From Slaying Metal Slimes to Being Called the King of Black Steel e RAW novel - Chapter (351)
第349話 対向車
ショッピングモールのフードコート。避難している大勢の人たちに、食事が振る舞われていた。
悠真もテーブルにつき、出された料理に舌鼓を打つ。
ベーグルとポーク&ビーンズ、クラムチャウダーにフライドチキン。避難所で出されるとは思えないほど充実しており、悠真は腹いっぱいになるまで食べた。
「あ~食った、食った」
悠真は腹をさすり、ゲップを吐く。隣に座っていた安斎が苦笑した。
「三鷹くん、ホントによく食べるわね。その調子なら、怪我もすぐに治りそう」
「確かにそうですね。それにしても、こんなに豪勢な食事が出てくるなんて思ってませんでした」
安斎は「そうだよね」と、感慨深そうに頷く。
「ここは恵まれてる方だよ。農業や畜産業が生きてるから食料には困ってないし、魔物の被害も比較的少ないの。他の地域はもっと酷いらしくて……」
表情を曇らせて
俯
く安斎に、悠真はなんと声をかけていいか分からなかった。
そんな時、フードコートの入口からルナが走ってくる。なんだろう? と思い悠真が顔を向けると、ルナは満面の笑みで近づいてきた。
安斎から借りたスマホを取り出し、翻訳アプリをタップする。
「悠真、見て見て! これ、もらってきたんだよ」
「え?」
よく見れば、ルナの右手には杖が握られていた。老人が歩行する際に使う、T字杖というやつだ。
「これを俺のために?」
「うん、お父さんに頼んで、探してもらってたんだ」
「そうか……」
悠真は「うんしょ」と立ち上がり、ルナからT字杖を受け取って体を支えてみる。回復魔法を使っても傷が癒える速度は遅い。
足も自由に動かないため、これは丁度いいかもしれない。
ちょっと年寄りみたいで嫌な感じもするが……。
「ありがとな、ルナ。すごい助かるよ」
悠真はルナの頭に手を置き、わしゃわしゃと撫でた。
ルナは屈託なく笑い、杖で歩行練習をする悠真のあとをついていく。その様子を安斎は微笑ましく眺めていた。
◇◇◇
悠真と安斎とルナは、施設内のベンチに腰かける。
ここにはドリンクバーもあり、悠真はコーラ、安斎はジンジャエール、ルナはオレンジジュースを持ってきていた。
ドリンクを飲みながら、悠真は今後のことを安斎と話し合う。
「やっぱり『黒のダンジョン』に行こうと思うんだ。仲間とははぐれちゃったけど、目的地は同じだから、行けば合流できるかもしれないし」
「でも……」
安斎は暗い表情になる。隣にいたルナも不安そうだ。
「もちろん、移動が危険なのは分かってる。魔物に遭遇するかもしれないし、
探索者
たちに出会うかもしれない。それでも行かなきゃいけない」
「気持ちは分かるんだけど……」
「安斎さん、車を用意できないかな? キャンベラまで行ってみるよ」
「悠真くん、車の運転できるの?」
「いや、免許は持ってないんだけど……まあ、なんとかなるかなって思って」
「ええっ?」
安斎は呆れた顔になる。
「無理だよ。そもそもオーストラリアの地理なんて分からないでしょう? 今はカーナビだって使えないんだよ。どうする気なの?」
「う、それは……」
言葉に詰まる悠真を見て、安斎は「まったく」と言って溜息をつく。そして持っていたジンジャエールに視線を落とし、なにかを考え込む。
しばらくすると顔を上げ、悠真に視線を向けた。
「分かった。車はウィルソンさんに相談してなんとか用意してみる。ただし! 運転は私がするわ」
「え!? いや、でも」
「体もうまく動かない。運転もできない。キャンベラに行く道も分からない。そんな人を一人で行かせる訳にはいかないでしょ」
「危険だよ、安斎さん。魔物がでるかもしれないし、テロリストになった探索者だって襲って来るかもしれない。下手したら死ぬかもしれないんだよ」
なんとか説得しようとする悠真だったが、安斎の考えが変わることはなかった。
「とにかく! その条件が飲めないのなら、車は用意できません。キャンベラに行くのも諦めて下さい」
安斎はぷいっとソッポを向き、ジンジャエールに口をつける。
悠真はこれ以上ごねてもダメかと思い、渋々安斎の提案を飲むことにした。
「……分かった。じゃあキャンベラの近くまでお願いするよ。そこからは俺一人で行くから」
「うん、それなら協力するわ。車の手配は任せて」
安斎はニコッと笑い、晴れやかな表情になる。悠真に取っては予想外の展開だったが、八方ふさがりの状況にわずかな光が見えてきた。
ルイと明人に合流できれば、きっと現状は打破できる。
悠真はホッと息をつき、持っていたコーラを喉奥に流し込む。
その後、安斎はすぐこのことをウィルソンとオリビアに話した。二人は悠真がキャンベラに行くことに難色を示したが、最後は安斎の説得に根負けする。
安斎と悠真の二人は、翌日、車で出発することになった。
◇◇◇
「じゃあ、行ってくるね」
白いワンボックスカーに乗った安斎は運転席の窓を開け、見送りにきたウィルソンたちに笑顔を向ける。
ウィルソンはまだ不安気な表情をしているが「気を付けるんだよ」と、明るく声をかけてくれた。
隣にいたオリビアも「危ないと思ったらすぐ引き返してね」と気遣う。
安斎はコクリと頷き「じゃあ」と言ってウインドウを閉めようとすると、オリビアの足にしがみついていたルナがトコトコと近づいて来る。
「ヒナ! 絶対戻って来てね。悠真も!」
安斎と助手席に座っていた悠真は、ドアに張り付くルナを見た。
「もちろん、心配しないで」
「ああ、俺もちゃんと戻ってくるよ」
二人の言葉を聞いてルナはドアから手を放し、二歩下がった。安斎はキーを回してエンジンをかけ、チェンジレバーをドライブに入れる。
アクセルを踏むと、車はゆっくりと走り出した。
手を振るルナをバックミラーで確認しながら、安斎と悠真は『黒のダンジョン』があるキャンベラを目指す。
「本当に助かります。安斎さんたちに出会わなかったら、どうすることもできず街を彷徨ってましたよ」
「だとしたら、ルナに感謝だよね。あの子があなたを見つけたんだから」
「そうですね。ところで安斎さん、ヒナって名前なんですか?」
安斎は照れ臭そうに「ああ」と微笑む。
「似合わないよね。子供の頃は良かったんだけど……三鷹くんの名前は”悠真”だったよね。ルナがいつも呼んでたから覚えたよ」
「そうです。三鷹悠真、たいがい悠真って呼ばれてますよ」
「じゃあ、私も悠真くんって呼んでいいかな? そっちの方が呼びやすいし」
「ええ、全然いいですよ」
そんな話をしながら広い道路を進んでいると、対向車線に三台の車が見えてきた。
一台は黒のSUVで、その後ろを走る二台は黒のバンだ。すれ違う瞬間、向こうの運転手がチラリとこちらを見たが、構わず行ってしまった。
悠真は三台の車を見送り、安斎に視線を向ける。
「今の車って……」
悠真が話し終わる前に、安斎は急ハンドルを切った。車体はドリフトし、煙を上げながら真反対を向く。
「ど、どうしたんですか!?」
驚いた悠真は、運転席に目をやる。すると安斎は眉間にしわを寄せ、深刻な表情で前を見る。明らかに様子がおかしい。
「あの車……」
「知ってる人ですか?」
悠真が尋ねると、安斎はギリッと唇を噛む。
「キャンベラの方向から来た車……今のオーストラリアで自由に移動するのは、あの人たちしかいない!」
「まさか」
「
探索者
のテロ組織『ワラガンダ』よ! ブリスベンに向かってる!!」
安斎はアクセルを踏み込み、車を急発進させた。悠真は訳が分からず「ええ!?」と困惑するばかりだ。
車は速度を上げ、
探索者
の車を追いかけた。