From Slaying Metal Slimes to Being Called the King of Black Steel e RAW novel - Chapter (363)
第361話 空間のイメージ
黒のダンジョン『タルタロス』・七十二階層――
二つの頭を持つ大型の犬が岩場を駆ける。明人はゲイ・ボルグを横に薙ぐが、漆黒の犬は軽々と槍を飛び越えた。
「く、っそ! ちょこまか動きよって!!」
歯噛みする明人を
他所
に、犬の動線に入ったルイが抜刀する。
炎の斬撃が顔面をとらえた。苛烈な爆発が起こり、犬は壁際まで吹っ飛ばされる。それでも立ち上がり、ブルブルと頭を振ってルイを睨んだ。
「タフだね。やっぱり魔法が効きにくいみたいだ」
ルイは溜息を吐きながら言う。元々『黒のダンジョン』では、魔法に耐性を持つ者が多くいると言われている。
タルタロスではその傾向がより
顕著
なようだ。
悠真は眼前の犬を見つめ、ピッケルを構える。
黒い犬はまっすぐに向かって来た。悠真はピッケルに炎を灯し、間近に迫った犬の頭に振り下ろす。
だが、その動きは緩慢で精彩を欠いていた。
犬に易々とかわされてしまい、側面からの追撃を許す。悠真は”炎の障壁”を展開し、噛みつこうとする犬の攻撃を阻んだ。
頭から突っ込んだ犬は障壁に弾かれ、口元には火が移っていた。
火を嫌がり、二つの頭をブルブルと振る犬。その犬に向かってルイが攻撃を仕掛けた。二本目の刀を抜き、炎の斬撃を放つ。
漆黒の犬はルイの速さについていけず、二つの首が同時に斬り落とされた。
犬は力なく倒れ、そのまま砂となる。
「ふぅ~七十二階層でこの強さか……先が思いやられるね」
ルイは苦笑し、二本の刀を鞘に収める。
辺りを見回す悠真も、その通りだと感じていた。この『タルタロス』は横浜にあった『黒のダンジョン』より、明らかに攻略難易度が高い。
出てくる魔物も強力で、自分たちでも一撃で倒せない個体が増えてきた。
――せめて俺の体が万全だったら……。
そんなことを考えていた悠真の後ろから、ゲイ・ボルグを肩に乗せた明人が歩いて来る。
「しっかし休みなくダンジョンを下りてきたけど、もう限界や。ここらへんで休憩にしようや」
明人の提案に、ルイと悠真も同意して三人で休むことにした。
早く下層に行きたかったため、約二十四時間、全速力でダンジョンを下り続けた。
ここに至るまでには、岩や鉄のゴーレム、サソリのような魔物、さらに鋼鉄の猿、ヴァーリンまでいた。
そのどれもを魔法で牽制し、なるべく戦わないように進んできたものの、さすがにルイや明人の顔には疲れの色が見える。
まずはルイが周囲の警戒にあたり、悠真と明人が岩場で休息を取ることになった。
悠真がふぅーと息を吐いていると、隣にいた明人が声をかけてくる。
「傷の方は大丈夫か?」
「ああ、なんとかな。今もこうやって……」
悠真は右手を自分の胸に当て、回復魔法を発動していた。淡い光が辺りに漏れる。
「定期的に回復魔法をかけてる。だけど、壁にあたってる感じがするんだ」
「壁? なんやそれ?」
明人は怪訝な顔で悠真を見る。
「なんて言うか……以前はちょっとづつ治ってる感覚があったんだ。でも、最近は良くなってる手応えを感じないっていうか……言葉にするのは難しいけど」
「それって、完治せえへんかもしれんってことか?」
「分からない。でも【自己再生能力】もあるのにこの状況なら、思った以上に受けた傷は深刻なのかもしれない」
悠真と明人は黙ったまま前を見つめた。そこには無機質な岩肌があるだけで、他にはなにもない。
静寂だけが辺りを包んでいる。
「まあ、今あれこれ考えても仕方ないやろ。最下層に行くまでには、少なくとも二、三日はかかる。それまでに答えを見つけていくしかない」
明人はそう言って横になり、地面の上で寝転んだ。悠真も適当な岩に背中を預け、目を閉じる。
確かに、現状を打破する方法を模索するしかない。
今のままでは【黄の王】に勝つどころか、再戦もままならないのだから。
悠真は
瞼
を閉じ、静かに眠りに就いた。
◇◇◇
黒のダンジョン・百二十四階層――
体高三メートルはあろう大型のコウモリが、次々に襲いかかってくる。
ルイは刀を振るい、何羽もの”炎の鳥”を繰り出す。鳥は凄まじい速度で舞い上がり、コウモリを撃墜していった。
だが数が多く、全部は倒し切れない。
明人も数多の黒雷を放ち、コウモリを撃ち落とす。その落雷をすり抜けた個体が、悠真に向かって突っ込んできた。
「よっしゃあ! 来い!!」
丸いツルツルとボディで、何本もの触手を伸ばす魔物。
悠真は金属スライムの姿で戦っていた。触手の先を鋭利な刃物に変え、高速で斬りつけコウモリを牽制する。
それでも近づこうとする魔物に対し、悠真は触手の一本を器用にしならせ、コウモリに向かって放つ。
刃物になった触手の先端がコウモリに刺さった瞬間――悠真は魔力を込める。
コウモリがピキピキと凍っていき、魔物は甲高い声を上げながら落下した。地面にぶつかると粉々に砕け散る。
残りのコウモリも触手の先端で斬りつけ、全て凍らせ倒していった。
「おお! やるやないか、悠真。その格好でもなかなか強いやんけ」
明人がシッシッシと笑いながらやってくる。悠真もこの姿になった方が戦いやすいと感じていたので、「まあな」とドヤ顔で答えた。
「でも問題もあるんだよな、この姿」
「なんや問題って? 体は硬いし、魔法も使えるんやろ? ほんなら悪いところなんてないやないか」
確かにそうなんだけど、と言いつつ悠真は自分の触手を見る。
「この触手だとうまくピッケルが握れないし、体も素早く動かせる訳じゃないから、金属鎧みたいな戦い方はできないよ」
「そりゃ、しゃーないやないか。今はそれで満足するべきや」
明人の言うことはもっともだが、やはり焦りは
募
っていく。
そんな話をしていた時、ルイが地面にしゃがみ込んで、砂を払っていた。「あ!」と声を上げたので、悠真と明人が目を向ける。
「ここ、魔鉱石が落ちてるよ。悠真が倒したからドロップしたんだ」
「おお、そうやった。そうやった」
明人もコウモリが落下した場所に
赴
き、地面に落ちている魔鉱石を拾い上げる。
「ワイらが倒しても、魔鉱石はなかなかドロップせえへんからな。悠真の特殊能力はやっぱり便利やで」
二人は計四つの魔鉱石を持ってくる。悠真はそれを触手で受け取り、マジマジと見つめた。灰色がかった丸い魔鉱石。
金属スライムの状態では口がないため、悠真は一旦『金属鎧』の姿になる。
牙の生えた口を大きく開け、四つまとめて飲み込んだ。すぐに腹から熱が駆け巡り、無事取り込めたことを体が伝えてくる。
「よし! これでいいはずだ。……だけど、どんな能力かな?」
身体能力を強化する魔鉱石は実感に乏しいと言われている。ここまで、いくつもの魔鉱石を飲み込んできたが、特段変わったという感覚はない。
今回も同じか、と思った時、突然耳鳴りがした。
「ん? なんだ」
「どうした? 悠真」
明人が心配して聞いてくるものの、悠真は頭に響く”音”に気を取られる。これは普通の音ではない。音が頭の中で反響し、立体的なイメージを作り出す。
「これは……」
脳内に描かれたのは、この周辺の映像。悠真は直感的に理解した。
これは音の反響を利用した『空間認知能力』だと。