Kanna no Kanna RAW novel - chapter (1)
第一話 既にお城は脱出しました--癒し系飛竜の上で状況説明
どうも、神城カンナです。今年で十七の高校二年生。絶賛彼女募集中の健康優良思春期男子。
突然ですが、現在俺は『ドラゴン』の上で絶賛空中遊泳中。
………竜と書いてドラゴンです。決してドラゴンという名の飛行機ではありません。長い首に鋭い牙。堅い鱗に背中の両翼。しかもどうしてか、つぶらな瞳がチャーミングな生物です。
「ん? どうした?」
数えるのもめんどくさくなるほどに現実逃避していた意識を引き戻したのは、俺の前に座る少女だ。太陽を反射して輝く銀の髪は美しい細工を連想させ、大きな双眸には宝石をはめ込んだような碧眼。整った顔立ちと合い勝り、人間離れした美貌を持っていた。
──訂正、そもそも『人』でなかった。証拠は、彼女の長い髪から長くとがった耳が伸びていることだ。偽物でないのは、時折ピコピコと動く様子から見て取れる。
「あ、いや。ちょっと現実逃避してたわ」
「またか? まぁ、君の身の上を思えば、無理もないかもしれんが」
ポリポリと頭を掻く俺に、彼女は苦笑した。
「それよりもどうだ、こいつの乗り心地は」
「尻が痛い以外は問題ない。景色も良いしな」
「済まんな。なにぶん急に召喚したせいで、鞍の準備ができていなかったようだ。普段はもっとまともな装備を用意しているのだが」
「あの状況で脱出できただけでも上等じゃね? 俺の尻の痛みぐらい、どうってことねぇさ。肌触りも良いし」
さわさわと、竜の背を撫でてやる。堅いは堅いのだが、は虫類と同じでさらさらとした肌触りが堪らない。蛇は手触りがヌルヌルしているように思われるが、アレは動きだけを見ている為の誤解で、実際には病みつきになる触り心地なのだ。
俺の撫でた感触に、竜は「キュイキュイ」と可愛らしい声で鳴いた。なにこの癒し系。愛らしすぎる。
「こいつは少々人見知りでな。私以外にはあまり気を許さないのだが、君は気に入られたようだ」
「不思議と動物には好かれるんだよな、昔から」
「それは得な体質だな」
「前に、大量の猫が津波のように押し寄せてきたことがあるけどな」
「それは………………羨ましいな」
羨望の視線が送られてくる。どうやら猫好きらしい。だがいやいや。
「全身に纏わり付かれると、体温と毛玉のせいで暑いんだこれが」
冬なら暖房いらずだが、夏だと意識が飛ぶレベルの熱気が籠もる。
「ーーところで、こっちの猫って体長が三十センチ…………じゃ伝わらねぇか。このぐらいの大きさの毛むくじゃらで、こんな耳を付けた四足歩行する可愛い動物、であってるか?」
俺は手で猫の平均的な大きさの幅を作ってから、頭の上に手で猫の耳の真似をする。一見するとふざけたジェスチャーに見えるかもしれないが、彼女は笑わずに真摯に頷いてくれる。
「ああ、基本的にはそうだな。ただ、実物を見てくれないと正確には判断できないと思うが。基本は可愛らしい小動物だ」
俺がどうしてこんな妙な質問とジェスチャーをしたかというと、俺の中の『猫』と彼女が『猫』と認識している動物に差異がないかを確認するためだ。
みなさんはもう気づいていらっしゃるでしょう。たぶん、最初のドラゴン発言あたりから察しは付いていたかと思います。というか、長耳銀髪碧眼美女の時点で確定的か。
そう、俺は現在異世界にいたりします。
異世界にいちゃったりします! 大事なので二回。
はい、異世界に召喚された神城カンナです。
中二病乙? いやいや、これが中二病の妄想からくる幻覚症状ならどれだけよかったか。そりゃぁ、中二病的な展開にあこがれがないと言えば大嘘である。異世界に勇者として召喚され、旅で出会った仲間達とともに魔王やらなんやらに立ち向かうヒロイックファンタジーにあこがれた事は間違いなくある。今だって時折チラッと考えることはあった。
が、リアルはマジ困る。二次元は二次元であるからこそ娯楽なのだ。三次元にまで浸食したらしゃれにならん。
そして、しゃれにならない状況に陥ったのが、現在の我が身である。
…………………まぁ、やはり現実と妄想は違うようで、勇者として召喚された時点までは、まぁテンプレートな展開だったのだが、そこから先がまぁ酷いこと酷いこと。
余りに酷すぎて割愛するが、なんやかんやで出会ったのが、目の前の長耳銀髪碧眼美女。名前はレアル・ファルベール。ごらんの通り、人間ではありません。が、この世界に召喚されて最も心暖かい人間味あふれる人なのは間違いない。最初が悪すぎた。あそこまで悪いのは人生で始めてである。
やはり簡単な順序だけでも説明しておこう。
まず始めに、俺は学校で授業を受けていた。
で、いきなり光に包まれて異世界に召喚された。
何の前振りなし。今日の晩飯なににするかなぁと退屈な授業を退屈に受けていた最中である。酷すぎる。
異世界に召喚され、混乱の極みに達していた俺の目の前には、『それまで』生で見た中では間違いなく一番美しい美女だった。
んでもって、やはり「勇者よ、この世界をお救いください」てきな懇願。もうね、あれだけの美女に涙目でお願いされたら、並の男なら二つ返事に「まかせておけ!」と答えていたに違いない。だって、最初は俺だって「世界でも何でも救ってやらぁ!」と叫びそうになった。
ところが不思議なことに、喉元まで出てきていた叫びが、美女をもう一度目にした瞬間に押し止められた。口から音が発せられる前に、背中を極寒の冷気が駆け抜けたからだ。液体窒素をぶちまけられたかのような凄まじい寒気に、俺は瞬間的に大量の冷や汗が背中を伝う。
再度、改めて美女を見た。
そして気づいたのだ。
彼女の瞳の奥にある、凄まじいほどの『黒さ』に。
そこから先はまぁ、いろいろあった。
で、なんやかんやで召喚されたお城からの脱出決意した俺は、迷い込んだ牢屋で、捕らわれの身だったレアルと出会いこれを救出し、ともに逃走を敢行。城の外に何とかでられた俺たちは、レアルがその場で召喚したドラゴンの背に乗り、無事に脱出を果たしたのである。
割と「勘だけは良い』と人からは言われていた。ポーカーやら麻雀等の賭事は強い方だったと思う。人の機微には聡い方だったのかもしれない。が、今回のは極め付けすぎる。あんな冷や汗掻いたことがない。
レアルから聞くところによると、彼女が捕らえられたのはあの美女のしでかしたことらしい。清純そうに見えて腹黒だという。
むしろ、腹黒であるからこそ清純を装っているのか。だとすると黒さのレベルがハンパない。己の美貌すら利用する黒さ。いろいろな意味で黒すぎる。
「で、どうするんだカンナ。この先宛はあるのかい?」
「むしろ逆に聞きたい。俺はこれからさきどうすりゃいいんだ?」
「いや、私が質問しているんだが……………………………。私の方はとりあえず故郷に帰還するのが当面の目的になるが」
とりあえず、あの超激辛腹黒姫(お姫様だったらしい)の元から逃げ出すことしか考えていなかったので、逃げた先からなにも考えていない。ただ、あのままあの城に留まっていたら、偉い目にあったには違いない。勇者だよ、勇者。波瀾万丈間違いなしだ。波瀾万丈させるから勇者呼び出すんだよ。
「まったく、思慮が深いのか行き当たりばったりなのか、よくわからない男だな、君は」
「よく言われる」
「よく言われてるのかッ」
本当によく言われている。
ちなみに、レアルの口調が男っぽいのは、男を気取っているわけではなく、彼女が『騎士』だかららしい。男所帯の中で育ったせいで自然と身についてしまったとか。
牢屋に捕らわれていた当初は、薄手の肌着一枚で錠に両手を拘束された格好だった。俺の中の美女ランキングはそれを見た瞬間、彼女が第一位となった。あの腹黒姫? 外見だけだ。中身を加味してワースト一位に決まっている。
話がずれた。現在の彼女は、軽快な動きを重視した、急所を重点的に守るライトアーマー。そして傍らには、身の丈にも達するほどの巨大な剣。どちらも捕まった際に奪われたらしいが、幸いにも城内に保管されていたので奪還に成功。その時に剣の方は実際に持たせてもらったが、見た目の通りに凄まじく重い。
「とりあえず、表立って追っ手が来ることは、まぁあるまい。君も私も、この国にあってはならない存在だからな。存在を喧伝するような真似はするまい」
「あ、そういえばそんなこと言ってたな。何故に?」
「この『平和』なご時世に『勇者』などという最大戦力を異世界から呼び出したと他国に知れ渡れば「戦争を仕掛けますよ」と言っているようなものだ。おそらくは秘密裏に呼び出し、どこかしらに送り出して先手を打とうと考えたのだろう。その時、君には「敵は侵略者」などと嘘を囁かれていたかもしれんな」
「怖っ。割と平和主義な男なのですがね俺は!」
「……………………衛兵に迷わず跳び蹴りをかます男は、平和主義者といえるのか?」
「平和主義者と非戦闘主義は別物なのですよ」
己の平穏は己で勝ち取るべき。座右の銘です。
「私の方は私の方で、色々とな。おそらく『外交』の『切り札』として利用する算段だったはずだ。余り認めたくはないが、私にはそれだけの価値がある。だが、こちらもあくまで秘密裏に、密約としてだ。表だって私を利用すれば、間違いなく周辺国から反感を買う」
「聞いてると、かなり野心溢れてる国だな。溢れすぎじゃね?」
本当に逃げ出せてよかったと、改めて認識する俺だった。