From Slaying Metal Slimes to Being Called the King of Black Steel e RAW novel - Chapter (194)
第七章 王の胎動編 蟲と風の奏者 第194話 代償
赤の王が倒された翌日。全ての竜が去ったことにより、日本には一応の平和が訪れた。
だが、竜たちの襲撃によって出た被害は甚大。
一千万人を超える国民が殺害され、首都圏は壊滅状態となった。
当初は避けられない天災と捉えている人が多かったが、あるニュースが駆け巡ったことにより事態は一変する。
赤の王を倒し、竜を撃退したのが”黒鎧”ではないか? という記事が出たのだ。
発信元は太陽図書。黒鎧が人間ではないかと一報を出した出版社で、非常事態宣言下で動画配信を行っていた。
そんな出版社が出した記事に人々は困惑する。
真偽のほどは定かではないが、もしそれが本当なら、政府は倒そうとしていた相手に助けられたことになる。
その報道は瞬く間に拡散された。
被害の大きさや混乱も相まって、情報を出さない政府へのバッシングは凄まじいものになる。
政府が対応に苦慮している
最中
、都内の大学病院に駆け込む人影があった。
正面の自動ドアを抜け、病院の廊下を駆ける。
教えてもらった病室がある三階に上がると、何人もの警察官がいた。身分証を呈示して通してもらう。
再び駆け出し、目的の部屋に飛び込んだ。
「悠真!」
息を切らして部屋に入ったのは、悠真の幼馴染、楓だった。
「楓……」
ルイが声をかける。その顔は、どこか曇っているように見えた。
二十畳ほどの病室には、十人以上の人がおり、部屋の中央に置かれたベッドを取り囲んでいた。
楓は、恐る恐る足を進める。
ベッドで寝ていたのは、全身を包帯で巻かれた一人の患者。顔は見えない、だが楓はそれが誰だか分かっていた。
「悠真……どうして……どうしてこんなことに?」
懇願するようにルイに聞く。ルイは苦しそうな表情で視線を逸らした。
「全身大火傷で、かなり危険な状態だ。仮に命を取り留めたとしても……もう一生、まともに動けないって」
「そんな……」
楓は絶句し、改めて悠真を見る。
微動だにせず、ベッドに横たわっている幼馴染。その
傍
らに、医師や看護師とは明らかに違う制服を着た女性が座っていた。
瞼を閉じ、悠真の体の上に手をかざしている。
「あの人は……なにをしてるの?」
楓が尋ねると、ルイが女性に視線を向ける。
「
救世主
だよ。政府が用意した人で、彼女が回復魔法を使っているから、悠真はギリギリのところで生きていられる」
楓は目を見開く。楓自身、医療系のベンチャー会社で働いているため、当然
救世主
のことは知っている。
しかし日本にいる
救世主
は、一番マナ指数が高い人でも1000前後。
こんな大怪我を治せるとは思えない。
「ルイ」
「ああ、彼女では治せない。だけど延命させる以外、打つ手がないんだ」
「嘘……嘘だよ」
楓は居たたまれない気持ちになり、変わり果てた悠真を見た。
自然と涙が溢れてくる。楓がポケットからハンカチを取り出し涙を拭っていると、病室の中にいた女性が口を開く。
「やれやれ、あんな化物とまともに戦ったんだ。致命傷を負うのも無理はない。そのうえ、医者が言うには毒も受けているらしい。体が弱ってるところに大火傷。死にそうになるのは当然だ」
楓は目を向ける。白衣を着た髪の長い女性。
最初は医師かと思ったが、どうやら違うようだ。
「おい、アイシャ。なんとか助ける方法はないのか?」
口髭を生やした大柄の男性が、怒りに満ちた声で言う。
「無理を言うな。普通の人間なら死んでてもおかしくない。彼は身体を強化させる【黒の魔鉱石】を大量に飲み込んでいたから、なんとか命を繋ぐことができたんだ。これ以上我々にできることはない」
アイシャと呼ばれた女性はそう言って口をつぐみ、しゃべらなくなってしまった。
それでも悠真を見る視線は、どこか優しさに溢れている。仕事関係の人だろうか?
楓がどうしてよいか分からず立ち尽くしていると、病室の扉が開き、スーツを着た男性が入ってきた。
「みなさん。よろしいでしょうか、少しお話があるのですが……」
全員が顔を見交わす。困惑したものの、ここにいてもできることはない。
楓は「別室に来て欲しい」と言うスーツの男性についていくことにした。
◇◇◇
病院の最上階にある黒い調度品が置かれた応接室に、数人の男女が集まっていた。
アイシャと神崎、エルシードの天沢に、楓と呼ばれていた女性。全員がソファーに腰かけ、なんの話かと訝しがっていた。
対面に座るのは、防衛審議官の芹沢だ。
アイシャは芹沢の顔と名前は知っていたものの、話をしたことはなかった。
芹沢は一つ咳ばらいをして前を見据える。
「お時間をいただき、ありがとうございます。みなさんもご存じの通り、三鷹さんが重傷を負ってしまい、このままでは命も危ない。私どもは、なんとか彼を助けたいと考えております」
「おいおい、君らが悠真くんを殺そうとしたんじゃないのかい? そうじゃなければ【赤の王】は戻ってこないだろう」
その場にいたルイと楓が、驚いた顔をする。
「それに関して、私の口からはなんとも言えません」
芹沢が苦し気に言うと、アイシャは「ふん」と鼻を鳴らす。
「話し合いたいのは、三鷹さんをどうやって助けるかです。彼がいなくなれば、本当に世界中の魔物が止められなくなってしまう」
その話を聞いて楓は困惑するが、悠真を助けるという一点においては同じ思いだ。楓は身を乗り出し、芹沢に尋ねる。
「悠真を……助ける方法があるんですか!?」
「一つだけあります」
「なんですか!? その方法って?」
芹沢は一呼吸置いてから口を開いた。
「日本には、マナ指数2000を超える”白の魔宝石”が一つだけあります。しかし、使いこなせる人がいません」
アイシャは当然とばかりにアゴをしゃくる。
「そんなことは知っている。問題なのは、回復の魔力が2000を超える
救世主
じゃなければ悠真くんは治せないということだ。君たちは
救世主
を用意することができるのか?」
「可能性はあります。中国が研究していた、”魔宝石の人体付与技術”を使えば」
アイシャは眉を寄せる。
「魔宝石の人体付与……正気なのか? まだ開発中の技術だろう。確か、魔宝石と被験者の相性がよくなければ激しい拒否反応が出るとか……公式な発表はないが、実験で何人も死者を出したと聞いている」
「おっしゃる通りです。本来ならとても使えるような代物ではない」
話を聞いていた神崎が怒声を上げる。
「だったら、なんでそんなもん使おうとしてんだ!!」
芹沢はまっすぐに神崎を見る。
「三鷹さんを救うためです。もう、それしか方法がない」
神崎は「うっ」と言葉を飲み込む。確かに選択肢がないことは、ここにいる全員が分かっていた。
「そこで皆さんにお願いしたいのは、”白の魔宝石”と適性があるかどうかの検査に参加してもらいたいんです。適合率はかなり低いため、色々な所に声をかけていますが充分な人数が集まっていません。どうかお願いします」
部屋の中は静寂に包まれる。それは悠真を助けるため、自分の命をかけなければいけないということ。
戸惑うのは当然だが――
「なんだ、それで悠真が助かるなら上等だ! 俺は検査を受けるぜ」
神崎が声を上げた。負けじとルイも口を開く。
「僕も受けます! 是非、お願いします」
二人の答えを聞いた芹沢は、「ありがとうございます。それでは手続きを」と書類を出そうとした。
すると、その言葉を遮るように、黙っていた楓が声を上げる。
「私も――」
全員の視線が楓に集まる。
「私もその検査……受けさせて下さい!」