From Slaying Metal Slimes to Being Called the King of Black Steel e RAW novel - Chapter (348)
第346話 十四日目
原子力潜水艦が出航したサンディエゴ海軍基地に、アルベルトの姿があった。
施設内にある執務室の窓辺に立ち、外を眺める。ここから港は見えないが、潜水艦が無事出航したとの報告は受けていた。
アルベルトは振り返り、年季の入ったデスクに視線を向ける。
そこには老齢な男性が座っていた。
袖
に金のラインが何本も入った、
皺
ひとつない軍服。襟元にある勲章と、いくつものバッジが目につく。
威厳のある居住まいでデスクチェアに腰掛けるのは、太平洋艦隊の司令官レイモンド・カース大将。
小さな溜息をつき、デスクに置かれた航海計画書に目を落とす。
「オーストラリア……かなりの距離だな。はたして辿り着けるかどうか……」
アルベルトは身をひるがえし、デスクに歩み寄る。
「大丈夫ですよ。彼らは強い。きっと戻って来てくれます」
「そうだといいが」
眉間にしわを寄せるレイモンドは、「しかし――」と言ってやや前屈みになる。
「仮に力を手に入れ、戻って来たとしても……それは【黄の王】を超える脅威になり得る。分かっているだろう、アルベルト。三鷹という日本人は、もはや
探索者
という領域ではない。君の報告を聞く限り、人間と呼べるかどうかも怪しいところだ」
アルベルトは上から見下ろす形で、レイモンドと向かい合う。
「分かっていますよ。政府が懸念を持っていることは。今回は大統領の判断でオーストラリア行きが決まりましたが、政権内では懐疑的な意見も多いようですね」
「その通りだ。仮に【黄の王】を倒せても、そのあと三鷹がアメリカに牙を向けてきたら……あるいは日本政府が軍事的な目的で三鷹を利用したら。世界のパワーバランスが崩れ去ってしまう」
深刻な表情で指を組むレイモンドに、アルベルトはかすかに微笑んで首を振る。
「そんなこと、今考えても仕方ありませんよ。【黄の王】は力を増しながら、行動範囲を広げています。我々が滅亡するのも時間の問題。味方に不安を覚えている場合ですかね?」
レイモンドは「確かにな」と苦笑する。
「しかし、いつの時代も為政者は自分の保身を最優先に考える。なんらかの安心材料は必要だろう」
「私にどうしろと?」
「万が一の場合、君に頼るしかないと言うことだよ」
アルベルトは困った表情でレイモンドを見る。
「私でも、三鷹悠真を殺すことはできませんよ」
「魔物よりはやりようがある……そうじゃないかな?」
やれやれと首を振り、アルベルトはお手上げのポーズを取る。
「自信はありませんが、ご期待に添えるようがんばります。もっとも、彼が敵に回るとも思えませんが」
アルベルトの言葉に、レイモンドは「そう願うよ」と短く答えた。
◇◇◇
カリフォルニアを出航して三日。狭い船室で、悠真の治療が続けられていた。
「ふぅ……今日はこれぐらいにしておきましょう」
ベッドの
傍
らに座り、回復魔法をかけ続けていたアリーシアは、少し疲れた表情で悠真に告げる。
「ありがとう……だいぶ良くなってきたよ」
まだベッドから起き上がれない悠真は、横になったままの状態でお礼を言う。アリーシアは「いいえ」と頭を振った。
「私の魔力がもっと多ければ、長時間の魔法治療も可能なんですが……今はこれぐらいが限界で……」
「充分だよ。おかげで、少しづつ体も動くようになってきたから」
悠真の言葉に、アリーシアは「そう言ってもらえると嬉しいです」と、嬉しそうにはにかんだ。その様子を二段ベッドの上で見ていた明人が口を開く。
「せやで、ねーちゃん。動けるようにさえなれば、悠真は自分で回復魔法が使える。そこまで回復できれば上出来や」
シッシッシと笑う明人に、悠真は「まあ、そうだな」と同意する。
「それにしても、三鷹さんが
救世主
なのは意外でした。とても強い人と聞いていたので、てっきり
探索者
なんだとばっかり……」
「いや、それは――」
アリーシアが勘違いしているようだったので、訂正しようとすると「じゃあ、私はこれで」と言って部屋を出て行ってしまった。
悠真はなんとも言えない表情でアリーシアを見送る。
そんな悠真を見て、明人はニヤニヤと笑いながら話しかけてきた。
「な、お前みたいに回復魔法も攻撃魔法も使えるヤツはおらんねん。普通は信じられんやろ。異常やねん、異常!」
「うるさいな。それよりルイはどこ行ったんだよ?」
明人は寝そべりながら小指で耳の穴をほじくる。
「知らんわ。なんや海軍のお偉いさんと、よう話しとるで。たぶん航路のことで揉めとるんちゃうか? もし魔物と遭遇したら一大事やからな」
「そうなのか」
悠真は視線を戻し、ベッド上段の底板を見る。
確かに潜水艦で”水の魔物”に遭遇したら大変だ。こちらは戦う手段がないし、万一撃沈でもされれば全員が死んでしまう。
魔物がいない航路を進むのは重要なことなんだろう。
悠真は自分がなにもできないことに唇を噛む。体が万全なら、水中で戦うことができるかもしれないのに。
今は腕を動かすにも苦労をする。
もう少し動くようになれば、回復魔法で自分を治せるかもしれない。悠真は希望を抱きつつ、瞼を閉じて眠りに着いた。
◇◇◇
出航して十二日。いよいよオーストラリアに近づいて来た。
潜水艦の中では音を立てることもできず、鬱々とした日々を過ごす悠真だったが、いい出来事もあった。
アリーシアの治療の甲斐もあり、遂に回復魔法が使えるようになったのだ。
悠真の右手が光り輝き、自分の胸に当てる。光の粒子はやさしく悠真の体を包み、十分ほどで徐々に消えていった。
「凄い……こんなに強力な回復魔法を、こんなに長い時間かけられるなんて」
ベッドの
傍
らに座っていたアリーシアが、目を見開いて驚愕する。上半身を起こして魔法をかけていた悠真は、ハハと照れ臭そうに笑う。
「アリーシアさんのおかげだよ。本当にありがとう。ここからは自分でなんとかしてみるよ」
その言葉通り、悠真は一日中回復魔法をかけ続け、体の傷を癒していく。だが、【黄の王】につけられた傷は思いのほか深く、簡単には治らなかった。
それでも翌日には立てるようなり、明人やルイも大いに喜ぶ。
オーストラリアのダンジョン攻略までに、なんとかなるかもしれない。そんな希望を
抱
いた十四日目の朝。
潜水艦は”水の魔物”に襲われ、消息を絶つことになる。