From Slaying Metal Slimes to Being Called the King of Black Steel e RAW novel - Chapter (301)
第300話 青の飛竜
ハンスが長剣に雷を宿し、
大海蛇
に対し突っ込んでいく。
靴に”雷の魔力”を流し込めば、地面と反発し、人間とは思えないほどの跳躍力を得る。ハンスは高く飛び上がり、大蛇の顔にまで近づいた。
「喰らえ!」
凄まじい雷光を放つ剣。剣閃は大蛇の顔面を斬りつけ、頭蓋を割った。
巨大な蛇は悶え苦しみ、地面に倒れて路上を転げ回る。間髪入れずにシャーロットが走ってきた。
炎を纏う刀で蛇の腹を斬り裂く。
そのまま走り抜ければ、どんどん蛇の腹が割けていく。大蛇はたまらず頭を持ち上げると、地面を爆発させたシャーロットが上空まで飛び上がる。
回転しながら蛇の頭に近づき、両手に持った刀にありったけの魔力を流す。左手に持った刀はパチパチと炎が弾け、右手に持った刀からは黒い稲妻が放出される。
シャーロットは蛇の頭を十字に斬りつけた。
黒い稲妻が
迸
り、一方で爆発が起きる。第二階層の魔法による同時攻撃。大海蛇は絶命し、あっと言う間に砂となった。
地面に着地したシャーロットは、「ふぅ」と息を吐く。
「よくやった。シャーロット」
ハンスの
労
いにシャーロットは頭を振る。
「いえ、ハンスさんの攻撃でだいぶ弱ってましたから、私は
止
めを刺しただけです」
「充分な働きだよ」
武器を収めた二人が視線を向けると、そこには軍人のアンドリューが立っていた。
「アンドリュー、すぐに避難しないと。住民は北に向かったのだろう?」
「え、ええ」
ハンスに尋ねられ、アンドリューは我に返る。
「すいません。お二人の戦いがあまりにも見事だったので……」
「世辞を言ってもなにも出んぞ。それより私たちも移動せんと」
「そ、そうですね。ではこちらへ!」
アンドリューの案内で三人は国道を北に進んだ。ハンスはチラリと後ろを振り返る。
街の大部分が氷に覆われている。もう、ここに住むことはできないだろう。人々を守り続けていた『
氷の王国
』がこんなにあっさり崩壊してしまうなんて。
喪失感は否めなかったが、前を向いて進むしかない。
ハンスたち三人は、
水浸
しになった街を走り抜けた。
◇◇◇
「車はまだ動かないの!?」
公用車の後部座席に乗ったレイラは怒りにまかせ、運転手を怒鳴りつけていた。
車は大渋滞に巻き込まれ、まったく進まない。早く避難しなければ自分の命が危ないというのに。
苛
つきがピークにさしかかった時、後ろから悲鳴が聞こえてくる。
レイラが振り返ると、空から
な
に
か
が
落
ち
て
き
た
。ガシャンッという大きな音に、レイラは「ヒッ」と小さな悲鳴を上げる。
「も、もういいわ! ここで降りるから」
「しゅ、首相! お待ちください!!」
運転手の制止を振り切り、レイラは外に飛び出した。ボディーガードのSP二人も車を降り、レイラのあとに続く。
ふと見れば、路上に落ちていたのは砲塔の残骸のようなものだ。
「あれは……」
辺りには混乱した人々が行き交い、パニック状態で大声を出す者もいた。レイラは北に向かって走り出す。
この先には万が一のために用意されたシェルターがある。
住民の避難用だが、自分のような要人なら優先して入れてくれるだろう。そう思って走っていると隣から声がかけられる。
「首相! ご無事でしたか」
振り向くと、そこにいたのは国務大臣のジャック・ハミルトンだった。薄くなった頭にハンカチを当て、汗を拭きながら走ってくる。
でっぷりとした腹が揺れているのを見て、レイラは眉をひそめる。
同じ政党の人間で付き合いも長いが、レイラは、いまいちこのジャックが好きになれなかった。
「いや~私が乗った車も動かなくなりまして……首相も『ジ・オーバル』のシェルターに行くのでしょ?」
ジ・オーバルはブリクストンの北にあるクリケット場だ。万が一に備え、市民が避難するための大規模な地下シェルターが作られていた。
「ええ、そのつもりです。取りあえず混乱が収まるのを待って、別の街に避難するしかないですからね」
「そうですね。では、急ぎましょう。ないとは思いますが、避難者が多すぎて我々が入れないなんてことになったら大変ですからね」
ジャックの軽口にレイラは
辟易
する。
そんなこと、あるはずがない。一般の市民と我々では、命の重さが違うのだ。
一般人が何人死のうと問題にはならないが、自分が死んでしまっては国が回らなくなる。
ジ・オーバルのシェルター前に辿り着くと、入り口で多くの市民と軍人が揉めていた。レイラは足をゆるめながら、その様子を眺める。
「なんで入れねーんだよ! 魔物がすぐ近くまで来てるんだぞ!!」
「だから、収容人数の限界に達してるんです! 別のシェルターに行くか、北へ逃げて下さい!」
「ふざけんじゃねえ! そんな時間あるかよ。ここに入れなきゃ全員死ぬんだぞ!」
男の言葉に、一般人が「そうだ! そうだ!」と叫んでいる。
まったく分かっていないようだ。自分たちが『優先順位の低い人間』だということを。レイラは警備をしている軍人に近づき、自分をシェルターに入れるよう命令を出す。
軍人はすぐに敬礼し、レイラとジャック、そしてSPをシェルターの入り口まで案内しようとする。それを見た一般人が叫び始めた。
「おい! 首相は入れるのかよ!? だったら俺たちだって入れるだろうが!」
「そうだ! 俺たちも入れやがれ!!」
「私は子供もいるのよ! 早く通して!!」
現場は大混乱に
陥
る。一般人と軍隊が衝突し、凄惨な光景に変わっていく。子供は泣き叫び、軍人に殴られた男が血を吐きながら地面に倒れる。
その様子を横目に、レイラはふんと鼻を鳴らして歩いていく。
分
をわきまえない愚か者ども。そんなことを考えていた時、視界の端になにかが映った。ビルの上にチラリと見える影。
大きな翼を広げ、体は陽光に反射しキラキラと光っている。長い首を持ち上げ、地上を悠然と眺める空色の魔物。
「あれは”
青の飛竜
“! どうしてこんなところに!?」
青の飛竜
がこの『
氷の王国
』に近づくはずがない。国を守るため一番脅威になるのは、制空権を支配するこの竜だ。
そのため
青の飛竜
を近づかせないための【地対空魔法兵器】が各所に設置されている。それなのに――
レイラはハッとした。先ほど路上に落ちていた砲塔は、あれはビルの上に設置された地対空兵器ではないのか?
だとしたら竜に破壊された!? なぜ急に?
「……まさか……津波の影響……?」
あの大波は高さ数百メートルに及び、街の半分を飲み込んだ。高所にあった地対空兵器が動かなくなったの!?
対空防御が減った結果、多くの
青の飛竜
が街に近づき、ビルの上にある兵器を破壊していったんだ。
だとしたら――
レイラは空を見上げた。そこには悠然と上空を泳ぐ、四匹の
青の飛竜
がいた。
ビルの上には、さらに二匹のドラゴンがいる。
逃げなければ、と思った瞬間、目の前にあるシェルターの入口が吹っ飛んだ。
「え!?」
なにが起きたのか分からなかったレイラは、口をポカンと開けた。近くにいた全員が言葉をなくし、動きを止める。
レイラは視線をビルの上に戻した。
ビルの屋上にとまっている竜が口から、水が滴り落ちている。飛んでいる竜も口を開け、大量の水を吐き出す。
――水の
吐息
!
閃光のように襲いかかる水は、その圧力で車や人間を吹き飛ばす。
これが水系の中でもっとも厄介と言われる魔物。レイラが顔を上げた瞬間、いくつもの
吐息
が放射された。
水の閃光は一般人を殺し、軍人を殺し、だれかれかまわず命を奪っていく。
「ひ、ひいいい!」
レイラはしゃがみ込み、この圧倒的暴力が過ぎ去るのを待った。
「ジャック! あなたもしゃがんで……」
レイラが視線を向けると、ジャックはすでに死んでいた。体の右側半分がなくなり、絶命している。恐らく、水の
吐息
がかすったのだろう。
そして辺りが暗くなる。これ以上なんなんだ、と思いレイラは空を見上げた。
ただ曇っただけ、そうであればどれだけ良かったか。
空には途轍もない数の飛竜が舞っていた。
三十……いや、五十匹近くはいる。上空を輪を描くように旋回し、悠然と泳でいた。
あんな数の飛竜に襲われたら、この周辺にいる人間は誰も助からない。
それはもちろん自分も同じだ。その時、レイラは息を飲む。
ああ、あの化け物に取って……人間に違いなどないのだ。全て等しく虫けら。人間社会に存在する階級など、化け物には関係ない。
そんな当たり前のことに、レイラはようやく気づいた。