From Slaying Metal Slimes to Being Called the King of Black Steel e RAW novel - Chapter (370)
第368話 血塗られた王の力
『なんだ……あれは!?』
大猿の咆哮により、地面を覆い尽くしていた氷が割れていく。
声の衝撃だけで氷を砕くなんて。
なにより悠真を驚かせたのは、大猿の体に流れる”光の筋”だ。
血塗られた
鉱石
とは明らかに違っていた。
より太く、より強い輝きを放ち、なにより赤紫という独特の光。
大猿の体になにが起きてるんだ!?
悠真が警戒心を高めていると、大猿の姿が突然消えた。
『え?』
驚くと同時――顔に衝撃が走る。
なにが起きたのか分からなかったが、目の端に大猿の残像が映った。信じられない速度で動いている。
足を踏ん張り、倒れそうになった体を支える。
構えを取って前を見た。赤紫の光を放つ、人型の怪物。全身からうっすらと蒸気をくゆらせ、大猿は肩を上下に揺らす。
明らかに異常な状態。あれがヤツの奥の手なのか? 恐らく『
血塗られた
鉱石
』の上位互換にあたる能力。
まともにやり合えば分が悪い。
悠真は一歩足を引き、全身に”風の魔力”を流す。相手は魔法を使えない。
それが突破口になるはずだ。悠真は”風”を纏った拳で殴りかかった。
爆風を巻き起こし、あらゆる物が吹き飛ばす拳。しかし、大猿はかまわず突っ込んでくる。
巨人同士が激しくぶつかり合うも、勝負は一瞬で決まった。
悠真が放った右の正拳に対し、大猿がカウンターを合わせてきたのだ。鋼鉄の巨人の頭が
跳
ね、
堪
らず後ろに下がる。
大猿はさらに肘打ち、裏拳、ローキック、そして膝蹴りと、立て続けの攻撃を繰り出してきた。
悠真は吹っ飛ばされ、岩壁に背中をぶつける。
あまりの衝撃に動きを止めると、前蹴りを叩き込まれた。体がくの字に折れるが、大猿の攻撃は止まらない。
さらにアッパーが
顎
に入り、跳ね上がった頭に左の回し蹴りが炸裂する。
もはやなにをされているのか認識できないまま、悠真はよろめき、後ろに下がる。
怒濤の追撃は容赦なく続く。
両拳によるラッシュが腹に打ち込まれ、悠真は
為
す
術
なく後ろに倒れる。
大猿は飛び上がり、上から蹴りを浴びせてきた。
悠真は体をひねってかわしたが、大猿の足は地面にめり込み、周囲を盛大に破壊する。とんでもない力だ。
フラつきながら立ちがろうとするも、大猿に蹴り上げられる。
鋼鉄の巨体は宙を舞い、五十メートル先の岩壁に激突する。悠真は地面の上に倒れ、動かなくなった。
その様子を見ていたルイと明人は、絶句して固まってしまう。
「なんや……なんなんや、あの魔物! 強すぎるやろ!!」
取り乱す明人の隣で、ルイも顔を歪める。
「巨人状態の悠真が一方的にやられるなんて……あの魔物、ひょっとして【黄の王】より強いんじゃ……」
ゴクリと息を飲むルイたちが見つめる先、突っ伏した悠真がピクリと動き、起き上がろうとしていた。
だが、大猿はそんな悠真の頭を踏み潰す。地面に亀裂が走るが、大猿は気にすることなく、何度も踏みつけた。
最後は悠真の首根っこを掴み、思い切り放り投げる。
岩壁にぶつかった悠真は、ズルズルと地面に落ちてきた。尻をついた状態で
項垂
れる巨人。
悠真は座ったまま、静かに思考を巡らせる。
――こんなに強いなんて……。まったく歯が立たない。
格闘戦も、魔法による攻撃も効かなかった。残った攻撃法法は……。
大猿がゆっくりと歩いて来る。目の前に立ち、頭を掴みかかろうとした時、悠真の瞳がギラリと光った。
全身からウニのような『トゲ』が伸びる。その数は数百本、当たれば確実に相手の体を貫く。
悠真が得意とする攻撃だったが、大猿はすんでのところで後ろに飛び退き、攻撃を回避してしまう。
『まだだ!!』
液体金属が地面を這い、影のように伸びた。大猿の真下まで行くと、影から一斉に『トゲ』が飛び出す。
その数、千本近く。今度こそ殺った――と思った瞬間、大猿は大きく飛び上がり、これも回避してしまう。
『くっ……そ、ダメか……』
悠真は顔を歪め、歯噛みする。相手の反応速度が思った以上に速い。
悠真はよろめきながら立ち上がり、大猿を睨む。通常の打撃、魔法攻撃、トゲによる攻撃。全てが通じなかった。
それは大猿を倒す方法がないということ。圧倒的な戦闘能力。悠真は認めるしかなかった。この大猿は、自分よりも強い。
悠真が構えを取ると、大猿の体がゆらりと揺れた。
目で追えないほどの移動速度。大猿は残像を生み出し、拳を振り上げ襲いかかってくる。ガードを固めた悠真だったが、異次元の猛攻の前では無駄だった。
腕を
跳
ね上げられ、剛拳を顔に叩き込まれる。そこからは一方的だった。数百発の拳が、顔や胸、腹や腕にめり込む。
嵐の如き暴力を、悠真はただ耐えるしかなかった。
これがヴァーリンの上位種。【猿の王】とも呼ぶべき魔物の力。
なにより『
血塗られた
鉱石
』を大きく上回る”超パワー”は、全てを凌駕し粉砕してくる。
『王の血脈』とも言うべき異常な力だ。
悠真は岩壁に叩きつけられ、さらに大猿のラッシュを受ける。衝撃で岩壁に亀裂が入り、地面が割れていく。天井さえボロボロと崩れてきた。
ダンジョンが崩壊しそうな力に、悠真だけでなく、ルイと明人も青ざめた。
◇◇◇
「あの姿……」
明人が見つめる先にあったのは、悠真を叩きのめす大猿の背中だ。
背中の筋肉が盛り上がり、まるで”鬼”の顔に見える。その顔に光の筋が走り、より
禍々
しい形相になっていた。
ルイと明人は立ちすくみ、前に出ることができない。
戦いに巻き込まれれば、間違いなく命はないだろう。遠距離から攻撃したところで、あの大猿に当たるとは思えない。
ルイは刀を持つ手に力を込める。
――なにもできないなんて……。せめて、一瞬でも魔物の注意を引ければ。
ルイが動こうとした時、明人が「待て!」と手をかざして止めてくる。
「明人! でも、このままじゃ……」
「分かっとる! せやけど無鉄砲に出て行っても殺されるだけや。あの魔物はワイらがどうこうできる存在ちゃうで!」
明人の言葉に、ルイはグッと唇を噛んで一歩下がった。
確かに、助けに行ったところで殺されるのがオチ。ルイはなにもできない自分に、言い様のない苛立ちを覚えた。
そんなルイを
一瞥
し、明人は戦いに視線を戻す。
「ワイの知る限り、接近戦でもっとも強いんは、悠真か【黄の王】や思っとった。でもあの大猿は、それを遙かに超えとる。ホンマ、世界は広いで! こんなおもしろい魔物がおるんやからな」
「
呑気
なこと言ってる場合じゃないよ! このままじゃ悠真が殺されちゃう!」
悲壮感すら漂うルイに対し、明人はニヤリと笑って視線を向ける。
「心配することないで。見てみい、悠真を」
ルイはハッとして悠真に目を移す。一方的に殴られ続け、一切抵抗できていない。
最悪な状況のはずなのに――
ルイはチラリと見えた黒い巨人の目に息を飲む。
絶望するどころか虎視眈々と機会を
窺
う獣の目。なぜかは分からないが、ルイの瞳にはそう映った。
「悠真はまだ……諦めていない!」