Kanna no Kanna RAW novel - chapter (101)
第九十二話 あるところに………
昨日の打ち合わせ直後にスケリアは既に許可を取っていたらしく、翌日である今日から早速ファイマお嬢様の書庫散策は開始された。書庫の入り口はカクルドとランドが固めており、キスカはファイマの助手代わりとして近辺で護衛をしつつ彼女の調べ物を手伝っている。
そして残りの俺、アガット、スケリアは書庫内に不審者、不審物がないかを巡回しながら確認している。
皇居内の書庫と言うだけあって、内部はちょっとした図書館並の広さだ。一階だけではなく二階区画もあるようで、端から端まで書棚が並んでおり、びっしりと書物が収められている。
これだけの書物を所蔵していれば管理が大変そうだが、どうやら魔術具を使用して湿度を一定に管理して本が傷むのを防いでいるらしい。貴重な本ともなれば本自体に魔術的な措置が施されており、直接的な破損がなければ半永久的に品質を保っているとファイマから教わった。この手の管理方法は、どこの国でも一定の規模を持つ施設なら共通で使用しているらしい。
書棚の合間に伸びている通路を、周囲を警戒しながら歩く。タイトルでしか判断していないが、納められている本の種類は様々だ。学術書らしきモノもあれば娯楽小説もある。中には読めない字で書かれた本もある。
「…………ふむ」
俺は書棚の中から一冊の本を取りだした。
「こいつは……興味深い。実に興味深い」
俺は本の内容に意識が吸い込まれていく。この世界に来て、これほどまでに興味をそそられた本は初めてだ。
「おおッ……おお? ……おおおおッ!?」
ーー女王と姫様を親子丼で美味しく頂く俺の成り上がり伝説。
ぶっちゃけ、
官能
小説です
「って、任務中に何を読んどるんだ貴様はッ!!」
ズバンっと後頭部に衝撃が走った。痛い。
ほかの場所を見回っていたアガットが通りかかったのだ。後頭部への一撃は彼のツッコミである。
「や、ここは護衛任務として、お嬢様に教育に悪影響を及ぼす本の内容は
確認
しておかないと……」
「真顔で何を言っている! 貴様が読みたいだけだろうがッ!」
それは否定しない。
もはや慣れたモノで、一度ツッコミを入れるとアガットは落ち着きを取り戻した。小さく溜息を吐いてから口を開く。
「全く、少しは真面目にできないのか貴様は……」
「これでも周囲にはちゃんと気を配ってるさ」
「その割には今の
一撃
を喰らっていたが?」
「お前さんのだって気づいてたからな」
俺は本を書棚に戻しながら言った。アガットからのツッコミを甘んじて受けたのは、彼からは殺気を感じなかったからである。
「そっちは異常なし?」
「もしあればこんな暢気に会話などしていない」
「ごもっとも」
目立った
異常
が無いのはうれしい限りだ。
今のところ、幻竜騎士団屯所から連絡は来ていない。諜報員からまだ情報が引き出せていないと見ていい。叶うなら引き出した情報から芋蔓式に黒幕までしょっぴいてほしい。
アガットと別れて巡回を再開する。今度は気になるタイトルを発見しても配置を記憶するに留めておく。後でこっそり読めないか、スケリアに確認しておこう。
……と、先ほどの繰り返しではないが、俺は書棚に納められている一冊の本に目が止まった。
「『無垢なる者と万能なる者』……?」
書棚から引き抜いたそれは、随分と古ぼけた童話の本だった。
興味を駆られた俺は、表紙をめくった。
『あるところに、『無垢なる者』がいました。
彼は火を起こせません。
彼は水を探せません。
彼は風を操れません。
彼は土を耕せません。
彼は氷を作れません。
彼は雷を降らせません。
彼は物を生み出せません。
彼は空を飛べません。
何一つできない彼ですが、彼には多くの友人がいました。
火を起こすもの。
水を探し出すもの。
風を操るもの。
土を耕すもの。
氷を作るもの。
雷を降らすもの。
物を生み出すもの。
空を飛ぶもの。
彼一人では何もできません。ですが、多くの友人を持つ彼は幸せでした。友人たちもそんな彼がとても大好きでした。無垢なる者は友人たちにあらん限りの感謝を抱き、友人たちは無償の愛を彼に与えました。
やがて、彼の周囲には友人以外のたくさんの人間が現れました。人間たちは多くの友人を持つ彼を尊敬していました。いつしか、彼を通して人間達も友人達との間に絆を育み、人々と友人達は互いに共存の道を歩んでいました。
ですがある時、一人の若者が姿を現しました。
彼は火を生み出します。
彼は水を探し出します。
彼は風を操ります。
彼は土を耕します。
彼は氷を作ります。
彼は雷を降らせます。
彼は物を生み出します。
彼は空を飛びます。
そんな彼を、人は『万能なる者』と呼ぶようになりました。
友人たちの手を借りずとも何でもできた彼の元に、人々が集まりました。その中には無垢なる者の元にいた人間も多くいました。
いつしか、万能なる者とその元に集った人々は、無垢なる者を慕う人々を傷つけ始めました。万能なる者は自らの力に飽きたらず、無垢なる者を愛する友人たちの力を欲したのです。
そしてとうとう、無垢なる者は万能なる者の手によって命を落としてしまいました。
彼を慕う者達は深い絶望に沈みました。そして何より、友人たちは最も愛すべき存在を失い、悲しみのあまりに姿を消してしまいました。
時を経て、友人たちの存在を知る者は数を減らしていき、世界は万能なる者の手によって支配されてしまいましたとさ』
…………………………。
「って、バッドエンドかよ…………」
最後まで読み終えた俺は、その後味の悪さに戦慄した。
平和に暮らしていた人々の元に我が儘放題の俺様が殴り込んできて、全部奪っていったって話だ。
とてもじゃないが子供に読み聞かせる話じゃないぞこれ。
「あらカンナ。お仕事お疲れさま」
ファイマと本を抱えたキスカがこちらに歩いてきた。
「よぉ、調べ物は順調か?」
「やっぱり一国が保有する蔵書量って侮れないわよね。私みたいな外様が閲覧できる程度の本でも、ユルフィリアでは出回ってない物がたくさんあったわ」
「で、調べ物は?」
「………………(サッ)」
お嬢様が俺から視線を逸らした。後ろに控えるキスカは困ったような笑みを浮かべている。どうせ面白い本を見つけて、調べ物そっちのけで熱中していたんだろうさ。
「と、ところでカンナ。その本は何かしら? なにやら真剣に読んでいたけれど」
俺はそれまで読んでいた本をファイマに差し出した。
「『無垢なる者と万能なる者』? 初めて見る題名ね」
「中身はかなりの胸糞ストーリーだったぜ。後味の悪さは保証する」
「あまり欲しくない保証だわ……」
ファイマは俺の手から本を受け取ると「うん?」と片眉をつり上げた。
「どうしたよ」
「微弱だけど、魔術の痕跡が残ってるわね。保護の術式は分かるとして……認識阻害?」
「ニンシキソガイ?」
「言葉通り、人間の認識を阻害する術式。目の前に物体が存在していても、その存在を認識できなくなる術式よ」
ファイマは本の表紙に手を当てると、目を閉じて意識を集中する。より詳しく術式を探るためだ。
「何これ……。簡単に見えるけど、かなり高度な術式が組み込んである。間違いなく、超一流の魔術士が施した術式ね。閲覧に権限が掛かるレベルの措置が施されているわ」
ファイマは、俺とはまた違った意味でその本に戦慄を抱いていた。
「この本、ちょっと借りても良い? もう少し詳しく調べたいの」
「俺に断ってどうするよ。つーか調べ物はいいのか?」
「どうせしばらくは書庫で調べ物を続ける予定だったし、一日や二日の寄り道は問題ないわ。それに、一人の研究者として、この本に施された魔術式にとても興味が惹かれるわ。ここでみすみす放り投げてちゃ魔術の探求に携わる者として失格よ」
彼女は興奮気味にそう言い残すと、駆け足で去っていった。おい、図書館の中で走ってはいけないと教わらなかったのだろうか。親の顔を……見ると藪蛇の予感なので辞退しよう。
「おまえさんらの主は相変わらず興味のあることに猪突猛進だな」
「お嬢様らしいといえばらしいけれどね」
「あの様子だ。調べ物にはまだまだ時間が掛かりそうだ」
「責任の一端は君にあるけど?」
「違いない」
場に残された俺とキスカは顔を見合わせると互いに肩をすくめた。
「そう言えばカンナ君。実はさっき、こんな本を見つけたのだけれど」
キスカは両手に持つ積み重なった本の中から、器用に一冊を引き抜いた。反射的に受け取った俺は、題名を見て後悔した。
ーー王子と王様を親子丼で頂く俺(♂)の成り上がり伝説。
「ってアホかぁぁッ!
BL
本じゃねぇか!」
親子丼なのは間違いないが色々と突き抜けすぎる題名だな!
もしかしてさっき俺が読んでた本と作者は同じか? 題名が似てるし。
「私は以前から不思議でならないわ。どうして男は女同士の恋愛は好むのに男同士の恋愛は忌避するのか」
「知るかッ! ……乳の有無じゃねぇの?」
俺はどちらかっつーと百合は否定派だ。百合カップルが一人の男に惚れるハーレムルートは大歓迎だが。
「私はどっちもいけるわ。薔薇も百合もばっちこいよ。あ、恋愛対象はちゃんと男性だから安心して。こうみえて、私にはちゃんとおっぱいあるから。カンナ君ならいつでも大歓迎よ」
「そんな豆情報はいらねぇよ! さりげなく婚活するな!」
爽やかスマイルで親指で『b』とするキスカに仄かな殺意を抱いた。女性ながら男性と間違えるほどの整った顔立ちだけに苛立ち倍増だ。
この後、書庫内で(しかも任務中に)騒ぎすぎだと、スケリアとアガットに怒られました。釈然としない。