From Slaying Metal Slimes to Being Called the King of Black Steel e RAW novel - Chapter (317)
第316話 神速の剣王
氷の鎧が剥がれ落ち、巨大なクジラが姿を現す。
肌は焼け焦げ、触手は全て失っていた。体には無数の切り傷があり、赤い血が止めどなく流れ落ちる。
致命傷を負っているのは間違いない。
悠真は左手の剣を引っ込め、竜頭の口腔内に火の魔力を集める。”火球”でトドメを刺そうとしたが、口内に火の魔力が集まらない。
『ん? なんだ?』
戸惑っていると、左腕の竜頭が形を無くし、黒く変質していく。さらに右手の緑の斧も引っ込んでいった。
元の腕に戻っているのだ。
背中の羽もなくなり、赤と緑の尻尾も体の中に取り込まれる。
通常の黒い巨人に戻ってしまった。もしかしてコングロマリットの制限時間か? とも考えたが、そうではない。
『魔力が尽きたのか……こんな短時間で』
“火”と”風”の魔力がなくなり、もう魔法が使えなくなっていた。かなりの魔宝石を取り込んだはずなのに……。
自分がいかに強力な魔法を使っていたかを、改めて認識する。
そんな悠真の変化を見て取ったのか、【青の王】が動き出す。ボロボロの体に鞭打ち、氷の海に入ろうとしていた。
気づいた悠真は『逃がすかよ!』と叫んで地面を蹴った。
◇◇◇
シャーロットは屋上から周囲を見渡す。
「まずい……集まって来てる」
レイラが怪訝な顔で「どうしたの?」と尋ねる。屋上にいる人々も不安気な表情になっていた。
「首相、魔物が集まり出しています。屋上の中央に移動して下さい」
シャーロットの指示に従い、広い屋上の中央にレイラを始め、政治家や一般市民に集まってもらう。
その周りを軍人で固め、銃口を海に向ける。
シャーロットも二本の
柳葉刀
を抜く。魔力を流して戦闘態勢を取り、油断なく凍った海を睨む。
――かなりの数。私と軍人だけで抑えられるだろうか?
弱気になりかけたシャーロットだが、フルフルと頭を振り、雑念を払う。
殺
らなければ、こちらが
殺
られる。左手にもった刀に炎を灯し、右の刀に稲妻を宿した。
シャーロットが覚悟を決めた時、氷の海から魔物が上がってくる。
大型の魚人、巨大なサメ、ウネウネと足を動かす紫色のタコ。
大海蛇
やワニの怪物もいる。
数限りない魔物たち。刀を握るシャーロットに緊張が走る。
一瞬の静寂の後、魔物は示し合わせたかのように一斉に動き出した。
とても倒し切れない。分かってはいるがやるしかない。シャーロットは屋上の
縁
から飛び出し、
宙
を舞って氷の海に飛び込む。
襲いかかってきた魚人を斬り伏せ、眼下にいるワニに炎の刀を突き立てる。
ワニは悶え苦しむも、数秒で砂となった。屋上からは掃射音が聞こえる。軍人が銃で迎撃しているのだ。
雷の魔力を宿した銃弾。水の魔物にはそれなりに効くはずだ。
しかし、弾薬はそれほど多くない。あの弾幕が止んだ時、ここにいる人たちは一人残らず殺されるだろう。
せめて一匹でも多く、敵を倒さないと――
シャーロットは死にもの狂いで刀を振るった。周囲に飛び散る血、魔物の悲鳴、もはやなにも考えられなくなってきた。
何十もの魔物を相手にしたシャーロットは、疲れのあまりわずかに体勢を崩す。
その一瞬の隙に、足を取られた。シャーロットが目を向ければ、そこには吸盤のついたタコの足が
絡
みついていた。
「くっ!」
刀で斬り飛ばそうとしたが、引き倒される方が早かった。
「ああああ!」
片足を持ち上げられ、十メートル以上の高さで
宙
ぶらりんとなる。真下には巨大なタコの魔物。
目撃例の少ない希少種だ。
シャーロットは必死になってタコの足を斬りつけるが、弾力があり切断できない。
「だったら――!」
雷を纏った刀で斬りつける。例え斬れなくても、足は離すはず。
そう思ったが違っていた。タコはまったく離す様子がない。それどころかダメージを受けている様子もない。
有り得ない。水の魔物に雷撃が効かないなんて、まさか!?
シャーロットはハッとしてタコの魔物を見る。
「雷撃の……耐性を持っているの? 弱点のない魔物!?」
それは常識を覆すものだった。魔法に対する耐性を持つのは、『黒のダンジョン』の魔物しか確認されていない。
水の魔物の……それも弱点になる魔法に耐性があるなど、シャーロットには信じられなかった。
――こんな魔物が複数いたら、人類は遅かれ早かれ滅亡してしまう。
シャーロットは諦めず、今度は爆発する刀で斬りつける。だが、やはり斬り飛ばすことができなかった。
水の魔物であるため、”火”の耐性は元々持っている。
タコの足が何本も体に絡みついてきた。ゆっくりと締め上げ、じわじわと力を強くする。
「う、うう……」
シャーロットの口から、思わず声が漏れた。ここまでか――と思った瞬間、視界の
端
になにかが映った。
なに? と思い目を向けるも、そこにはなにもない。
追い詰められて幻覚を見た? そんな考えが脳裏を過った時、爆発が起きて衝撃と共に体が投げ出される。
「きゃあああ!」
訳が分からなかった。チラリと見えたのは、足に絡んでいたタコの触手が千切れ、煙を上げていこと。
そのせいで宙に投げ出され、落下しているのだ。着地しようとしたが、バランスが取れない。このままでは氷の地面に激突する――シャーロットは目を固く閉じ、体を小さくたたんで衝撃に備えた。
硬い氷に落ちる。相当のダメージを覚悟したシャーロットだったが、ドンッとなにかに支えられ体が安定した。
シャーロットの耳に、「大丈夫ですか?」と優しい声が響く。
「え?」
恐る恐る目を開くと、そこには微笑んでいる天沢ルイがいた。
驚いたシャーロットだが、自分がお姫様抱っこされていることに気づき、顔が真っ赤になる。
「あ、ありがとう、と、取りあえず下ろして」
天沢は「ええ、もちろん」と言ってシャーロットを下ろした。
「助けてくれてありがとう。でも、かなり強い魔物がいるわ! 気をつけないと」
「強い魔物って、あのタコのことですか?」
天沢が指差す先に、体の半分を失ったタコがいた。チリチリと頭や足が崩れ、砂に変わっているところだ。
「え!? もう倒したの?」
シャーロットが辺りを見回せば、魚人や甲殻類の魔物も炎に焼かれ、動かなくなっている。
大海蛇
も頭を失い、徐々に砂になっているところだった。
「一瞬であれだけの数の魔物を……そんなことが……」
シャーロットが呆気に取られていると、天沢は腰に差していた刀を抜いた。長剣よりはやや短い刀。しかし、恐ろしい魔力が伝わってくる。
二本の刀を持った天沢がこちらを向く。
「残った魔物を片付けてきます。軍が弾幕を張り続けてるおかげで、一般市民は無事みたいですから」
天沢は振り返り、視線の先にいる魔物を睨む。
「ま、待って天沢! あなたが強くても、この数の敵は――」
話が終わる前に、天沢の姿が消えた。
数十メートル先にいた魔物の頭が、次々に弾けていく。なにが起きていたのか分からず、オロオロしていると背後から声が聞こえた。
「終わりました」
「え?」
シャーロットが振り向くと、そこには天沢が立っており、二本の刀を鞘に収めていた。
「ま、まさか……周囲の魔物を全て倒したの?」
「ええ、取りあえず目についた魔物は倒してきました。また出てくるかもしれませんから、気を抜かないようにしないと」
シャーロットは言葉を失う。周囲には数百匹の魔物がいた。それを数秒で倒したというの!? しかも、軍隊の弾幕をかわしながら……。
涼しい表情をする目の前の男に、シャーロットはゾッとし、背筋を凍らせた。