From Slaying Metal Slimes to Being Called the King of Black Steel e RAW novel - Chapter (368)
第366話 タルタロスの最下層
黒竜の頭は煙に包まれ、グラリと揺れる。【赤の王】の顔面すら吹っ飛ばした渾身の一撃。これで勝負はついた。
悠真がそう思った時、煙の中から口を開けた黒竜が現れる。顔の半分を大きく損傷しているものの、仕留め切れていなかった。
『こいつ!』
黒竜は”腐食のブレス”を吐き出そうとしていた。まともに喰らってはさすがにマズい。そう考えた悠真は後ろに飛び退き、左手を正面にかざす。
魔法すら浸食するブレスだが、風魔法なら防げるだろう。
悠真は風で霧を吹き飛ばし、再び炎の拳で殴ろうと構えを取った。その時、頭の後ろから大声が飛んでくる。
「どけどけどけ! ワイがそいつに止めを刺す!!」
悠真が振り向くと、猛スピードで迫ってくる明人が見えた。乗っていたゲイ・ボルグに魔力を込め、ぶつかる寸前で飛び降りる。
大きな槍はバチバチと稲妻を宿し、光り輝いて黒竜に突っ込む。
開いている口に入ると首を貫き、そのまま竜の後頭部から飛び出す。ゲイ・ボルグは勢いを増し、迷宮の岩壁に突き刺さった。
地面に着地した明人は「どや!」と言って顔を上げる。
黒竜は大きく頭を揺らし、ゆっくりと倒れた。
ドスンッという音と供に、大量の粉塵が舞い上がる。明人は「よっしゃー」と盛大に喜んだ。
「やったったで! 誰も倒したことない黒竜を討伐したんや! めっちゃ凄いやろ」
そんな明人を見て、鋼鉄の巨人は地団駄を踏む。
『なにやってんだ明人! 俺が倒さないと”魔鉱石”がドロップしないだろ! ブラックダイヤモンドが出たかもしれないんだぞ!!』
巨人が暴れているため、洞窟内がガタガタと揺れる。明人は「あーそやったな」と悪びれることなくポリポリと頭を掻いた。
「でも、まあ、ええやないか。黒竜を倒せたんやから。そんなことより、さっさと先に進もうや」
明人は左手から稲妻を放出する。稲妻は岩壁に刺さったゲイ・ボルグの柄に巻き付いた。明人がグンッと手を引くと、槍は岩から抜けて明人の元に飛んでくる。
槍を手に取った明人は、そそくさと先に行ってしまった。
「相変わらず勝手なヤツだな」
人間の姿に戻って呆れる悠真の元に、ルイがやってくる。
「取りあえず怪我がなくて良かったね。やっぱり戦いは避けるべきだよ」
「まあ、そうなんだけど……」
ルイと一緒に辺りを見て回るが、やはり魔鉱石は落ちていなかった。悠真はハァーと落胆するも、仕方ないと割り切り、明人のあとを追い下層へと向かった。
◇◇◇
その後、悠真たちは魔物と戦わず、階層を抜けることだけに全力を注いだ。
待ち構えているのは巨大な魔物ばかりで、足元を通り過ぎるのは難しくなかった。かなり深く潜ったところで、悠真が口を開く。
「もう230階層は越えたよな。この『タルタロス』って何階層まであるんだ?」
ルイは岩場を下りつつ、悠真に視線を向ける。
「確か、250階層ぐらいじゃなかったかな。誰も到達したことないから、正確には分からないけどね」
「250階層か……」
悠真はもうすぐ辿り着くであろう最下層に向け、緊張感を高めていった。
そして253階層――
「ここか」
悠真の言葉に、近くにいたルイや明人も顔を強張らせる。今までの階層とは、明らかに雰囲気が違っていた。
広さはこれまでの階層と同じくらいだが、肌に当たる空気はひんやりと冷たい。
さらに、洞窟全体を覆うプレッシャーのようなものがあり、悠真は自分の手が震えていることに気づいた。
ルイも自分の手を見て顔をしかめる。
気にしてないのは明人だけだ。ヒョイヒョイと岩場を飛び越え、先に進む。三人が大きな岩から顔を出すと、洞窟の奥になにかいた。
「あれが【迷宮の守護者】みたいやな」
明人の言葉に、悠真とルイも頷く。三人の視線の先。一段高くなった岩場の上に、巨大な魔物が座っていた。
洞窟全体が薄暗いため、ハッキリと姿を確認することはできない。
それでも
人
型
の
魔
物
で
あ
る
ことは分かる。
三人は岩場の陰から別の岩場に移動し、相手との距離を詰める。徐々に見えてきた魔物の姿に、悠真は思わず息を飲む。
「あれは……ヴァーリンだ!
途轍
もなくデカいヴァーリン!!」
「ヴァーリン? このダンジョンにもおった猿の魔物か。確かに似とるけど、めちゃめちゃ強そうやで」
明人の言うとおり、単に大きいだけじゃない。全身は筋骨隆々、手足はより長く、より太くなっている。
顔も凜々しく引き締まっていた。纏う空気も通常のヴァーリンとは違い過ぎる。
「まるで”ボスヴァーリン”だな。戦うとなると、けっこう苦戦するかも」
「なに弱気なこと言うとんねん! ワイらも加勢するんや。負ける訳ないやろ!」
発破をかける明人の後ろから、ルイも声をかけてくる。
「そうだよ悠真。僕らもサポートするんだから、そんなに気負う必要はないよ。僕らを頼りにして」
力強い仲間の言葉に、悠真は笑みを零す。
「そうだな。あいつが最後の敵だし、全力を出し切って倒そう!」
「うん、行こう!」
「やったるで!」
悠真たちは岩陰から飛び出し、間隔を開けて魔物に近づく。左にルイ、中央に悠真、右に明人の配置だ。
悠真が正面から突っ込み、左右のルイと明人が魔物を翻弄する。
三人は示し合わさずとも、それぞれの役割を理解していた。長い時間、一緒に戦い続けてきた成果だ。
悠真は『金属化』を発動し、さらに意識を集中する。
黒い体はボコリと膨らみ、三秒とかからず巨人と化した。もう体は完全に回復してるから全力で戦えるはずだ。
悠真が眼前を見据えると、巨大な猿は座ったまま一切動こうとしない。
――余裕、ぶっこいてんのか!? それならそれでいい。速攻で倒してやる!
悠真は右の拳を引き、全力で突っ込んでいった。
ルイも抜刀し、刀身に炎を灯す。明人もゲイ・ボルグを構え、雷の魔力を流し込む。巨大な猿を包囲し、臨戦態勢は整った。
誰もが一瞬で勝負は決まる。そう思った瞬間、巨大な猿の姿が消える。
「え?」
ルイは素っ頓狂な声を上げ、自分の目を疑う。
明人に至っては声も出せない。二人が後ろを振り向くと、そこには吹っ飛ばされ、岩壁に激突した悠真がいた。
なにが起きたのか分からず、呆然とする二人。
巨大な猿は悠真の前で
佇
み、尻尾をゆらゆらと揺らしている。その立ち姿は人間そのもの。
ここにいる誰もが分かっていなかった。
目の前にいる魔物が、想像を絶する化物であることを。