From Slaying Metal Slimes to Being Called the King of Black Steel e RAW novel - Chapter (285)
第284話 唯一の漁船
「こ、これは……なんでこんな所に船が!?」
悠真は目をパチクリさせながら、台車の上に乗った船を眺める。
「港にあった船は全部魔物に壊されたからのう。こいつは壊されんよう、倉庫に運び込んでおいたんじゃ」
ヤコブは腕を組んだまま、自慢げに言う。そんなヤコブにルイが話しかけた。
「でも、どうしてヤコブさんは船を陸地に引き上げて守ってるんですか? それより避難するほうが先だと思いますけど……」
ヤコブは「ふんっ」と鼻を鳴らす。
「船が全部なくなったら、ドイツからイギリスに行けんようになる。そうなったら誰が【青の王】を倒すんじゃ? イギリスのひよっこ
探索者
どもだけでは無理じゃ。【青の王】を倒すのはドイツの『シュッツヘル』だけ、ワシはそう信じて船を守ってきたのに……」
苦々しい表情をするヤコブに、ルイと悠真は顔を見交わす。『シュッツヘル』が英雄と呼ばれていたことは知っている。
ヤコブは彼らが現状を打破してくれると信じていたのだろう。
「ヤコブさん、残念ですが『シュッツヘル』はもういません。でも、僕たちはイギリスに行って魔物を倒そうと思っています。是非、この船を使わせて下さい!」
ルイがヤコブに頼み込み、悠真も「お願いします」と声を上げる。
ヤコブは眉間にしわを寄せたまま、ルイと悠真、二人を交互に見つめた。
「お前たちも腕のある
探索者
のようじゃからのう、この船は使ってかまわん! イギリスに行って魔物を倒してくれ!!」
「「ありがとうございます!」」
ルイと悠真は声を合わせ、お礼を言う。やっと見つけた船、フィリックスたちとも喜びを分かち合っていると、ヤコブが咳払いして口を開く。
「ただし! ワシも一緒に連れて行くことが条件じゃ!」
「「ええっ!?」」
またしてもルイと悠真の声が重なった。一緒に行く? イギリスに? 悠真は耳を疑い聞き返す。
「ちょ、ちょっと待って下さい。ヤコブさん。イギリスがどれだけ危険か分かってますよね? とても一般人が行けるような場所じゃないですよ」
本来ならフィリックスやヴェルナーを連れて行くのも反対だが、船の操縦をしてもらうという約束なので仕方がない。
しかし、これ以上一般人を連れて行けば足手まといだ。
「たわけ! 船を使っていいとは言ったが、やるとは言っておらんわい。お前たちを送り届けたらそのまま帰ってくる。あくまで運ぶだけじゃ、そっから先は自分たちでなんとかせい!」
「ええ……」
悠真は顔をしかめる。確かにイギリスまで行けば、船は乗り捨て。そのあとは魔物に破壊される可能性が高い。
フィリックスとヴェルナーはイギリスに連れて行くしかないと思っていたが、この爺さんは、ここに帰ってくる気なのか!?
悠真は驚くと共に、その豪胆さに舌を巻く。
「い、行くだけでも大変なのに、また帰ってくるのは難しいんじゃ……」
悠真の言葉にヤコブは「やかましいわい!」と返す。
「ワシはこの辺りの海には詳しいからのう。なるべく安全な航路を選んで通ることができる。帰ってくるぐらい訳もないわ!」
「で、でも……」
「嫌なら船は貸さん! とっとと出てってくれ」
ヤコブはしっしと手を振って背中を向けた。悠真たちは全員で顔を見合わせ、困惑した表情を浮かべる。
危険なことは分かり切っているが、こうなっては仕方がない。
「分かりました。その条件でかまいません。俺たちを乗せて下さい」
悠真の言葉にヤコブは振り向き、「だったらすぐに出航じゃ!」と嬉しそうに顔を
綻
ばせた。
フィンによって倉庫のシャッターが開けられ、薄暗い倉庫に日の光が差し込む。
ヤコブは台車のブレーキを外し、持ち手を引いて動かそうとする。
「なにを見とるんじゃ! お前たちも手伝わんか!!」
悠真たちはすぐに駆け寄り、台車に乗った漁船を全員で引っ張る。倉庫の外まで出ると、停めてあった大型のフォークリフトに台車のワイヤーを繋ぐ。
ヤコブがリフトに乗り込み、操舵席に座った。
慣れた手つきでハンドルを握り、アクセルを踏んで発車する。牽引された漁船は道を進み、船着き場へと向かう。
「魔物が出たら頼んだぞ。ワシは出航準備に取り掛かるからのう」
「わ、分かりました」
並走していた悠真が答える。ルイと悠真が周囲の警戒にあたるが、幸いにも魔物が出てくることはなかった。
船着き場まで来ると、リフトと台車を繋いでいたワイヤーを外す。
ヤコブはフォークリフトを器用に操作し、フォークの部分をうまく動かしながら、漁船を台車から持ち上げる。どうやって海に船を浮かべるのか興味津々だった悠真はヤコブの行動に注目した。
すると大型フォークリフトは岸壁まで船を運び、そのままフォークを動かし漁船を下ろしていく。
「へ~、あんな風にするのか……初めて見るな」
悠真は感心する。フォークリフトもやたら大きいな。と思っていたが、船を進水させるために使うなら、それも当然だ。
水面に浮いた漁船にフィンが飛び乗り、エンジンをかける。
リフトの操舵席から「うんしょっ」と降りてきたヤコブは、悠真たちの方を向く。
「ほれほれ、のんびりしておる時間はないぞ! 海の魔物が来る前にここを離れんと、早く乗り込まんか!」
「は、はい!」
いの一番で飛び降りたのは悠真だった。その次にルイ、フィリックスとヴェルナーと続き、最後に飛び乗ろうとしたのはヤコブだ。
全員で手を貸し、なんとか無事に乗り込めた。
「よし、あとは任せておけ!」
ヤコブは胸を張って操舵席に向かう。ドスンッと椅子に座り、舵を握った。
「あ、あの……操縦は本当に大丈夫なんですよね?」
ルイが恐る恐る尋ねる。するとヤコブはやれやれといった表情で首を振る。
「ワシが何年漁師を続けてきたと思っておるんじゃ! お前たちが生まれる前から舵を握っとるわい! 心配無用!!」
ヤコブは自信あり気にカッカッカと快活に笑う。
悠真とルイは困り顔になるが、漁船はヤコブの所有物なので文句を言う訳にもいかない。
ルイは振り返ってフィリックスを見る。
「フィリックスさん、ヴェルナーさん。船の操縦はヤコブさんがやってくれるそうです。危ない航路を進みますから、二人は戻った方がいいんじゃないですか?」
ここからトラックで戻るのも危険だろうが、船で行く方が遥かに危険だ。ルイはそう思い二人に
促
したのだが……。
「おいおい、それはないぜ。ここまで来たんだ。あんたらが無事イギリスに行くのを見届けさせてくれよ」
フィリックスの答えに、ルイは「でも……」と言い
淀
む。
ヴェルナーの顔を見れば、当然、といった感じで微笑んでいた。説得は難しそうだとルイは苦笑する。
「話は終わったか? 出発するぞ」
舵を握るヤコブは片眉を上げ、後ろにいるルイたちを見る。ルイは悠真とも話し、答えを決めた。
「全員で行きます。ヤコブさん操縦、よろしくお願いします!」
「では出発じゃ!」
ヤコブの声と共に船は離岸し、イギリスを目指して北海を進んだ。