From Slaying Metal Slimes to Being Called the King of Black Steel e RAW novel - Chapter (68)
第68話 IDRからのメール
「それ……誤差の範囲じゃ……」
「なにを言うんだ。間違いなく君の身体能力は強化されたんだよ!」
アイシャはそう言って、黒いファイルをバチンッと閉じる。
421個も食べてその程度の効果しかないなんて……筋トレした方が早いと言われる理由がよく分かった。
「いいかい、悠真くん。この身体強化は魔法の一種と考えられてるんだ。つまりダンジョンの外で使うことは本来できない。今回のデータも、ダンジョン内で測定したと言わないと論文に書けないからね。こんなに容易に調査できるのは素晴らしいことなんだよ」
「はあ……」
褒められても喜ぶことはとてもできない。
「明日からはまたダンジョンに入る。今度は五十階層を目指す!」
「五十層ですか!?」
悠真は目を見開いて驚く。五十階層といえば、かなりの深さだからだ。
「おいおい、俺と悠真だけじゃさすがにキツいぞ」
「それをなんとかするのがお前の仕事だろう! 期待しているからな。鋼太郎」
そう言ってアイシャは部屋を出て行った。残された悠真と社長は、一気に疲れが出たようにハァ~と溜息を吐く。
「社長、五十階層なんて本当に行くんですか?」
「まあ、依頼主の要望だからな。無下に断る訳にもいかんだろう。行ける所まで行かないと」
社長は椅子から立ち上がり、座っている悠真を見下ろす。
「悠真。体力作りも兼ねて、明日から格闘技を教えてやるよ」
「え、格闘技? 社長、そんなのできるんですか?」
「あたぼーよ! 若い頃はあらゆる格闘技をかじってたからな。空手、ボクシング、ムエタイに中国拳法、柔道やレスリングまで、一通りやってるぜ」
「凄いですね」
「お前も、強くなってもっと稼ぎたいだろ?」
「はい、もちろんです。是非、お願いします!」
次の日の朝から社長の格闘技指導が始まった。ホテルの部屋でジャージに着替え、ストレッチを入念にする。
「まずは空手の正拳突きから教えてやる」
「はい!」
「足を肩幅に開いて、拳を腰に据えろ。肩の力を抜き、脇を閉めるんだ」
「はい!」
悠真は言われた通り構え、肩の力を抜いて呼吸を整える。社長も同じように構え、まずはお手本として正拳中段突きを見せてくれる。
「一、二、三、四、五!」
社長は数を数える度、左右の拳を前に突き出した。さすがに様になっている。
「同じようにやってみろ」
「分かりました」
悠真も社長のマネをして、腰を回転させ拳を突き出す。
「まだまだ腰が入ってねー! もっと足の体重移動と腰の回転を意識しろ!!」
「はい!」
格闘技などやったことのない悠真は、探索者として戦闘能力が上がるかもしれないと、張り切って拳を打ち出した。
「いいか悠真! 五十階層まで行くとなると、俺だけじゃ厳しいからな。お前の力が必要だ。まともに戦えるようになれよ」
「はい、がんばります!」
「取りあえず最初は正拳突きだけ形になればいい! もっと足から腰、腰から腕に力を伝えろ!!」
「はい!」
黒のダンジョン、三十階層――
「うおおおおおおおおおおおおお!」
「うわああああああああああああ!」
社長と悠真の二人は、坂道を転がってくる岩の魔物から必死に逃げていた。
巨大な球体の岩は、ほとんど鉄球と変わらない。ゴロゴロと転がる岩に衝突すれば命は無いだろう。
「あ! そうだ悠真。お前『金属化』して、正拳突き試してみろよ!」
「ここでやるんですか!? さすがに無茶じゃ……」
「金属化してればダメージは喰らわないんだろ? やるだけやってみようぜ!」
「わ、分かりました!」
悠真が全身に力を入れると、体は黒い鋼鉄へと変わってゆく。立ち止まって岩の魔物と向かい合う。
「さあ、来やがれ!!」
悠真は腰を落とし、拳を握り込んで『正拳突き』の構えに入った。
岩は地面にバウンドして跳ねる。眼前に迫る岩の魔物を睨みつけ、悠真は全力で正拳突きを放った。
洞窟内に響き渡る衝撃音。手応えを感じた悠真だが、自分の体が宙に舞っていることに気づく。
「なあああああ!?」
悠真は岩に弾き飛ばされ、岩壁に激突し、壊れた人形のようにゴロゴロと転がり、倒れて動かなくなった。
「悠真ーーーーー!! 大丈夫か!?」
慌てて社長が駆けつける。鉄の体を持ち上げて揺さぶると、悠真はハッと気がついて目を開けた。
「ああ!? びっくりした。死ぬかと思った!」
悠真は何事も無かったかのように起き上がる。
「だ、大丈夫なのか? すごい衝突の仕方だったぞ!」
「あ~いえ、全然問題ないです。物理的なダメージは受けないんで」
その頑強さに、さすがの社長も呆れていた。アイシャも駆けつけ、悠真の体に問題がないか入念に調べる。
無傷であることを確認すると、ホッと安心しているようだった。
その後も探索は続行され、最終的には三十二階層まで進む。翌日も同じように挑戦するが、それ以上先の階層に進むことはできなかった。
◇◇◇
夜、横浜のビジネスホテルの一室。
パソコンの前には、頬杖をついて座るアイシャがいた。ディスプレイにはメールの文面が開かれている。
いつものように缶コーヒーを飲みながら、一人でニヤリと笑っていた。
メールは国際ダンジョン研究機構(IDR)から、各国政府や研究者に送られたものだ。内容は‶オルフェウスの石板″に起きた変化と、新規に出現したと思われる『黒のダンジョン』についての情報を求むものだった。
メールがきたのは半年前。黒のダンジョンに関するものだっただけに、アイシャも興味を引かれたが、日々の研究の中で忘れていた。
だが、三鷹悠真から庭にできた『小さなダンジョン』の話を聞いた時、すぐにこのメールのことを思い出した。
「彼が倒したと言った『色付きスライム』、そして最後に倒した『大きなスライム』それらが出てきたのは、メールにある
公爵
、
君主
、
王
が討伐されたのと同じ時期」
――なにより『金属化』という異常な能力。体を変化させる『液体金属化』、そして地上で魔法が使える常軌を逸した『マナ指数』……間違いない。
「彼が【黒の王】を倒した探索者だ」