From Slaying Metal Slimes to Being Called the King of Black Steel e RAW novel - Chapter (179)
第179話 内乱罪
竜の群れが去ったことで対策本部は解散となり、各大臣や学者たちは次々と会議室を出ていく。
日本ダンジョン協会の八杉も、持ってきた資料をバッグに詰めて席を立つ。部屋を出て廊下を歩いていると、思いがけず後ろから声をかけられた。
「八杉先生!」
「うん?」
振り返ると、そこにはエルシードの統括本部長、本田がいた。
面識はあったものの、あまり話したことのない本田に声をかけられたことに、八杉は怪訝な顔をする。
「申し訳ありません。八杉先生、少しだけお話よろしいでしょうか?」
「ええ……構いませんが」
他の者たちが去っていく中、八杉は本田と向かい合う。
「それで話とはなんですか?」
「黒鎧の……三鷹悠真のことです。先生が黒鎧に対して否定的な意見を持っているのは存じておりますが」
「そのことですか」
八杉はあからさまに嫌な顔をする。
探索者
の関係者を始め、一部の研究者はいまだ黒鎧に固執している。
八杉からすれば、信じられない考え方だ。
「私の意見は今も変わりませんよ。それがなにか?」
八杉が仏頂面で答えるも、本田は気にせず半歩前に出る。
「先生、今回は危機を回避できましたが、今後どんな魔物が現れるか分かりません。三鷹悠真の研究、あるいは
探索者
としての登用を真剣に考えるべきです。政府への働きかけに、協力してもらえませんか?」
「私がなぜそのようなことを?」
「先生は政府からの信頼も厚く、影響力を持っています。我々が発言するより、総理も耳を傾けてくれると思いまして」
八杉は「はっ」と笑い、首を横に振る。
「無駄ですよ。私も総理と同じように、”黒鎧”は危険と考えています。その考えが変わることは絶対にないですね。お話がそれだけでしたら、これで失礼します」
踵
を返し、八杉は立ち去ろうとした。しかし、本田は諦めず食い下がる。
「先生。先日、アイシャ・如月博士に会ってきました」
八杉の足がピタリと止まる。
「如月博士は”黒鎧”の誕生に深く関わっている人物で、かつてはあなたの同僚だったと聞いています」
八杉は振り返り、本田の顔を見る。
「彼女から……なにか聞いたんですか?」
本田は小さく頷いた。
「博士は、三鷹悠真が【黒の王】を倒したと言っていました。【赤の王】と同じ、
特異な性質の魔物
の
王
です。世界各地に現れた
王
を倒せるのは彼だけだと」
「下らない!」
八杉は語気を強め、真っ向から否定した。
「確かにアイシャ・如月は、昔ダンジョン協会に籍を置いていた。だがルールを守らない研究手法が問題視されて、追い出された研究者だ。そんな女の言うことを真に受けたんですか!?」
「しかし、優秀だったとも聞いています」
本田の言葉に、八杉はギリッと奥歯を鳴らす。
「なにが優秀だ! あんな者は学者でもなんでもない! ただ自分勝手な憶測を吹聴するだけの
痴
れ者だよ」
「そうでしょうか? 如月博士はダンジョン協会の主任研究員の候補でもあったんですよね。つまりあなたとポストを争っていた人物でもある。そんな人物の言うことが完全な間違いと言い切れるでしょうか?」
「君はなにも分かっていないな。もういい! 私は失礼するよ」
憤慨した八杉は立ち去ろうとした。だが、ピタリと歩みを止め、再び本田に視線を向ける。
「そうそう。君は黒鎧にご執心のようだが、いずれ処分は決まるだろう。特に赤の王が南米に行った今なら、黒鎧にすがる声も消えるだろうからね」
八杉は嘲笑を浮かべ、そのまま去っていった。
本田は厳しい表情になる。八杉の言ったことは的を射ているだろう。このままでは遅かれ早かれ、三鷹悠真は殺されてしまう。
「正攻法ではダメか……だとしたら」
本田の瞳が、仄暗い光を帯びた。
◇◇◇
同日の夜。本田は一人の人物を都内のホテルに呼び出していた。
豪奢なスイートルームの扉がノックされ、ダークネイビーのスーツを着込んだ年配の男性が入ってくる。
短く整えられた髪に、知的な面持ち。
厳格な雰囲気を漂わせた男を見て、本田はロルフベンツのソファーから腰を浮かせ相手を出迎える。
お互い付き人は一人しか連れておらず、部屋には四人の男がいるだけ。
男は本田を見ると、わずかに頬を緩めた。
「久しぶりだな、本田。参謀本部の議長就任式典以来じゃないか?」
「ああ、そうだな。まあ座ってくれ」
本田が促すと、男は向かいのソファーに腰をかける。
互いの付き人はソファーの後ろに控え、黙って成り行きを見守っていた。目の前にいるのは陸上自衛隊統合幕僚長、御子柴だ。
本田の大学時代の同窓であり、無二の親友でもあった。
そんな友人同士の再会ではあるが、広い部屋には言いようのない緊張感が漂っていた。本田は軽く咳払いしてから口を開く。
「実は御子柴、お前に頼みがあって来てもらった。本来であれば、こんな頼みはしたくないが……」
「前置きはいい。お前がわざわざ俺を呼び出すぐらいだ。
碌
でもないことを言われるのは覚悟しているよ」
本田は苦笑を浮かべる。
「話というのは”黒鎧”のことだ。政府は竜たちが去った機会に、黒鎧を殺そうとする可能性がある。私はそれをなんとか止めたいんだ」
「止める……とは。具体的にどうするつもりだ?」
「黒鎧がいる施設を強襲する」
「なにっ!?」
御子柴は絶句した。まさかそこまで突拍子のない話が出てくるとはさすがに思っていなかった。
「バカな!
探索者
に襲わせる気か!? そんなことをしたら内乱罪に問われるぞ! なぜ、そこまでするんだ?」
戸惑った表情で見つめてくる御子柴に、本田は力なく首を振る。
「私もそんなことはしたくない。だが政府の考えは変わらんだろう。黒鎧を……三鷹悠真を助けるにはそれしかない」
「そこまでして助ける意味があるのか!? 魔物だか、人間だか分からない存在だと聞いているが……」
「彼は必ず助ける必要がある。少なくとも私はそう確信している」
「しかし、内乱罪に問われればお前もエルシードもただでは済まないはずだ。分かっているだろう!?」
御子柴は理解できなかった。社会的地位を築き上げた友人が、その全てを投げ打ってまで助けようとする人物。それだけの価値があるなど到底思えない。
「なぜだ本田? 説明してくれ!」
深刻な顔をした本田は、一つ息を吐いてから話を始める。
「黒鎧については色々と調べた。各分野の専門家に話を聞いたが、全員が口をそろえて同じことを言った」
「同じこと……なんと言っていたんだ?」
御子柴が眉をよせて尋ねる。
「誰も見たことがない……有り得ない魔物だと」
「それではなんの参考にも……」
「いや、そうとも言えない。最後に意見を聞きに行った『黒のダンジョン』の専門家アイシャ・如月博士の話で、今後どうすべきか決めたんだ」
「その専門家はなんと言ったんだ?」
御子柴はゴクリと喉を鳴らす。
「……黒鎧こそ【黒の王】を倒した者。つまり世界中の国を滅ぼそうとしている四体の魔物と同じ【
王
】の力を持つ者だと」
想像していなかった話に、御子柴は言葉を失った。