From Slaying Metal Slimes to Being Called the King of Black Steel e RAW novel - Chapter (201)
第201話 旅立ち
「皆さんが無事に渡航できるよう、政府も全力でサポートします。一週間後の出発で調整していますが、大丈夫でしょうか?」
芹沢に聞かれて、明人はフンッと笑みを漏らす。
「もっと早くてもええで。ワイは準備万端やからな」
ルイも同意する。
「僕も同じです。悠真がいいなら、一刻も早く出発したい」
それは悠真も同じ想いだった。楓を助けたいと思う気持ちは、日に日に強くなっていく。
悠真も早く出発したい思いを芹沢に伝えた。
「分かりました。こちらもなるべく急いで準備をします。皆さんも家族や友人、同僚に話しておいて下さい」
芹沢の話が終わり、悠真たちが会議室を出ようとした時、扉がノックされる。悠真は扉に目を向けた。
ガチャリと扉が開き、背広を着た数人の男が入ってくる。
悠真は怪訝な顔をしたが、芹沢は慌てて声を上げた。
「高倉総理! どうしたんですか?」
総理、という言葉に悠真は顔を強張らせる。新しい総理が決まったことは知っていたが、テレビで見るのと実際に見るのとでは全然違う。
ルイはもとより、さすがの明人も驚いたようだ。
「すまない。どうしても三鷹くんに会いたくてね。会議を抜けてきたんだ」
高倉は悠真の顔を見据える。背が高く、凛々しい顔つきの政治家。近くでみる本物の総理大臣に、悠真はゴクリと唾を飲んだ。
「私は内閣総理大臣の高倉です。君のおかげで、日本の被害は最小限に抑えられた。国民を代表してお礼を言いたい。本当にありがとう」
頭を下げた高倉に、悠真は慌ててしまう。
「い、いえ、いいんです。やりたくてやったことですから」
悠真があたふたしていると、高倉は頭を上げ、再び悠真を見る。
「君には色々と酷い目にも遭わせてしまった。お詫びにはならないが、君がやろうとしていることを、政府として全力でサポートさせてもらうよ」
高倉が振り返ると、付き人の一人がなにかを差し出した。高倉はそれを受け取り、悠真に向き直る。
「今日は
こ
れ
を君に渡そうと思ってね。持ってきたんだ」
高倉の手の上には、布に乗せられた”赤い宝石”があった。
悠真を始め、ルイや明人もその宝石に目を奪われる。
「これは【赤の王】が落とした魔宝石。研究者が調べたところ、今まで存在していたどの魔宝石とも違うことが分かった。”レッドベリル”という宝石らしい」
「レッド……ベリル?」
悠真が不思議そうにつぶやくと、高倉は一つ頷き話しを続けた。
「研究員がエルシード製の新型マナ測定器で測ったそうだ。”マナ指数”は三万ほどあったそうだ」
「さ、三万!?」
明人が思わず声を上げる。ルイや悠真も驚きを隠せない。
さすがに聞かないマナ指数だ。赤い宝石をよく見れば、表面にうっすらと紋様が浮かんでいる。植物のツタのようなレリーフ。
デカスライムや、キマイラの魔鉱石にあったものと同じだ。
「これは他の者では使えないだろう。君が倒した【赤の王】の魔宝石だ。君が持っていきたまえ」
高倉から宝石を受け取り、悠真は「ありがとうございます」とお礼を言う。芹沢にも挨拶し、部屋を辞去した。
三人は官邸を出て、政府が用意した車まで並んで歩く。
「に、しても凄いな。三万て……そんなもん食ったら体が爆発するんちゃうか?」
明人が不安そうに言うと、ルイも「僕もそう思う」と同意した。
悠真はレッドベリルを指で摘まみ、光にかざして眺めてみる。キラキラした綺麗な石で、引き込まれるような美しさがあった。
「まあ、大丈夫だと思うけど」
悠真は宝石をパクリと食べ、ゴクッと飲み込んだ。
「「ああああああ~~~~~~~~!?」」
ルイと明人が同時に叫ぶ。
「なに、フリスク感覚で食っとんねん!? アホかお前は!!」
「だ、大丈夫なの悠真!?」
二人の心配をよそに、悠真は平気な顔をする。
「うん、特に問題は……」
その時、腹の底からマグマのような熱が込み上げてくる。「うっ」と呻き声を上げて、腹を押さえるとルイと明人が慌て出した。
「おいおいおい! 言わんこっちゃない、吐き出せ!!」
「悠真、しっかりして!!」
二人は青い顔をするが、悠真はフゥーと息を吐き、二人を手で制す。
「大丈夫、大丈夫。こういうのは慣れてるから、もう収まったよ」
ケロッとした悠真を見て、二人は呆れたようだった。
「取りあえず、今後のことを話し合おうぜ」
ルイと明人は困惑しつつも悠真の提案を受け入れ、三人は一緒に帰ることにした。全員で芹沢が用意した車に乗り込み、官邸を後にする。
◇◇◇
その日の夜、悠真は両親と話し合いの場をもった。
ダイニングのテーブルに座り、悠真と両親は向かい合う。
「インドって……どうして、そんな遠くに行くの?」
母親は納得できないという様子で悠真に尋ねる。
「
探索者
の仕事で、俺が行くことになったんだ。向こうには困ってる人が大勢いて、日本に助けを求めてるんだって」
両親を混乱させるだろうと思い、悠真は『楓を生き返らせる』という目的は言わないことにした。
政府からの海外派遣要請に参加する、と説明するが――
「悠真、なにもお前が行く必要はないだろう。日本だって危険な状態なのに、インドまで出向くなんて」
予想通り、父親は反対した。当然だろう、息子が危険な場所に行くと言って、はいそうですかと言う親はいない。
それでも、ここで引く訳にはいかなかった。
「父さん、危険なのはもちろん分かってる。でも、俺じゃなきゃできないこともあるんだ。言っただろ? 変わった魔法が使えるって、この力を必要としてくれる人がいるんだ」
「しかし……」
「必ず、無事に帰ってくるよ。だから理解してほしい」
悠真が頭を下げると、二人は戸惑った顔を見せる。だが社会人として働く息子に、これ以上文句を言うこともできない。
悠真がインドに行くことを、両親は渋々了承した。
◇◇◇
高倉や芹沢が迅速に動いてくれたこともあり、三日ほどで出発の準備が整う。
悠真は神崎の車に乗せてもらい、羽田空港に向かっていた。政府がチャーター機を用意しており、それに搭乗してインドに向かう予定だ。
「悠真くんと一緒に行く
探索者集団
の子たちって、もう羽田に来てるの?」
後部座席に座っていた舞香が聞いてくる。車にはD-マイナーの面々が全員そろっていた。助手席には悠真が座り、後部座席には舞香と田中がいる。
「はい、そこで合流する予定です」
「そう、でも同行してくれる
探索者
の人がいて良かったよ。悠真くん、抜けてる所があるから、一人だと心配だったんだよね」
「そう、ですね。はは」
確かに抜けてる所があるのは本当なので、なにも否定できない。
悠真自身、ルイや明人が来てくれることになって、ホッとしている人間の一人だ。そんな話を舞香や田中としていると、神崎が運転する車は羽田に到着した。
四人が空港に入り、ロビーを歩いて奥に進む。
政府専用の搭乗ゲートがあるらしく、全員で探しながら歩いていく。
なんとか見つけると、その前にはルイと明人、そして政府の職員と思われる人たちが待っていた。
「おう、来たか悠真! 遅いで」
「ああ、悪い」
悠真は小走りになる。時間通りに来たが、ルイたちは思った以上に早く来ていたようだ。
近づくと、職員の中に芹沢がいることに気づいた。
「芹沢さん、色々ありがとうございました」
「いいえ、私ができることはたかが知れています。それでも渡航先でなにかあれば、政府や領事館を通して連絡を下さい。できる限りサポートしますので」
「分かりました」
悠真が礼を言うと、芹沢は「それと……」と言って背広の内ポケットからなにかを取り出した。
「これは政府からです。数は少ないですが、役に立てて下さい」
差し出されたのは黒いケース。芹沢がフタを開くと、中には数個の宝石が入っていた。色のついていない透明な宝石。これは……。
「白の魔宝石である”ロッククリスタル”と”ジルコン”です。全部合わせても、マナ指数は1200ほどにしかなりませんが、用意できるのはこれぐらいです。申し訳ありません」
「いえ、頂けるだけありがたいです。感謝します」
悠真は芹沢に丁寧にお礼を言った。ルイや明人とも挨拶を交わし、ゲート内に入ろうとした時、後ろから声がかけられる。
「悠真くん」
振り返ると、そこにいたのはアイシャだった。
「アイシャさん、来てくれたんですか」
アイシャが見送りに来てくれるとは思っていなかった。だが、楓のことをアイシャに頼んでいたため、日本を出発する前に会いたいと思っていた。
いつもと同じ白衣を着ているが、背中には長くて白いバッグを担いでいる。
「アイシャさん、楓の件はどうなりました」
「心配するな。私の知り合いの研究所に冷凍保存を依頼した。早急に体が朽ちることはないだろう」
「そうですか、良かった」
悠真はホッとしたように言ったが、アイシャは難しい顔をする。
「悠真くん、安心しない方がいい。冷凍保存とは言っても、体がまったく腐敗しないわけではないんだ。遅らせているにすぎない」
「そう、ですよね」
「回復魔法で本当に死者を蘇らせることができたとしても、それがどんな条件下なら可能なのか分からない。つまり、なるべく急いだ方がいいということだ。彼女の体が壊れる前に”白の魔宝石”を集めるんだ」
アイシャの話に、悠真は力強く「はい!」と答える。
もとより呑気に集める気などない。世界中を回り、最速で回復魔法を極める。
そしてすぐに楓を治してやるんだ。そのためなら、どんなことでもやる覚悟があった。
「それと――」
アイシャは背中に担いでいたバッグを下ろし、中身を取り出す。金属の棒のような物だ。変わった形をしている。
「約束していたものだ」
「約束?」
悠真はなんのことだか分からなかった。
「前に言っただろ、君の武器を作ってあげると」
思い出した。確かに黒のダンジョンを攻略した時、アイシャは武器を作ると言っていた。覚えてくれていたのか。
アイシャが武器をいじると、ヘッドが倒れ、柄が伸びた。
それは悠真にとってなじみのある形だった。
「可変式ピッケルだ。ダンジョンから採掘されたアダマンタイトという金属を使っている。そしてヘッドの部分には四つの魔宝石を埋め込んである」
悠真が覗き込むと、確かにヘッドには赤、青、緑に黄色といった宝石があった。
「使いこなすことができれば、四大属性の魔法が全て使えるはずだ」
アイシャからバッグと共にピッケルを渡され、悠真は目を輝かす。
「ありがとうございます! アイシャさん。すげー嬉しいです」
「もっと強い魔宝石を手に入れたなら、ピッケルに付いている魔宝石と交換することもできる。私にできるのはここまでだ。後は自分でなんとかしたまえ」
「はい!」
悠真は搭乗口に集まった人たちを改めて見る。
神崎に舞香、田中に芹沢。そしてアイシャまで。みんなが励ましの言葉を口にし、体に気をつけろと心配してくれる。
その言葉の一つ一つが嬉しかった。普通に生きていたら、決して会うことがなかった人たち。
最後に神崎が悠真に目を向ける。
「悠真、全部終わったら、またD-マイナーに戻ってこいよ。まだまだ、お前には教えることがたくさんあるからな」
悠真は「はい」と万感の思いを込め、声を絞り出す。
横を見れば、ルイと明人が笑顔で頷いていた。悠真も頷き、見送りに来てくれた人たちを見る。
「じゃあ、みんな行ってきます!」
悠真とルイ、明人の三人は搭乗ゲートに入り、政府専用機へと足を進めた。