From Slaying Metal Slimes to Being Called the King of Black Steel e RAW novel - Chapter (88)
第88話 最深部の光景
さらに一行は先へ進む。悠真は『金属化』や『
血塗られた鉱石
』の能力を温存するため、なるべく使わないようにしていた。
何度も来た階層では魔物に会わないルートを選び、魔物に出くわせば社長と協力して倒していく。その結果、最速のペースで八十階層に到達した。
「さあ、この八十階層はかつて自衛隊が探索に来た最も深い階層だ。横浜のダンジョンでここより深く潜るのは、我々が初めてだよ!」
アイシャは前を歩く二人に、「さあ行こう!」と先を促す。
その言葉を背中で聞きながら、社長と悠真は溜息をつく。
「あいつがいなけりゃ、もっと楽に進めるんだが……」
「それを言っても仕方ありません」
悠真の言葉に、社長も「そうだな」と言って不満を飲み込む。
「それにしても社長、今日中に最下層なんて本当に行けるんですか?」
「まあ、広いダンジョンじゃねーからな。最下層に行くだけなら時間的には充分可能だろう。もっとも魔物と戦わなきゃの話だが」
「そうなんですか」
「にしても悠真、液体金属の能力をそんなにうまく使えるなら、ピッケルなんていらないんじゃないのか?」
社長が怪訝な表情で聞いてくる。
「いえ、液体金属は使える量に限界がありますし、形がある物をベースにした方が、遥かに使いやすいですよ」
「ふーん、そんなもんか」
「できればピッケルの柄が伸びたり、ヘッドの向きが変わったりしたら、もっと使いやすくなるんですけど……」
後ろで話を聞いていたアイシャが口を挟んでくる。
「悠真くん、そんな物なら私が作ってあげるよ」
「え、本当ですか?」
「私の使っている研究所は元々金属加工の工場だったからね。機材や道具がそのまま残ってるんだ。私は手先が器用だから、いくらでも作ってあげるよ」
「あ、ありがとうございます」
「私の方こそ、君にお礼を言いたいぐらいだよ。君のおかげで『黒のダンジョン』の謎が解明できるかもしれないからね」
「黒のダンジョンの謎?」
「そうだよ。黒のダンジョンは、他のダンジョンと明らかに違うんだ。まあ、役に立たない場所だと多くの人に思われているが、私はなんらかの役割を持ったダンジョンじゃないかと考えていてね」
「役割……ですか?」
「そう、その答えを探すのが私の研究テーマなんだ。君はそのキーマンになってくれそうな気がしてね。だからこれからもよろしく頼むよ、悠真くん」
妙にやさしいアイシャに戸惑いつつ、悠真たちは先を急いだ。
◇◇◇
「本当に魔物の数が減ってきましたね」
悠真が辺りを警戒しつつ、社長に向かって呟く。すでに百階層を超えて、百一階層に到達していた。
アイシャの言う通り、下に行けば行くほど進むのは容易になる。だが――
「静かに!」
急に立ち止まった社長が岩に身を隠す。悠真も慌てて岩に背をつけ息を殺した。
「悠真……あれを見てみろ」
社長に言われ、悠真は恐る恐る岩から顔を出す。洞窟の奥に見えるのは、岩壁に背中を預け、足を投げ出す格好で座る巨大な人影。
大きな石像に見える
そ
れ
は、目を閉じ、項垂れた様子のまま動こうとはしない。
「あ、あれも魔物ですか?」
「間違いないな。お前が倒したゴーレムの何倍もありそうだ」
何倍どころではない。立ち上がれば、恐らく天井に頭がつくだろう。
あんなものと戦うなど冗談じゃない。一瞬、死んでいるのかとも思ったが、かすかに動いている。
寝息を立てているようだ。
悠真たちは絶対に巨人を起こさないよう、音を殺してその場を後にした。
その後も階層を下りる度、三人は信じられない光景を目にする。
大地が揺れると思って見上げれば、体長三十メートルはあろう黒い‶水牛″のような魔物が闊歩していた。
絶対に見つからないよう、そろりそろりと岩場を抜ける。
別の階には長く立派な角を持つヘラクレスオオカブトのような魔物もいた。全身は玉虫色の甲殻に包まれ、巨大な体躯を揺らしながら歩いている姿に、悠真は思わず「かっこいい……」と呟いてしまう。
さらに別の階には、天井一面に張り付いた黒いコウモリの集団が数百匹もいた。
体高は三メートルほどある。一斉に襲われれば命はないだろう。悠真たちは刺激しないよう足音を消して進んだ。
とにかく会敵しないよう、必死でダンジョンを下っていく。
そして極め付きは――
「見ろ! 二人ともあれを!!」
アイシャが興奮したように指を差す。なんだ? と思って見ると、そこには翼を広げた黒い魔物、‶黒竜″がいた。
「いや~目撃例が極めて少ない竜種だよ。出会えたのはラッキーだね!」
アイシャはスマホのカメラでパシャパシャと写真を撮る。フラッシュは焚いてないが、音が鳴るため魔物に気づかれないかと社長と悠真はひやひやしていた。
「う~ん、やっぱり暗くてハッキリ映らないな……もっと近づいていいかい?」
そう言って黒竜に近づこうとしたアイシャの首根っこを社長が掴み、引きずるように連れてゆく。
「鋼太郎! もう少し黒竜の生態を観察したいんだよ」
「バカ言ってんじゃねえ! 全員、殺されちまうだろうが!!」
次の階層に繋がる下り坂まで来ると、アイシャはがっかりして項垂れる。
「あの黒竜だけは‶魔鉱石″じゃなく‶魔宝石″のブラック・ダイヤモンドを落とすんじゃないかって言われてるんだ。もっとも黒竜を倒した人間などいないから、誰も見たことはないが、ブラック・ダイヤだぞ。二人とも見たいと思わないのか!?」
悠真と社長は呆れてしまう。あんな化物に関わりたいと思う人間など、世界中探してもアイシャだけだ。
岩の影からチラリと見える‶黒竜″の姿は、禍々しい怪物そのもの。
竜種がどれほど危険か、初心者の悠真でも知っている。社長は「ほら、行くぞ!」と、ごねるアイシャを引きずり黒竜がいる階層を後にした。
◇◇◇
『黒のダンジョン』百四十七階層――
悠真たちは数々の危険な階層を進み十四時間をかけて、とうとう最下層と思われる場所まで辿り着いた。
そこは開けた空間で、何階層もぶち抜いたような、そんな階層だった。天井から伸びた鍾乳石が地面に達していくつも連なり、巨大な石柱に見える。
今まで通ってきた洞窟より幾分明るいが、霧のような白いモヤがかかっている。
そのモヤは洞窟全体を覆い、やや薄紅色に染まって不気味な雰囲気を漂わせる。
悠真たちは
壁沿
いにあるキツイ勾配の坂を下り、最後の階層へと下っていく。
「なんだか……不気味な場所ですね。ここが最下層ですか?」
階層に足を踏み入れた悠真が口を切る。辺りを見回せば、赤白いモヤが洞窟全体に広がっていた。
「間違いないね。階で言えば百四十八階層にあたるが、ここは三階から四階をぶち抜いたような深い階層になっている。実質的に百五十階層は超えているはずだ」
アイシャはそう言って微笑んだ。ここまで来れたことが嬉しいんだろう。
「ここにいるはずだ……このダンジョンを守る
最
後
の
守
護
者
が」
その言葉で、社長と悠真に緊張が走る。
――そう、いるんだ。深層のダンジョンのラスボスが!
ピッケルを持つ手に力が入る。
「取りあえず魔物の姿を確認したら、写真を取ってすぐに帰ろう。万が一にも倒してしまったら、黒のダンジョンが無くなっちゃうからね。大変だ」
楽しそうに話すアイシャとは反対に、悠真と社長は険しい顔で周囲を警戒する。
「俺が先に行く」
社長が先を歩き、その後を悠真とアイシャが続く。石柱に身を隠しながら、洞窟の先を見やる。
赤白いモヤの先……なにかが
蠢
いた。