From Slaying Metal Slimes to Being Called the King of Black Steel e RAW novel - Chapter (313)
第312話 非常事態
レイラはビルの屋上でしゃがみ込み、小刻みに震えていた。
多くの軍人が周りを囲んでいたが、安心感などまるでない。ふと顔を上げ、屋上から街を見る。
完全に水没したオックスフォードの街。
この状況が変わることはないだろう。レイラは絶望的な気持ちになった。
いずれここも海に沈む。いや、その前に魔物に殺されるだろうか? 空を飛ぶ竜、あるいは魚人や蛇が海から襲いかかってくるだろうか?
レイラは両腕を抱え、
俯
いて目を閉じる。
ここには軍人しかいない。魔物を倒す
探索者
がいないのだ。
今、襲われれば
一溜
りもない。レイラの瞳から希望の光が失われていく。その時、悲鳴のような大声が辺りに響いた。
「つ、津波だ! 津波が来てるぞ!!」
レイラは顔を上げ、辺りを見る。叫んでいたのは特別市長のニックだ。
街の南側を見つめて
慄
いている。レイラは震える足に力を込め、なんとか立ち上がって
彼方
を見やった。
海に沈んだ街をさらに飲み込むように、大きな津波が向かってくる。
「ああ……あああああ」
レイラは手で顔を覆う。あの津波が到達すれば、イギリスは完全に終わる。
もう打つ手はないのだ。
「しゅ、首相! あれを!!」
ニックが震える声でレイラを呼ぶ。もはやなにをしても取り返しはつかないのに、これ以上なにを見ろというのか。
レイラは力なくニックが指差す方向を見る。
そこには
津
波
の
上
に
乗
っ
た
巨
大
な
ク
ジ
ラ
が
い
た
。レイラはゴクリと唾を飲み、そのクジラを睨んだ。
「【青の王】……自分の手で止めを刺しに来たのね」
全身が震える。食物連鎖の頂点に君臨する絶対の支配者。【青の王】を前にして、自分たちは蛇に睨まれたカエルも同然。
そう思ったレイラだが、どうも様子がおかしい。
辺りがザワつき始め、ニックはオロオロして後ずさった。レイラは改めて迫りくる津波を見る。
すぐに不自然なことに気づいた。
津
波
が
止
ま
っ
た
ま
ま
動
い
て
い
な
い
の
だ
。
「なにが起きているの!?」
原因はまったく分からなかったが、周りにいる人たちが空を見上げていた。レイラも釣られて空を見る。
そこには
巨
大
な
蛾
がいた。悠々と羽をはばたかせる緑の蛾。
見たこともない魔物。ここからかなり距離はあるが、途轍もない大きさであることは分かる。
全身が毒々しい色をしており、二本の長い尾っぽを持つ。
「あれは……なに?」
レイラは口を開け、空虚に見つめることしかできない。巨大な蛾と【青の王】は、まるで睨み合うように動かなくなる。
先に仕掛けたのは緑の蛾だ。
羽を何度も扇ぎ、風の揺らぎを生み出している。蛾の正面に生み出された”風”が、衝撃波と共に飛んでいく。
向かったのは津波の上にいる【青の王】。
どうなるのか? と思ったレイラだったが、次に起こった変化に息を飲む。
津
波
が
凍
り
始
め
た
の
だ
。地平線を覆い尽くすほどの津波が白く凍っていく。そして海そのものも凍り出した。
水没した街が、銀色の世界へと変わっていく。
【青の王】は氷の中へと姿を消す。蛾の撃ち出した風が氷の津波に襲いかかるが、一部を破壊したに過ぎず、【青の王】には当たらない。
緑の蛾は空に舞い上がり、上空から風の攻撃を繰り返す。しかし、分厚い氷を割れないようだ。
――いえ、例え破壊したとしても、氷はすぐ元に戻ってしまう。あれでは巨大な蛾の攻撃が届かない!
レイラは現状、なにがどうなっているのか理解できなかった。しかし【青の王】が危険なことだけは確かだ。
これが魔物同士のぶつかり合いだとしても、できれば緑の蛾に【青の王】を殺してほしい。
レイラは祈りながら空を見た。
「なんでもいいわ! お願い……あの化物を……【青の王】を倒して!!」
◇◇◇
悠真は上空から凍り付いた海を見下ろす。
――やっぱり”風の攻撃”じゃあ、氷の中にいる
あ
い
つ
を倒せない! 【赤の王】になって炎を使うしか……。
だが一度変身を解けば、もう【緑の王】になることはできない。
次に【青の王】が氷を解除して”水魔法”を使ってくれば、相性の悪い”火魔法”は抑え込まれてしまう。
どうすれば――
悠真が必死に思考を巡らせていると、ふいに体の力が抜ける。
巨大な蛾は態勢を維持できず、落下しそうになった。悠真は慌てて風魔法を使い、【緑の王】の体を支える。
――あっぶねえ! なんだ? 今の?
少し前から感じるようになった体の違和感。それがここに来て悪化しているように思えた。
体調が悪いのか? それとも……。
悠真がそんなことを考えている間にも【青の王】は氷の中を移動し、攻撃を仕掛けてくる。
海の一部がボコリと隆起し、”氷の龍”となって襲いかかってきた。
――考えてる場合じゃない! やらなきゃこっちがやられる!!
悠真は意識を集中して、キマイラの宝玉に魔力を込める。赤く染まった宝玉が解放され、魔力が爆発する。
巨大な蛾は空中で変化し始めた。
体表が赤く輝き、蛾の羽が爬虫類の羽へと変わっていく。二本の尾っぽが引っ込み、竜の尻尾が生えてきた。
その変化は、遠巻きに見ていたレイラたちの目にも入る。
「なに? なんなの? あの魔物は!?」
隣にいたニックも「魔物が……別の魔物に変化してます」と目の前の光景が信じられない様子だ。
周囲にいた人々も、ただただ唖然とするしかなかった。
完全に変身の終えた悠真は、真下をギロリと見下ろす。全身は赤い鱗に覆われ、炎を漏らす口からは凶悪な牙を覗かせる。
――【赤の王】アウルス・ヴェノム!!
全てを焼き尽くす爆炎の支配者は、迫りくる”氷の龍”を熱気だけで粉砕。すぐに方向を変え、逃げようとする【青の王】を視界に捉える。
――逃がしはしない!!
悠真はその凶悪な
顎
に炎を集める。鎌首を持ち上げ、火球を一気に吐き出した。
空気を切り裂き、火球は氷原に着弾する。瞬間――熱線は周囲の氷を蒸発させた。氷の防御壁は瓦解し、【青の王】は
剥
き出しの体を晒す。
――もう一撃だ!
再び火球を放つ。海に向かっていく最強の炎だが、それを迎え撃つように海がうねり出す。荒れ狂う波から無数の”水の龍”が生まれ、火球に襲いかかった。
水に捕らわれた火球は徐々に力を失い、水の中で消滅する。
――くそっ! やっぱりダメか!!
悠真は羽ばたきながら海を睨む。二つの王の力を使っても、こいつに致命的なダメージを与えることはできない。
やっぱりアメリカにいる【黄の王】を倒す必要があったんだ。
黄の王が使う”雷撃”なら、”水”も”氷”も突破できたはず。ここに来る前にアメリカに行くべきだったか。悠真がギリッと歯噛みした時、また体に変化が起きた。
力が抜けていく。なにが起きたのか分からなかったが、羽や尻尾が縮んでいくのが見えた。【赤の王】の変身が解けているのだ。
――なんでだ!? まだ三十分経ってないはずなのに?
悠真は浮力を失い、海に向かって落下した。