From Slaying Metal Slimes to Being Called the King of Black Steel e RAW novel - Chapter (289)
第288話 風と海の攻防
――もう少しで倒し切れる!
悠真は”風の龍”を操りながら、自分の勝利を確信した。【青の王】は自分の触手を利用し、六体の”氷の龍”を作り出していたが、こちらには十体の”風の龍”がいる。
しかも、氷の龍の一本は食いちぎったため、残りは五体。
さらにはダウンバーストを使い、【青の王】を海から引きずり出した。身動きも
碌
に取れず、攻撃手段も限られている。
こちらが圧倒的に有利な状況。押し切ればこっちの勝ちだ!
――まさかこんな早々に【青の王】を倒せる機会が来るなんて……。
まだイギリスに到着さえしていなかっただけに、誤算といえば誤算になる。だが、いい誤算だ。
悠真は今この瞬間に、【青の王】を倒し切ろうと考えた。
“風の龍”は何度も敵に襲いかかり、ダメージを与えていたが、あの巨体だ。もっと攻撃を重ねないと。
悠真はそう思い、自分の周りに
真
空
の
球
体
を
い
く
つ
も
作
り
出
す
。
球体はうねりながらスパイク状に変化した。悠真がバサリと羽を動かすと、何十発もの”真空の弾丸”が飛んでいく。
青の王は”風の龍”を相手にするのに精一杯。真空の弾丸をかわす余裕はない。
氷の鎧に次々に着弾、分厚い氷を割って肉に突き刺さった。
「おおおおおおおおおおおおおおん」
青の王が発する苦し気な声。完全に押していると感じた悠真は、トドメとばかりに魔力を集める。
もう一度数十発の『真空の弾丸』を作り出し、鋭い切っ先を海に向けた。
放とうとした瞬間、ぞわりと背中に悪寒が走る。なにか分からないが、
恐
ろ
し
い
も
の
が
近
づ
い
て
い
る
。そんな予感がしたのだ。
悠真はハッとして後方を振り返る。
嫌な予感の正体が分かった。途轍もない高さの
津
波
が向かって来ている。通常の津波ではない。
異常なほど縦に特化して伸びており、高さは一キロを優に超えている。
巻き込まれたらただでは済まないだろう。悠真は慌てて回避行動に移った。
巨大津波は悠真の横をかすめ、”穴”に向かって落ちていく。衝撃音と共に大量の水飛沫を巻き上げた。
あまりの海水量に、ダウンバーストも遮られてしまう。
――くっ! 油断した。
相手は海を操る【青の王】、これぐらいのことは当然やってくるだろう。悠真は
蛾
の触角を動かし、マナの行方を追う。
巨大なマナは水中を高速で移動し、どんどん離れていく。
――逃げられた! もう、同じ攻撃は通用しないだろう。
悠真は追いかけるのを諦め、ルイたちの乗った漁船を探した。するとだいぶ離れた場所に浮かんでいることに気づく。
今の津波の影響であそこまで流されたのか。
悠真はバサリバサリと羽ばたいて、船の近くまで移動した。
◇◇◇
「おい、大丈夫か?」
フィリックスが頭を押さえながら周りに聞く。ヴェルナーが「俺は大丈夫だ!」と答え、ヤコブやフィンの無事も確認する。
巨大な津波が突如現れ、海面に落ちたかと思えば、その衝撃で海が荒れ狂った。
“風の障壁”のおかげで全員無事だが、かなり流されてしまっている。
「みなさん、怪我はなさそうですね」
ルイが周囲を見渡して安堵の息を吐く。するとヤコブが恨みがましそうに「腰をしこたま打ったがの!」と言ってきた。
あの様子なら大丈夫そうだとルイが思った時、ふと影に入る。
なんだろう? とルイが空を見上げると、そこにいたのは巨大な蛾の怪物である【緑の王】だ。
ヤコブは「ひっ」と腰を抜かして息を飲み、フィリックスとヴェルナーは驚きのあまり言葉を失う。緑の王は空中で徐々に小さくなり、黒鎧の姿になるとそのまま漁船に飛び降りた。
船は大きく揺れ、フィリックスたちは転びそうになる。
「あ、すいません」
悠真は黒鎧の姿のままヤコブに向かって頭を下げる。
「う……うぅ……ああ」
ヤコブはうなり声を上げるだけで、どうしていいか分からない様子だ。ルイは悠真に近づき声をかける。
「それで、どうだった? 【青の王】は倒せたの?」
「いや、逃げられた。海の中を進んでいくからな……追いかけるのはムリだ」
「そうか……」
ここで倒せたら良かったけど……ルイは少し残念そうに言うものの、悠真にムリをさせる訳にもいかない。
「仕方ないよ。最初の予定通り、イギリスに行って状況を確認しよう」
「ああ、そうだな」
時間がきたようで、悠真は”黒鎧”から元の姿へと戻った。怖がっていたヤコブも落ち着いたのか、悠真に近づいてくる。
眉間にしわを寄せ、怪訝な顔をした。
「お前、あんな怪物みたいな姿に変身できるのか!?」
「え? ええ、まあ、ちょっとだけですけど……」
ヤコブはニヤリと笑い、目を見開く。
「すごいのう! そんなことができる
探索者
がいるとは知らんかった。お前ならドイツの
探索者集団
『シュッツヘル』にも入れるかもしれんぞ! 日本なんぞにおらんで、ドイツに移住するといい!」
「は、はあ……」
ヤコブはワッハッハと豪快に笑いながら、困惑する悠真の背中をバンバンと叩いた。悠真は苦笑いするしかない。
「ヤコブさん、このままイギリスに行こうと思うんですけど、運転をお願いできますか?」
ルイの言葉に、ヤコブは「もちろん、そのつもりじゃ。任せておけ!」と、意気揚々と運転席に向かう。
本当に行くんですか? とゴネるフィンを「うるさいわい!」と追い払い、船のエンジンをかける。
ルイはフィリックスとヴェルナーにも視線を向ける。
「二人とも、大丈夫ですか? かなり怖い目に遭わせてしまって……今ならハンブルクに戻ることもできますけど」
二人に気を使ったルイだが、フィリックスはフンと鼻を鳴らす。
「なに言ってんだ! 俺はコングロマリットと戦ってるお前たちを見てるんだぞ! こんなことでビビるかよ。なあ、ヴェルナー!」
話を振られたヴェルナーだが、彼はコングロマリットとの戦いは見ていない。
今回の【青の王】と【緑の王】の戦いを
目
の当たりにして、かなり驚いているように見えた。
ヴェルナーが即答できずにいると、フィリックスはヴェルナーに近づき、「なあ、問題ないだろ? なあ?」と有無を言わさないように詰め寄る。
結局、ヴェルナーは「あ、ああ、そうだな。大丈夫だ」と言うしかなかった。
ちょっとムリヤリ感はあったが、全員の同意(フィンを除く)が取れたため、イギリスに向け改めて出発することになった。
「よし! では出発じゃ!!」
ヤコブがハンドルを握りレバーを前に倒すと、漁船はゆっくりと進み始めた。