。
「強力な魔物ということか……ロシアはどう対処する気だ?」
「核攻撃を試みるそうです」
「核攻撃!?」
冷静に言った高倉の答えに、岩城は驚き、目を見開いた。