From Slaying Metal Slimes to Being Called the King of Black Steel e RAW novel - Chapter (286)
第285話 海に巣食うもの
「おえええええええっ」
悠真は海に向かい、キラキラしたものを吐き出していた。
「悠真、大丈夫?」
ルイが背中をさすりながら心配する。
「うぅ……漁船なんかに乗るの初めてだからな……こんなに気持ち悪くなるのか……イギリスまでもつかな?」
弱音を吐いていると、舵を握っていたヤコブが顔をしかめ、悠真に視線を向ける。
「なんじゃ、だらしない! これだから最近の若いヤツらは……」
ヤコブは「フンッ」と鼻を鳴らし、やれやれといった感じで前を向く。
ハンブルクを出発して約一時間。漁船は順調に北海を進んでいた。もっと魔物がわんさか出てくると思っていたが、今のところそんな様子はない。
「ヤコブさん、あとどれくらいでイギリスに着きそうですか?」
船の
縁
に掴まっていた悠真がフラつきながら立ち上がり、口元を拭ってからヤコブに尋ねた。
「そうじゃの、何事もなければ六時間ぐらいで着くじゃろう」
「六時間!? そんなにかかるんですか?」
「バカもん! 普通の漁船ならもっとかかるわい! この漁船はワシが改造しておるからの、かなりスピードが出ておるんじゃ。黙っておれ!」
ヤコブの怒りに満ちた声を聞いて、悠真はゲッソリする思いだった。
――この気持ち悪さが六時間も続くのかよ……魔物よりよっぽど怖い。
悠真が絶望的な気分になっていると、船尾にいたヴェルナーが大声を上げる。
「おい! なにか来てるぞ! それも大量に!!」
悠真とルイ、フィリックスがすぐに船尾に移動し、後方を見る。バシャバシャと白い波が立ち、こちらに迫って来ている。
まるで魚の群れのようだが、明らかに違う。
「ありゃぁ……”魚人”の群れか?」
顔を歪めながらつぶやいたのはフィリックスだった。悠真も目を
凝
らして水面を見つめる。
魚のような頭、銀色に光る体表。バタフライのように腕をかく姿は、ゾッとするほど気持ち悪い光景だった。
「悠真、やろう! このままじゃ追いつかれる」
「お、おう」
ルイは刀を抜き、悠真は背負っていたバッグから三つに分かれたピッケルを取り出し、組み立てる。
二人が武器を構えると、ヴェルナーとフィリックスは船首まで避難する。
ルイは灼熱刀を軽く振った。
迸
る火の粉は炎の鳥となり、空中を舞って魚人の群れに向かっていく。
三羽の鳥が海上で爆発した。
水飛沫が舞い上がり、煙がモクモクと広がる。だが――
「ダメだ。海中に潜って爆発をかわしてる!」
ルイの言う通り、一瞬見えなくなった魚人たちは再び海上に姿を現した。何事もなかったかのように高速で泳いでいる。
悠真は「くそ!」と臍を噛む。水中にいる魔物は一筋縄ではいかないってことか。
「俺がやる!」
今度は悠真が前に出て、ピッケルを高々とかかげた。ルイの火魔法は”水の魔物”と相性が悪い。だが、風魔法ならどうだ!?
悠真はピッケルのヘッドに風の魔力を集める。
風が渦巻き、球状の塊となった。悠真はピッケルを振り下ろし、”風の球”を魚人たちに投げつける。
球が水面に触れた瞬間、爆発したように水が弾けた。
魚人は水に潜って回避しようとしたが、衝撃が大きすぎ、数匹の魚人が吹っ飛んで水面に叩きつけられる。
「風魔法なら、なんとかいけそうだ……」
悠真が二撃目を放とうとした時、後ろから叫び声が聞こえてきた。
「わあああああああああ! な、なんですか、あれ!?」
背の高い青年フィンの声だ。悠真とルイが慌てて振り返ると、異様な光景が広がっていた。
船の前方にある海が、
盛
り
上
が
っ
て
い
た
のだ。
「なんだ!? あれは?」
悠真は訳が分からず、眉間にしわを寄せたまま固まってしまう。盛り上がった海はうねりながら動いていた。
やがて水が引き、鱗に覆われた大きな胴体が見えてくる。
それは巨大な蛇……いや、竜だった。
「
大海蛇
だ!! かなり大きい!」
ルイの声に悠真はハッとし、我に返る。あれが
大海蛇
? 聞いたことはあったが、実際に見るとすごい迫力だ。
大蛇が起こす波によって、漁船は大きく揺れる。
悠真たちは立っていられなくなり、しゃがんで波が落ち着くのを待った。
「くそっ! こんな状態で戦えるのかよ!?」
悠真はギリッと奥歯を鳴らす。ここで『金属化』しても、水中戦は無理だ。
なんといっても体は重い金属。泳げるはずもなく、なにもできないまま沈んでいくだろう。
そう考えると、船でイギリスまで行こうとするのは失敗だったかもしれない。
危険はあっても空路を選択すべきだったんじゃ……悠真がそんな事を考えている間に波は収まり、辺りは静かになった。
悠真とルイはゆっくりと立ち上がり、周囲を見た。
大海蛇
の姿はない。海に潜ったのか? そしてあんなにたくさんいた魚人も、いつの間にかいなくなっていた。
船はエンジンを停止し、波間にぷかぷかと浮かんでいるだけだ。
「どうしたんだ!? 一体。なんで襲ってこない?」
悠真の疑問に答える者はいない。誰もが困惑したまま、静かになった水面を眺めている。
その時――
「うっ!?」
悠真の左手に激痛が走った。突然のことに顔を歪め、わずかに身を屈める。
「どうしたの? 悠真!」
ルイが心配そうに後ろから声をかけてくる。「いや、なんでもない」と答えた悠真だったが、自分自身なにが起きているのか分からなかった。
悠真は身を起こし、周囲を見回す。
風はなく、水面も
凪
いで、気持ち悪いほど静かだった。
漁師であるヤコブも異変に気づき、嫌な脂汗を掻いている。
「こんな経験は初めてじゃ……なにか、
厄
介
な
の
が
く
る
ぞ
」
ジリジリとする緊張感に、フィリックスは「おいおい、勘弁してくれよ! なにがくるんだ!?」と焦りの色を見せ、ヴェルナーも「来なきゃよかったか」と今さらながら後悔している。
全員が肌で感じているのだ。この
ヤ
バ
す
ぎ
る
空
気
を
。
やがて漁船がカタカタと揺れ出す。小さな波が起き、船が傾いた。悠真は転びそうになるのを耐え、船の
縁
を掴んで水面を見る。
大きな影が海中を泳いでいた。
大海蛇
ではない。もっと大きい
な
に
か
。
悠真は自分の左手に視線を移す。このヒリヒリとした痛み、一度だけ経験したことがあった。悠真はその時のことをハッキリと覚えている。
「これは……【緑の王】に出会った時に感じた痛み、強大な敵にキマイラの”宝玉”が反応してるんだ。だとしたら――」
悠真は広大な北海を見やる。静かだった海が波打ち、ゆっくりと渦巻き始めた。
「この下にいるんだ! 海を統べる支配者……【青の王】が!!」