From Slaying Metal Slimes to Being Called the King of Black Steel e RAW novel - Chapter (186)
第186話 現実味のない映像
関東に向かう竜たちは、悠然と空を泳いでいた。
まるで人間が多くいる場所が分かるかのように真っ直ぐに進み、進路上にある町や村を次々と焼き払っていく。
三百匹以上いるエンシェント・ドラゴンの放つ炎は凄まじく、その威力は街々を火の海に沈めるほど。
通常の炎ではないため、なかなか消えず、全てを灰に変えていく。
そのうえ【赤の王】が放つ火球は都市一つを粉砕した。爆発による熱線はあらゆるものを溶解し、爆風はなにもかもを吹き飛ばす。
無慈悲な攻撃は何度も繰り返された。
迎撃に向かった自衛隊が、なんの役にも立たなかったのは言うまでもない。
高倉はエルシードなどと協力し、
探索者
を関東に集めたが、竜の進撃を止められるとは思えない。
絶望の足音は、刻一刻と迫っていた。
◇◇◇
ゆっくりと開いた瞼から光が差し込み、視界が霞む。ひどく頭が痛い。
胸や胃もムカムカして気持ちが悪い。なんだ? どうしたんだ?
悠真はなにがなんだか分からなかったが、ベッドの上に寝かされていることだけは分かった。ぼやけていた視界が徐々に鮮明になり、辺りを見回す。
今までいた場所とは違う。移動したのか?
以前は
探索者
に倒されて施設に運び込まれたんだと理解できたが、今回はなにが起きたのか全然分からない。
突然部屋が変わり、なぜこんなに気分が悪いのか?
困惑していると部屋の扉が開き、誰かが入ってきた。自衛隊の服を着ている。ここは自衛隊の施設なのか?
悠真が目を向けると、若い自衛官は「あっ!」と言って目を見開いた。
「た、大変だ!」
慌てて部屋から飛び出していく。しばらくすると医者と思われる人物を連れて戻ってきた。
「ちょっと、ジッとしていてね」
医者は指で瞼を開き、ペンライトで瞳孔を確認する。眩しくて悠真は目を細めた。
「うん、異常はないね。もう大丈夫だよ」
そう言うと医者はベッドから離れ、若い自衛官と交代した。
「三鷹さん。自分は陸上自衛隊所属の川原といいます。ここは群馬県にある相馬原駐屯地の医務室です。あなたは死にかけていたところを運び込まれて来たんですよ」
「……死に……かけ?」
頭がボーとするせいか、話がいまいち入ってこない。
「詳しいことは上官から説明があります。今はまだ休んでいて下さい」
川原は「失礼します」と一礼し、部屋を出ていった。
静かになった十畳ほどの部屋。よく見れば壁や天井はコンクリートの打ちっぱなしで、ヒビ割れなども見える。
かなり年季が入っているようだ。
休んでいろと言われたが、今の状況が気になって眠れない。掛け布団を右手でめくり、上半身を起こそうとすると、全身に激痛が走る。
「うっ」と声が漏れ、顔が引きつった。
怪我をしている痛みじゃない。内臓が焼かれ、内側から全身に回るような痛み。
「なんなんだよ……」
顔を歪めながら体を起こし、ベッドから足を下ろして立ち上がる。
だるさと気持ち悪さが込み上げてきた。なんとか扉の元まで歩き、ドアノブに手をかける。
どうやら鍵はかかってないみたいだ。
悠真はドアノブを捻って扉を開く。外は施設の廊下が続いており、人影はない。
外に出て壁に手をつきながら歩いていると、扉が開いている部屋を見つける。中を覗けば複数の自衛隊員がいた。会議室だろうか。
全員が着席し、部屋に置かれたテレビを食い入るように見ている。
そこには空を飛び交う竜の群れが映し出され、ビルや家々を吐き出す炎で焼き払っていた。一瞬、映画のワンシーンかと思ったが、どうやら違うようだ。
自衛隊の面々も現実味のない映像に唖然としているように見える。
魔物が地上に出てきたってことか? ヘル・ガルムがいたぐらいだ。他の魔物が出てきてもおかしくはない。
だけど、あんな大きな竜まで現れるなんて……。
悠真が思考を巡らせていると「三鷹さん!」と、後ろから声が飛んでくる。振り返れば先ほどの自衛官、川原がいた。
「ダメですよ。歩き回っちゃ! すぐに戻りましょう」
川原は悠真の体を支えようと手を伸ばす。
「あれはなんですか? 魔物が地上に出て来たんですよね。どこが襲われてるんですか!?」
川原の手がピタリと止まり、顔が強張った。
「と、とにかく! 一旦、部屋に戻りましょう」
慌てる川原を見て、悠真は気づく。
「東京……なんですね」
悠真を支えようと肩に回した手から、川原の緊張感が伝わってきた。
間違いなく東京が攻撃されてるんだ。炎を吐く竜なら『赤のダンジョン』から出てきた魔物だろう。
赤のダンジョンは北関東にあるため、魔物が東京に向かっても不思議はない。
「た、確かに魔物は東京に向かっていますが、我々自衛隊や
探索者
で対処しています。心配しないで下さい」
「いかないと……」
悠真がボソリと呟くと、川原は「えっ!?」と言って目を剥いた。
フラつきながら歩いて行こうとする悠真を、川原が必死で止める。
「ま、待って下さい! どこに行くんですか!?」
「俺が止めなきゃ……あんな竜の群れ、他の人間じゃ止められない!」
「なに言ってるんですか!? あなたは戦えるような状態じゃないんですよ! 一時は心臓も止まってたんですから」
川原に言われても悠真は壁に手をつき、ヨロヨロと廊下を歩く。大きな声を出していたため、会議室にいた自衛官たちが「なんだ?」とざわつき始める。
「三鷹さん!」
「それでも……それでも俺がやらないと……」
悠真の顔は蒼白で、一歩一歩壁に寄りかからないと歩くこともできない。誰が見ても体調の悪さは明らかだ。
川原は意を決して口を開いく。
「三鷹さん。こんなことは言いたくないが、あなたは政府に殺されそうになったんですよ。今、こんな目にあってるのも、一部の人たちがあなたを敵視していたからだ。だから国のために戦う必要なんてないんです! とにかく部屋へ――」
川原は悠真の腕を掴んで、無理やり部屋に連れ戻そうとする。悠真はその手を振り払い、逆に川原の胸ぐらを掴んで壁に叩きつけた。
「関係ない! 俺は国のために戦うんじゃない!!」
襟を締められ、川原は苦し気な声を漏らす。
「東京には俺の家族もいるし、友達もいるんだ。あんな魔物、自衛隊や他の
探索者
で止められないことぐらい分かってる。勝てるとしたら……俺しかいない!」
「し、しかし……」
日頃から鍛えている川原だったが、悠真の腕を振りほどくことができない。これが病み上がりの人間なのかと驚愕する。
そんな揉み合っている二人の後ろから、唐突に声がかけられた。
「なにをしている?」
悠真が振り返ると、そこには制服を着た人物が立っていた。何人もの部下を引き連れた男。明らかに他の自衛官とは雰囲気が違う。
「ば、幕僚長!」
川原の言葉に、悠真は眉を寄せた。