Kanna no Kanna RAW novel - chapter (100)
第九十一話 若き情熱はたまに才能を凌駕するらしい
食事は食堂等の決められた場所に向かうのではなく、部屋にメイドさんが運び込んでくれた。テーブルマナーの『テ』の時も知らない俺にとってはありがたい話だ。
ただし、ちょいと残念だったのが。
「……割と普通だな、ご飯」
「……自分はもう少し期待してましたよ、ええ本当に」
「私たちは客ではなく国に仕える軍人ですからね」
俺とスケリアは食事を口に運びながら不満を漏らし、カクルドは苦笑気味に言った。
不満の元はほかでもない運び込まれた料理。味のグレードを言えば、ギルド横の食堂で出されている安売り定食と大差なかった。もちろん、魔獣食材を使わないタイプの。
美味しいご飯を期待していた俺の目論見は早々に崩れ去っていたのだ。
会社で言えば
ファイマ
はVIPでこちらは一般社員(+派遣社員)だ。同じ待遇を希望するのはオカシいのかもしれないが。
「この料理も十分に美味いと思いますけどね、私は。屯所の食堂で出てくる料理は『安さ・栄養価・量』の三点を重視したメニューが殆どですから。あの淡泊な味付けに比べれば雲泥の差ですよ」
唯一不満を漏らさなかったカクルドの言葉を受けて、俺は小さく納得。最近美味い魔獣食材料理ばかりを食べていたから知らず知らずに舌が肥えてしまっていたようだ。改めて料理を食べると、これはこれで普通に美味かった。
「自分は……自分はこの任務に就けて良かったと思っていたんだぞ。皇居で出される料理と聞いて、楽しみにしていたんだ。それが……それがッ……くぅぅぅ(むしゃむしゃ)」
悔しさに呻きながらもスケリアは手の動きと顎の動きを止めない。食べながら喋るのは流石に行儀が悪いが、今にも泣き出しそうな彼の様子に諫めるのを躊躇われる。
「……相方はすごく不満タラタラっぽいが」
「スケリアは食道楽なんですよ。非番の時は街で食べ歩き、遠征の時に支給される携帯食料に不満を持って、自費で別途に持参するほどですから」
「あれは人間の食べるものじゃないんで! 携行性と栄養価
だけ
をとことん突き詰めた『形容しがたい何か』なんですよ! 今の騎士団に不満は殆どありませんが、あれだけはいただけない!」
混じりけのない真剣度十割の表情でスケリアが力説する。俺は若干気圧されるがカクルドは慣れているのか調子を変えずに言った。
「確かに味気は無いに等しいが、あれほど腹持ちの良い代物はあまりないぞ?」
ちなみに、味のしないパサパサのパンだとか。俺は何となく現実世界のカロ○ーメイトを思い出した。あれの無味バージョンだとすれば、確かに美味しくはないだろうさ。腹持ちがいいのは分かるが。
「空腹感に悩まされることはないだろうが、あんな無味物体を食べ続けていれば団員の士気に関わる。一刻も早く改善しないと、いつか脱走者が出るぞ!」
多分、その最有力候補は握り拳を固めているスケリアだろう、と俺とカクルドは思った。
そんな晩ご飯の一幕で俺がもっとも強く思い浮かべたことは
米が食いてぇ!
である。
今までの長ったらしい前置きは何だった!? という虚空からのつっこみは軽やかにスルーだ。いくら美味い料理に囲まれているとはいえ、やはり日本男児である。いい加減に白米が食べたいのは紛れもない本心なのだ。
ビバ翌日(二番煎じネタ)。
ーーーーとは言うが、朝と呼ぶにはかなり早い時間に目が覚める。窓を見ればまだ太陽が姿を現していない頃合いだ。
正しく言えばカクルドに起こされたのだ。
「カンナ殿、交代の時間です」
「ん、了〜解〜」
幻竜騎士団として護衛がついている間、俺たちは毎晩ファイマが泊まっている客室の扉前で寝ずの番に勤める事になっている。流石に一人で一晩中張っているのは無理があるので、交代制だ。最初はスケリア。次にカクルド。最後には俺、のローテーションだ。
俺が身なりを整え装備を確認している間、逆にカクルドは纏っていた鎧を外し、軽い身形になる。
「では、後はよろしくお願いします」
「あいよ」
ベッドに入り込むカクルドに手を振ってから、俺は部屋を出て隣室の扉の前に陣取った。
……で、飽きた。
そりゃそうだ。訓練された軍人ならともかく、俺は冒険者ではあるが人様を護衛する仕事など初めてだ。寝ずの番など開始十分で飽きました。
暇というと流石に職務怠慢で怒られるので止めておくが、とりあえず消費した氷爆弾を補充しておく。
そこから俺は、精霊術を使って氷の彫像(等身大フィギュア)作成に挑戦することにした。コレは断じて遊びではない。精霊術をより効果的に扱うためのイメージトレーニングだ。周囲には気を配っている。
ご存じ、色々と才能に欠けているので最初に出来上がったのは謎の物体だった。
辛うじて『人型』とは判別できるが、むしろ『人間とはなんぞや?』という哲学的な考えすら浮かんできそうな造形となってしまった。幼児が深夜に目撃したら夢に出てきそうなレベルだ。
「コレはコレで味があるか?」
や、無いか。
しかし、そこであきらめないのが思春期男子。迸る妄想力を発揮し、思いつく限りの理想的な『女体』の造形に情熱を注ぐ事三時間ほど。無駄に迸る
創作意欲
を具現化するとあら不思議、自分で作り上げたとはとうてい思えないほどの作品が出来上がった。
まず巨乳は外せない。垂れ気味ではなく上向きに。
ついでに身長は高めに設定。
髪は腰まで届く長めに。
顔は可愛い系よりもクールな感じで。目元もキリットしている。
犬耳猫耳ウサ耳か、さんざん迷ったあげくにエルフ耳を選択。
ついでに、ビキニアーマーとドデカい剣を装備させれば。
国民的RPGである『竜なクエスト』に出てくる、女戦士風に仕上がった。
出来上がった作品を前にぐっと拳を握りしめたのだが。
「……オカシい、すごく罪悪感がこみ上げてきた」
理想だからこそ触れては駄目な領域と表現すればいいか。
出来映えとしては完璧すぎるのだが、非常に申し訳ない気持ちで一杯になってくる。普段の俺なら諸手をあげて高笑いしているぐらいの完成度なのに素直に喜べない。
強いて言えば……彩菜や美咲の水着姿を見たときの気恥ずかしさか。身近な存在の艶姿に参ってしまう時に近いな。綺麗なのは断定できるのだが、素直に欲情の対象にするには恐れ多いというか申し訳ないというか。や、美咲の奴はここまで胸大きくないし、彩菜に関しては絶壁だからな。
ーーちらっと、頭の片隅に銀の髪をした美女が浮かぶが俺は頭を振ってそれを打ち消した。
「とりあえず誰かに見せられる代物じゃないな」
最後にきっちりと脳内保存をしてから、氷の彫像を消滅させたのだった。
こうして最初の夜は終了したのである。