From Slaying Metal Slimes to Being Called the King of Black Steel e RAW novel - Chapter (244)
第244話 黄金の竜
「おい……これ、ヤバいんとちゃうんか!?」
崖から見下ろしていた明人は、ゴクリと喉を鳴らす。
悠真が変身してから、もうすぐ五分が経つ。だが、悠真が戦場から離脱する気配はない。
ただひたすら”樹”を破壊しようと拳を振るっていた。
「まずい! 暴走状態になってる!!」
ルイの言葉に明人は青ざめる。今ダンジョンの底は火の海、あんな所で『金属化』が解ければどうなるか……ゾッとした明人は下を見て大声で叫ぶ。
「悠真! もおええ、そいつは炎に焼かれて
直
に死ぬ! 上がってこい悠真!!」
ダンジョン内に響き渡る絶叫。だが、怒り狂ったように拳を振るう悠真には届かなかった。
幹
を吹き飛ばし、枝を燃やし、根を踏み潰して爆発させる。
破壊の限りを尽くす魔神は、さらに攻撃の速度を上げていった。
◇◇◇
もう少し、もう少しで倒せる!
大樹は燃えながら大きく傾いていた。地面は至る所が陥没し、地中に張っていた根はボロボロになっている。
勝った! これでダンジョンを攻略できる。
悠真がそう思った瞬間に、全身から力が抜けていく。
『え?』
炎が出せなくなり、体が徐々に
萎
んでいく。悠真は自分の両手を見る。
――金属化が解けたのか!?
その時、ハッと我に返った。辺りを見回せば、高い火柱があちらこちらで上がり、大地には炎が渦巻いている。
逃げないと、ここにいたら火に巻かれてしまう。
悠真は慌てて上に行こうとしたが、足に力が入らない。フラついている間にも、どんどん体は小さくなっていた。
通常の大きさに戻ると、全身を覆っていた鎧は形をなくしていく。
皮膚から黒い色が引き、完全に『金属化』が解除された。炎に覆われた地に、悠真は生身で投げ出されてしまった。
「ぐ、ああ……」
凄まじい熱に悠真は顔を歪める。このままでは焼け死んでしまう。
すぐに”水魔法”を発動し、全身を覆っていく。だが、水を出した瞬間から蒸発してゆき体を防御できない。
渦巻く炎は容赦なく悠真を襲う。服を焼き、髪を焼き、皮膚を焼いていく。
悠真は回復魔法を使って自分の傷を治そうとしたが、それも焼け石に水。治しても治しても、燃え上がる炎から出ない以上、再び焼かれるだけ。
呼吸が苦しくなり、足元がフラつく。
立っていられず地面に膝をつくと、目もかすみ始めた。助けを求めるように右手を前に出す。
舞い散る火の粉が右手に移ると、激しく燃え上がった。
爪を焼き、皮膚を焼き、右腕の骨が露出する。さらにその骨まで灰になっていく。悠真は恐怖に襲われ絶叫した。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
自分が使っていた火魔法がこれほどの威力だったなんて。自分で受けてみて、初めてその恐ろしさが分かった。
これが……これが【赤の王】の炎。
悠真は
為
す
術
なく、自分が焼かれていくのを見ているしかなかった。
意識が遠のき、死を覚悟した瞬間、誰かの声が聞こえた気がした。
「……ま、……うま、……悠真!!」
周囲に光が走り、炎が掻き消される。ドンッと近くで音が鳴ったため、悠真は顔を上げて視線を向ける。
そこに立っていたのは、雷槍ゲイ・ボルグを構えた明人だった。
稲妻で炎を押し返し、なんとか焼かれるのを防いでいる。
「大丈夫か!? 悠真!」
「あ……ああ……なんとか……」
かすれる声でつぶやくと、明人はニヤリと笑う。
「まったく世話が焼けるで! 時間も考えんと暴れ回るからや!!」
「……すま、ない」
明人は左手に持った槍で”雷の障壁”を維持しつつ、右手を悠真の肩に回して立ち上がらせる。
「まあ、でも、お前がおらんかったら、この魔物は倒せんかった。よおやった悠真」
「……珍しいな。……お前が褒める、なんて……」
「もお、しゃべらんとき、あとはワイがなんとかする」
明人は悠真の体をしっかりと支えると、キッと上を睨む。
ルイやカイラがいる崖の上まで、百五十メートルはある。そこまで行かなければ、助かる可能性はない。
明人は悠真の体をグッと引き寄せ、雷の魔力を放出する。明人の周りにはバチバチとプラズマが
迸
り、襲いかかってくる炎を跳ね除ける。
「あんまり魔力は残ってへんが、やるしかあらへん!」
何本もの稲妻が、上方へと向かって走る。明人は地面を蹴って飛び上がり、空中で駆け巡る【雷】を蹴った。
足の裏に帯電した電気とぶつかり合い、反発して上に飛ぶ。
それを繰り返して行うことができる”空中歩行”。悠真を抱えた状態で行うには体力も魔力も相当消費していた。
それでもやるしかない!
明人は歯を食いしばり、上へ上へと駆け上がっていく。
行ける! 明人がそう思った時、下から凄まじい速度で登ってくるものがあった。大樹の根っこだ。
数十本の”根”が明人を追い越し、上空で束になって行く手を阻む。
まるで東京ドームの屋根のように天井を塞ぎ、自分たちを出さないつもりだ。明人は頭に血が上るも、魔力がほとんどないこの状況では打つ手がない。
「くそっ! あと、ちょっとやったのに!!」
稲妻を足場にして上に飛びながら、明人は担いだ悠真を見る。グッタリして動かなくなっていた。気を失っている。
さらに下を見れば地の底は火が渦巻き、激しく燃えている。
落ちれば命はないだろう。
「ワイが悠真を運ぶしかない! そのためには……」
明人は持っていた槍に目を移す。最強の魔法付与武装【ゲイ・ボルグ】。
作られたはいいが誰も使えず、骨董品扱いになっていた。そんな武器を、明人はファメールの倉庫から引っ張り出してきた。
核として使われている魔宝石、”イエローダイヤモンド”は世界最大級の大きさで、同じものは二つとない。
「いつの
間
にか相棒みたいになって愛着が湧いとったな……でも、こいつに頼らんと、ここは突破できへん!」
明人はギリッと奥歯を噛みしめ、槍を高々と突き上げる。
「魔宝石、――解放――!!」
かかげた槍が軋み、別れを告げるように鳴動する。
莫大な魔力が放出され、明人の周りに稲妻が幾重にも走った。無数の雷は絡み合い、形をなして光り輝く”竜”となる。
それは【黄色のダンジョン】に生息する最強の魔物、”黄金竜”の姿そのもの。
明人は槍の穂先を上に向け、悠真をしっかりと抱えて叫ぶ。
「行っけええええええええええええええええええ!!」
輝く竜は一直線に空を昇る。根によって作られた
天蓋
を突き破り、上へ上へと昇っていく。
明人が下を見ると、破壊された根っこはバラバラと崩れ落ちていき、灼熱の業火へと沈んでいった。樹々は燃え盛る炎に焼かれ、灰になってゆく。
黄金の竜はそのまま舞い上がり、ついに崖の上まで辿り着いた。
明人が魔法を解除し、地面に降り立った瞬間――
ゲイ・ボルグの魔宝石は光を失い、粉々に砕け散った。