From Slaying Metal Slimes to Being Called the King of Black Steel e RAW novel - Chapter (73)
第73話 前進と撤退と
「純銀?」
社長が片眉を上げて聞く。
「珍しい物だよ。特定のゴーレムが稀にしかドロップしない物でね。筋力増強系の中では最強クラスだ。こんなに小さくてもかなりの効果があるんだよ」
「おお、いいじゃねーか! だったら悠真に食わせようぜ」
「なにを言う! こんな希少な物、研究所で正確にデータを取るに決まってるだろう!」
「お前こそ、なに言ってんだ! 今、使わなきゃ意味ねーだろ!!」
いつ魔物が襲ってくるか分からないダンジョンの中層で、社長とアイシャがケンカを始めてしまう。
悠真は呆れて見ていたが、最後は社長が‶純銀″の魔鉱石をもぎ取り決着が着いた。
悔しがるアイシャは膝を着き、バンバンと地面を叩く。大丈夫だろうかと心配していたが、社長は満面の笑みで近づいてきた。
「おい悠真! これを食え。今より戦闘が楽になるかもしれんぞ」
「は、はあ……」
悠真はチラリとアイシャを見る。突っ伏して泣いているようにも見える。
「ほっとけ! こっちはアイツのわがままに付き合わされてんだからな、ダンジョン攻略の効率を上げる方が重要だ」
「そ、そうですよね」
悠真は社長から渡された‶純銀″の魔鉱石を飲み込んだ。かなり小さかったため、飲むのに苦労はしない。
腹の中が熱くなり、全身に熱が駆け巡る。
間違いなく魔鉱石を取り込んだ感覚だ。だが手足を動かしても、それほど変わった感じがない。
「どうだ? 悠真」
「いや……特に強くなった感じはしないですね」
社長は、後ろをトボトボ歩いているアイシャを見やる。
「おい、アイシャ! この魔鉱石、どれぐらい効果があるんだ?」
まだ不貞腐れていたアイシャは、やれやれと頭を振ってから仕方なしに答える。
「昔行われた海外の実験を参考にするなら、筋力、敏捷性、持久力の三項目で効力を発揮するようだ。その‶銀″の大きさなら、恐らく筋力で10%、敏捷性で7%、持久力で6%ほど向上してるだろう」
「なんだ、そんなもんか」
がっかりしたような社長の言葉に、アイシャは眉間に皺を寄せる。
「そんなもんかとはなんだ!? 三つの能力を同時に10%ほど上げるんだぞ!! こんなに凄い魔鉱石はそうそう無い。分からないのか!?」
「はいはい、分かったよ」
社長は軽くあしらい、先を急いだ。四十階層より先に進むと、魔物の抵抗はさらに激しくなる。
社長の必死の応戦と、悠真が使う爆弾のおかげでなんとか魔物たちを倒すことができたが、アイシャを守りながらでは負担も相当あった。
そして、とうとう目的の五十六階層に到着する。
「悠真、『金属化』の能力は、あと何分ぐらい使える?」
「あと十分ぐらいが限界ですね」
「爆弾の数は?」
「三十個を切りました」
社長と悠真は岩陰に隠れながら小声で話をする。切り立った岩や崖の上に、黒い猿のような魔物がいる。
両の拳を地面につけ、キョロキョロと辺りを見回しながら歩き回っていた。
「あれが‶ヴァーリン″か」
確かに黒い鎧を着たゴリラのようだ。社長は顔をしかめた。すでに疲労困憊しているうえに、魔力も尽きかけている。
頼みの綱だった悠真の『金属化』も、残り時間が短いときた。150以上あった爆弾も、もう30個もない。
「おい、アイシャ! これ以上は無理だ。帰りのこともある、今日の所は帰ろう」
「バカを言うな! ここまで来て手ぶらで帰れるか!!
血塗られた
鉱石
を最低、二つは確保しろ!」
社長とアイシャが睨み合う。悠真も社長と同じように帰るべきじゃないかと思っていたが、口を挟めるような雰囲気ではない。
ややあってアイシャが口を切る。
「鋼太郎……二つでいいんだ。あと二つあれば劇的にダンジョン攻略は容易になる」
「そんなに欲しいなら、販売ルートから入手できないのか?」
社長の問いに、アイシャはフルフルと首を振る。
「
血塗られた
鉱石
は、一部の研究者の間に出回っているだけで、市場には出ていない。譲渡も厳しく規制されているから、入手はダンジョンでするしかないんだ。頼む、鋼太郎。チャンスは今しかない!」
困った社長は悠真を見る。
――できれば帰りたいけど……確かにここで帰ると次も同じように来れるかどうか分からないし、また行こうって言われても困るからな。
「やるだけやってみましょうか社長、まだ
血塗られた
鉱石
の能力は使っていませんし、二つぐらいなら……」
「……そうか、そうだな。分かった」
社長は気乗りしない様子だったが、「仕方ねえ、やるぞ悠真」と言って前を向く。
「悠真、俺があいつらの気を引くから、その隙に一気にパワーを解放して倒しちまえ! 魔鉱石がドロップしたら回収して、即行で逃げるぞ!!」
「分かりました!」
社長と悠真が覚悟を決めると「それでいこう、それでいこう」と、アイシャだけは嬉しそうに笑っていた。