From Slaying Metal Slimes to Being Called the King of Black Steel e RAW novel - Chapter (99)
第99話 放たれた災厄
「全員! ‶魔法付与武装″を手に取れ!!」
石川の部下たちが、慌てて武器を取る。石川も部屋の壁に立てかけていた自分の得物を掴んだ。それは大きな斧。
魔法付与武装【水脈の戦斧・弐型】――
石川は両手で戦斧の柄を持ち、戦闘態勢で隔壁扉を睨む。
ドシンッ、ドシンッと扉に体当たりする音がした。
「い、石川さん!」
「狼狽えるな! この扉は簡単には破壊できん!! ここで時間を稼ぎつつ、応援を待つんだ」
「は、はい!」
石川の部下たち四人も、それぞれ武器を構え扉に視線を移す。自衛隊員も銃を構えるが、石川は「下がっていてください!」と警告した。
この扉の先にいるのは、銃が効くような魔物ではない。むしろ流れ弾がこちらに当たって邪魔になる可能性すらある。
武器を握る手に力が入った。
――この扉が破られることは、まず無いだろう。もし破られるとしても、相当時間がかかるはずだ。
それは楽観ではなく、現実的な予想だった。だが、石川は自分の考えが甘いことを、すぐに気づくことになる。
隔壁扉に変化が起こったのだ。一部が赤く発熱し、発光していく。それがどんどんと拡大して蒸気が立ち昇る。石川は目を疑った。
「バ、バカな!? 耐火扉だぞ!!」
隔壁扉は飴細工のようにドロリと溶けだした。直径二メートルほどの大穴が空き、中からゆっくりと何かが出てくる。
浅黒い皮膚、ギラギラと不気味に光る眼、足には鋭い爪があり、ダラダラと
涎
を垂らす口からは、炎と白煙が漏れ出していた。
大型の四足歩行の獣――
「あいつは……」
石川は驚きを隠せない。その魔物に見覚えがあったからだ。
「ヘル・ガルム!!」
それはロシアのサンクトペテルブルクにある『赤のダンジョン』で、初めて確認された魔物。見つかったのは百五十階層を超える場所だったはず。
「どうして……【深層の魔物】が、こんな所に」
魔物は身を屈め、一気に駆け出して石川に向かってくる。
石川は持っていた武器に魔力を流す。戦斧の表面に青い筋が無数に走り、まるで血管のように斧全体に行き渡る。
飛びかかって来たヘル・ガルムに対し、石川は「ふん!」と力を込め、斧を水平に薙ぎ払う。
斧が当たる刹那、ヘル・ガルムは高く飛び上がり、攻撃をかわした。
「くそっ!」
石川が振り返ると、二人の隊員がヘル・ガルムに攻撃を仕掛ける。一人は棍棒で、もう一人は長剣を振るう。
だが、魔物が慌てる様子はない。
大きく息を吸い込み、向かってくる人間を睨みつける。
「まずい! お前たち、逃げ――」
石川が叫ぶのと同時に、ヘル・ガルムは口から凶悪な炎を吐き出す。
二人の隊員は‶水の障壁″を展開し防御するが、炎は一瞬で水を蒸発させ、二人を火だるまにしてしまう。
「うわあああああああああ!!」
「ぎゃあああああああああ!!」
石川は残った二人の部下に「水魔法で火を消せ!」と命じ、ヘル・ガルムに向かって走り出した。
魔物に斬りかかろうとした時、自衛隊員が小銃を構えていることに気づく。
「ダメだ! そいつには効かない!!」
自衛隊員に叫ぶも、銃弾は発射された。数十発が魔物の体に着弾するが、どれも当たった瞬間、火花を散らして弾かれる。
ヘル・ガルムが纏う【炎の障壁】によって防御されていた。
焼き尽くされず体に食い込む弾丸があっても、魔物はすぐに傷を治してしまう。
――超回復! ダンジョンの外なのに使えるのか。
「柿谷さん! 攻撃はやめて下さい。奴に銃弾は効きませんし、余計な注意を引いてしまう!」
「し、しかし……」
顔に恐怖の色を浮かべる柿谷に向かって、興奮したヘル・ガルムが襲いかかる。
石川も同時に走り出し、柿谷とヘル・ガルムの間に入って武器を構えた。魔獣は息を吸い込み、口からチリチリと炎を漏らす。
「なめるなよ、犬っころ!!」
敵を睨みつけた石川の周りに、ぶありと‶水″が溢れ出した。水は意思を持つかのようにウネウネと動き、石川の体や斧に巻きついて行く。
ヘル・ガルムが吐き出した激しい業火が迫ると、水は一気に噴き上がり炎と接触した瞬間、水蒸気爆発が起こる。
舞い散る炎と白い水蒸気を石川の戦斧が斬り裂き、ヘル・ガルムの首元に刃が振り下ろされた。
水の魔力を纏った斧が魔物を捉えようとした時、危機を察したヘル・ガルムが後ろへと飛び退く。魔物が負ったわずかな首の傷を見て、石川は舌打ちする。
マナ指数2500を超える国内有数の‶水魔法″の使い手である石川。
そして‶火″と‶水″という相性の良さもあり、充分ヘル・ガルムを倒せると踏んでいたのだが――
「首を切り落とせなかった。‶マナ″が足りないのか……」
魔物の傷が、グツグツと煮えたぎりながら治っていく。
魔法の力を宿した武器で傷つけられれば、本来は簡単に【再生】しないはずだ。
しかしマナが溢れ出したとはいえダンジョンの外であったため、充分な威力を発揮することができなかった。
石川はキッと魔物を睨め付ける。
――だが、それはヤツも同じはず! 本来の力は出せないだろう。
斧を構えた石川は、ヘル・ガルムに向かって突っ込んでいく。戦斧を振り上げた瞬間、魔物は戦おうとせず
翻
って駆け出した。
部屋にある扉に体当たりし、打ち破って外へと出る。
「まずい! 逃がすな!!」
魔物はそのまま館内を駆け抜け、窓を割って逃走してしまった。石川たちも必死で追ったが、ヘル・ガルムの足の速さには到底追いつけない。
「石川さん! 施設の外に出てしまいました。ど、どうしましょう!?」
部下が割れた窓の外を見て、蒼白な顔で叫ぶ。後ろからは柿谷たち、自衛隊員もやってきた。
「あの化物は外に出たんですか!?」
柿谷もまた青ざめている。石川は努めて冷静に話した。
「柿谷さん、自衛隊を総動員して辺りを封鎖して下さい。恐らくヤツは、そう遠くに行きません」
「本当ですか!?」
「ダンジョンから溢れた‶マナ″はこの周辺にしかありません。マナが無ければヤツは活動することができないはずです」
「わ、分かりました。すぐに各省庁に連絡して手配してもらいます!」
柿谷たちが踵を返して去っていくと、石川は二人の部下にも指示を出す。
「本部に連絡を取れ! 至急応援を出してもらうんだ。明朝までは待ってられない」
「は、はい!」
二人は慌てて駆け出して行く。
石川は窓の外を見る。漆黒の闇がどこまでも続き、恐ろしいほどの静けさが辺りを包む。
石川の考えは
概
ね合っていた。
魔物は施設の外へ出ると、近場のビルに駆け上る。屋上に辿り着くと、眼下に広がる光景を見回していた。
マナがあるのはこの近辺だけ。魔物はここから離れるべきではないと本能で認識していた。
だが、気づいてしまう。遥か遠くに、強大な‶マナ″があることを。
それがどんなものかは分からない。それでもヘル・ガルムは強い興味と衝動に駆られた。
ビルの屋上を軽快に走り、トンッと空に飛び立つ。
五十メートル以上落下して地面に音もなく着地すると、強いマナがある方へと駆け出し、夜の闇へと消えていった。