From Slaying Metal Slimes to Being Called the King of Black Steel e RAW novel - Chapter (369)
第367話 ヴァーリンの王
「なんやコイツ! いつの間に動いたんや!? ルイ、見えたか?」
「い、いや……」
明人に問われ、ルイも戸惑う。一瞬の出来事で目が追いつかなかった。悠真は壁際で倒れていたが、なんとか立ち上がろうとしている。
とにかく、ジッとしている訳にはいかない。
ルイは剣を構え直し、キッと魔物を睨む。
「明人、それより悠真に加勢しないと! 素早いなら、アイツの足を止めるしかない!!」
「お、おう、そうやな!」
明人もゲイ・ボルグを構えた。どんな能力があろうと、三人が力を合わせれば対抗できる。ルイはそう考え、悠真に視線を移す。
悠真は立ち上がり、両拳を構えて大猿と対峙していた。
魔物は微動だにせず、仁王立ちしている。しかし、よく見れば魔物の体からは、ゆらゆらと白い蒸気が上っていた。
恐ろしいほどの殺気を感じ、ルイと明人は顔を引きつらせる。
さらに魔物の全身に赤い筋が走り、ギラギラと輝き出した。
「あれは、
血塗られた
鉱石
!?」
ルイは目を見開いて驚く。魔物の体に流れる赤い筋は、どう見ても
血塗られた
鉱石
の能力としか思えない。
やはり、鋼鉄の猿”ヴァーリン”と関係があるのだろう。
ルイと明人が警戒心を高めていると、猿の魔物はわずかに身を屈め、地面を蹴って悠真に襲いかかった。
◇◇◇
悠真は呼吸を整えながら、目の前の魔物を見る。
全身に赤い筋が何本も走っていた。間違いなく”
血塗られた
鉱石
“だ。ヴァーリンの上位種なら使えるのは当然だろう。
悠真も”
血塗られた
鉱石
“を発動し、構えを取って相手を睨む。
これで互角のはず。そう思った次の瞬間――大猿は地面を蹴って突っ込んできた。
悠真も足を踏み込み、右ストレートで迎え撃つ。
当たった! そう思った刹那、視界が回転し、なぜか洞窟の天井を見ていた。
背中から地面に落ち、初めて自分が倒れたことを知る。
――なんだ!? 相手に殴られたのか? まったく見えなかった。
悠真は手をついて上半身を起こすも、大猿に蹴り飛ばされる。地面の上を転がり、また岩壁に激突した。
なにもできないまま、いいようにやられてる。
悠真は頭を振って立ち上がろうとした。
だが、大猿の猛攻がそれを許さない。一気に間合いをつめ、悠真の
顎
を打ち抜く。
よろめきながらも、悠真は大猿の手を掴もうとした。だが、大猿はその手を掻い潜り、五発の打撃を撃ち込でくる。
腹、胸、顔、肩、脇腹。的確な攻撃に、悠真はガードするのが精一杯。
ふらつきながら後ろに下がり、なんとか態勢を立て直そうとするが、大猿が手を緩めることはない。
顔面に強力な一発が入り、世界が揺れる。
さらに前蹴りを叩き込まれ、悠真は二十メートル以上吹っ飛ばされた。
岩壁にぶつかり、ズルズルと落ちてくる。
へたり込んだ鋼鉄の巨人を、大猿は離れた場所から眺めている。小バカにしているような不遜な態度。
悠真は改めて大猿の姿を見た。
体は無駄のない鋼の筋肉で覆われている。【黄の王】の巨人形態に似ており、力やスピードも同等レベル。格闘技術が高いところも似ている。
悠真は岩壁に背をつけながら、ゆっくりと立ち上がる。
軽く首を振ってから両拳を上げ、構えを取った。
――かなり強いが、こいつを倒せないようじゃ【黄の王】を倒すなど夢のまた夢。必ず叩きのめす!
悠真はガードを固めたまま、大猿に突っ込む。
大猿も腰を落とし、構えを取った。まるで武術の達人のような所作。こいつは、どこで格闘技術を覚えたんだ!?
悠真は大振りを避け、コンパクトな打撃を放つ。だが大猿は的確に攻撃を
捌
き、反撃の拳を繰り出してくる。
悠真は一発も当てられないまま、何発も打撃を喰らい、よろめいて後ろに下がる。
戦いは一方的だったものの、悠真は物理攻撃によるダメージは受けない。そのため殴られるのも構わず前に出た。
空を切る悠真の右ストレート。それに合わせたような大猿のカウンター。
どちらも
血塗られた
鉱石
を使った攻防だけに、凄まじい速度でぶつかり合っていた。それを離れた場所で見ていた明人は顔をしかめる。
「なんちゅう戦いや! 近づいたら巻き込まれてまうで!」
困惑していたのはルイも同じだ。ぶつかり合う衝撃が強すぎて、加勢することができない。遠距離攻撃をしようにも、悠真に当たってしまう可能性もある。
「くそっ……どうすれば」
明人とルイが二の足を踏んでいる間にも、悠真は大猿の攻撃を受け続けていた。
悠真は必死にガードするが、顔面を何発も殴られ、目が回ってフラついてしまう。
大猿はそんな悠真の隙を見逃さなかった。一気に距離を詰め、何十発もの打撃を叩き込む。
頬
に
顎
に肩に腹に足に、ガードもできない状態で鉄拳が当たり続ける。
悠真は
為
す
術
なく後退し、洞窟の壁にぶつかる。
やはり身体能力では勝ち目がない。だったら――
悠真の左手の甲から光が放たれる。キマイラの宝玉が輝いているのだ。左腕は氷の鎧で覆われ、背中からは六本の触手が伸びる。
洞窟内の気温が一気に下がった。一部ではあるが【青の王】の力を再現した形態。
大概の水魔法は自在に使える。悠真は襲いかかって来ようとする大猿に、氷鎧に覆われた左手をかざす。
手からは冷気が噴き出し、地面を凍らせた。足元がすべり、大猿は思うように動けなくなる。
さらに背中から伸びる触手からも冷気が噴き出した。霧のように広がった冷気は、周囲にいる者の体温を奪っていく。
「おい! めっちゃ寒いで! 悠真のヤツ、ワイらを殺す気か!?」
ぶち切れる明人。その隣にいたルイは平然とした顔をする。
「僕は”火の魔力”で寒さを相殺できるから問題ないけど……」
「なに!? ズルいで自分だけ! 雷の魔力やとそんなことできへんで!!」
「それより見て明人。猿の魔物が動きを止めてるよ」
「あ?」
大猿は腕を前に出し、悠真が放つブリザードに耐えていた。
あまりの冷気に、体が動かなくなってきたのだろう。ルイはこの戦いが始まって初めて笑みを漏らす。
「格闘戦なら猿の魔物に分があるみたいだけど、魔法を使った悠真に勝てるはずがない。この勝負は決まったね」
「せやったらええけどな」
明人はわずかに顔を曇らせる。ルイはそんな明人を気にしつつも、優勢になった悠真に目を向ける。
左手からブリザードを放ちながら、ゆっくりと魔物に近づいていく。止めを刺す気のようだ。
ルイがそう思った瞬間――大猿は上を向き、大きな口を開けた。
「ガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
大猿の体に流れる赤い筋が、より太く、より激しく輝いた。赤い光は徐々に赤紫へと変わり、
禍々
しい魔力を放つ。
その様子を見ていた三人は、あまりのプレッシャーに後ずさった。