Kanna no Kanna RAW novel - chapter (102)
第九十三話 カクウマシカウマ(訳:サイズが無かったようです)
書庫での調べ物が開始してから早くも三日が経過していた。
調べ物
の事に関してはあまり進展は無いようだが、ファイマに気落ちした様子はない。他の知識欲に関しては充実した時間を過ごせているからだ。
あのお嬢様は盛大に寄り道したあげく、目的地を忘れるタイプだな。調べ物が終わるのは果たしていつになる事やら。
どうでも良いが、この三日間で『〜〜〜を頂く俺の(or私の)成り上がり伝説』シリーズを何冊か発見した。作者はやはり同じのようだ。もしかして一部の層では人気シリーズなのか? 中には、家族丸ごと(男女含む)を『性的』に頂くというトチ狂ったような内容すらあった。人妻や未亡人なら食指は動くが、さすがにネタが雑食過ぎる。そしてなぜか、キスカが男女の同性愛に関する本を推してくる。だから、俺は
同性愛
いった非生産的ネタはあんまり好きじゃないんだってば。
新たなイベントが発生したのは、護衛を始めてから四日目だ。
与えられた客室にて朝食を終えた俺達三人は、ファイマの泊まっている部屋の前で彼女の準備が終わるのを待っていた。
そんな時、執事服をきっちり着こなした初老の竜人族男性が廊下の先から現れた。通りがかりではないのは、まっすぐにこちらに近づいてくることから明らかだった。彼は俺達の前で立ち止まる。
「こちらはファルマリアス・アルナベス様の泊まっているお部屋で間違いないでしょうか?」
「そうですが……失礼ですが貴殿は?」
カクルドが訪ねると、映画のワンシーンで見たような優雅な一礼をしてから口を開いた。
「私はドリスト家の使用人をしておりますゼストと申します。以後、お見知り置きを。本日は我が主からの便りを持って参上いたしました」
そう言ってから、彼は胸のポケットから一枚の封筒を取り出した。
「……少しお待ちいただきたい」
断りを入れてから、カクルドは部屋の扉をノックした。数秒待つと扉が開き、ランドが顔を出した。カクルドが小声で来客の報を伝えると頷き、部屋の外に出た。
「護衛頭のランドだ。ファルマリアス様へのご用件なら私が自分が承りましょう」
ガゼスはランドに封筒を渡した。
「こちらは?」
「ドリスト家は三日後に
夜食会
を開催する予定です。遠方からディアガルにお越し頂いたファルマリアス様にも、この国に慣れ親しんでいただくためにぜひ当パーティーにご招待したいとのことです」
つまりは招待状ってことか。
「了解した。私が責任を持ってお嬢様にお渡ししよう」
「明日の夕暮れにまた参りますのでお返事はその時に。色よい返事をお待ちしております」
また一度優雅な礼を最後に、ゼストは去っていった。その後ろ姿を見送ってからスケリアが深刻そうに口を開いた。
「ドリスト家か……」
「有名どころなのか?」
「御家の位はアルナベス家と同じ伯爵ですが、帝国三大公爵家の一つである『オーロティ公爵家』。その派閥の筆頭貴族でもあります」
ディアガル帝国に存在している公爵家は三つ。
ルキスの実家である『アーベルン家』も確か公爵家。今、名前の出た『オーロティ家』の他にあともう一つ公爵家があり、これらを総じて『帝国三大公爵家』と呼ばれている。この辺りの知識はギルドの貴族講習で習ったので覚えている。
「……とりあえずお嬢様に確認を取ろう。大変申し訳ないが、カクルド殿とスケリア殿の両名は部屋の外で引き続き待機していただきたい」
護衛として派遣されてはいるが、騎士団の二人はディアガル所属だ。彼らの前で話し込むのは何かと問題があるのだろう。
「……ん? 俺は?」
「君は正式にディアガルの所属というわけでもないし、我々とも個人的なつながりを持っている。話し合いに参加してもらって構わないさ」
「我々二人なら問題ありません。護衛任務の一環として、盗み聞きしようとする不定な輩から客室の外を警護いたします」
「むしろ、緊急時の指揮官殿であるのなら話し合いに参加しておくべきだと自分は思います」
あ、その設定はまだ生きてるのね。
騎士団の二人を扉の外に残し、ファイマの支度が終わったのを見計らってランドとともに部屋の中に入った。俺を連れて戻ってきたランドにファイマは首を傾げたが、手紙の件を聞くと頷き、室内のソファーに腰を下ろした。
ランドからドリスト家の手紙を受け取ったファイマは中身を確認した。
「来るべき時が来てしまった……というのは大袈裟すぎる言い方よね」
一度目を通すと、小さく息を吐いてから座っていたソファーの背もたれに体を預けた。
「どうすんだ? 明日返事を聞きにくるって話だし、手袋でもたたきつけるか?」
「それじゃ決闘の申し込みでしょ……。国賓待遇として迎えられている以上、この国の有力貴族の申し出は無下にできないわ。……こういった面倒を避けるためのお忍び旅行だったのにね」
「ですがお嬢様。国賓待遇で迎えられたからこそ皇居内の書庫に閲覧が叶ったのです。そう悲観するばかりでもありません」
「うぐぅッ……」
効率と言う点では、町の書店巡りより勝っているのはファイマも理解していたのか、ランドの言い分に言葉が詰まる。
「べ、別に行かないとは言ってないわよ。……でも私、パーティーとかあまり好きじゃないのよね」
人見知りを妙な方向に拗らせているからな、ファイマは。不特定多数、さらには他国の貴族様が参加するパーティーなど苦行に他ならない。
「返事はどうしましょうか?」
「招待を受けるしかないでしょう。ここで断って後の外交で妙な難癖付けられたら困るし」
これが地元だったらつっぱねてたんだけどねぇ、とファイマはヤレヤレと肩を竦めた。
「お嬢様。パーティーに参加するにしても、着ていく
衣装
がありませんよ」
「しまった……それがあった」
キスカの言葉でファイマは額に手を当てた
「ドレスぐらいならあの中にあるだろう」
アガットは部屋に備え付けてあるクローゼットを指さした。興味本位に開くと、絵本や漫画に出てくる上等そうな
衣装
がズラリと並んでいた。さすが国賓待遇。まさか衣装まで完備しているとは。
だが、キスカは溜息をまじえながら首を横に振った。
「駄目ね。私ならともかくお嬢様には着せられない」
「なぜだ?」
「……お嬢様のスタイルが良すぎて、サイズが合わないのよ」
自然と、室内にいる全員の視線がファイマの富んだ『胸』に集中した。
仮に巨乳を『上・中・下』と分類すれば間違いなく『上』に属するであろうたわわな膨らみだ。非常に納得のいく理由である。
「あの……恥ずかしいからみんなそんなに見ないでちょうだい」
お嬢様の恥ずかしそうな顔、ごちそうさまです。
余談ではあるが、某狼娘は『限りなく上に近い中』で、某銀髪エルフさんは『特上』である。分類が増えてる? アレは例外的すぎて三段階に収まらないだけだ。
「上等な造りをしているとはいえ、
魔術士風
の格好でパーティーに参加するわけにもいきませんし……どうしましょうか」
キスカは判断を仰ぐようにランドに言った。
「仕立屋を呼ぶしかあるまい。我々も服飾に関しては門外漢だからな」
「ですが、有力貴族が主催するパーティーです。規模はそれなりになるでしょうし、どこの御家も仕立屋に注文を出しているはずです。横から割り込んで果たして三日後のパーティーに間に合わせてもらえるでしょうか」
アガットの言葉で室内にいる全員が考え込んでしまった。
ところが、意外すぎる話だが俺には一つ、心当たりがあった。
「俺、紹介できる服飾店知ってるわ」
「ーーーーって、
カクシカウマウマ
な訳よ」
「さすがにそれだけで事情を理解できるほど俺は聡くねぇぞ、あんちゃん」
「あ、やっぱり?」
と、言うわけでやってまいりましたよ隠れた名店『ビティス服飾店』。訪れたのはこれで二度目だが、店主であるドワーフ族のスミフは俺のことをまだ覚えていてくれたようで、店に入ると快く迎え入れてくれた。
俺は改めてスミフに事情を説明した。
「なるほどね。そこの後ろにいる赤髪のお嬢様の服を急いで用意して欲しいってわけか」
スミフは腕を組んだまま、一緒に来店した
お嬢様
に目を向けた。当初は俺一人で頼みごとをしにくる予定だったのだが、仮に了承を得られた場合、一々往復するのが手間だと付いてきたのだ。護衛には俺を除けばキスカとアガットが同行。他の面子は
ビティス服飾店
が断られたときのために、別行動で他の服飾店を探している最中だ。
「無理に、とは言わないが引き受けてくれないか、スミフのオッサン」
見た目が子供のスミフにオッサン呼ばわりは違和感が凄まじいな。
スミフは笑顔を浮かべながら頷いた。
「いいぜ、引き受けてやるよ」
「本当か? 恩に着るよ、スミフのオッサン」
「いいてことよ。他ならぬ娘の恩人からの頼みだしな」
「……ふんッ、せいぜい私を失望させないで頂戴」
「おうよ! 期待しててくんな!」
例の人見知り故の傲慢な発言が出てしまうが、そんなファイマにスミフは気前の良い笑い声を上げた。
「おいかあちゃん! ラズ! ちょっくら来てくれ! 急ぎの仕事が入った!」
呼び声から少しして、奥からスミフの妻であるルーズとその娘であるラズが出てきた。
「あ、カンナさん、こんにちは!」
「あらいらっしゃいませ。今日はどのようなご用件で?」
元気の良いラズに続いて、柔らかい雰囲気のルーズ。
「こっちにいる貴族のお嬢様が三日後にパーティーに出るんで、急いでそのパーティーに着ていく衣装を仕立てて欲しいんだよと」
「あらあらまぁまぁ」
表情はゆるふわのままだが、ファイマを見るルーズの目が光ったーーというのは言い過ぎだが、そう思わせるほどに真剣味を帯びた。レアルと以前に訪れたときと同じパターンだなこれ。
「詳しい注文は後で聞くとして、先にサイズを測っちまおう。かあちゃん、頼む。ラズも手伝ってやれ」
「分かったわ。さぁお嬢様、こちらへどうぞ」
ガシッ。
「あ、あの、そんなに腕をひっぱらなくても……って力強ッ!?」
「あらあらまぁまぁ、これまた随分と弄……飾りがいのありそうな子だわね」
「今『弄る』って言いそうになったわよね!?」
「お嬢様ッ、お待ちください!」
「ちょ、待ってよ〜」
以前にも見たような一幕を経て、店内にいた女性陣は全員、店の奥へと消えていった。後に残されたのは野郎陣だけである。
「奥さん、相変わらずっすね」
「今回あんちゃんが連れてきたお嬢さんもべっぴんさんだからな。かあちゃんの情熱に火が付いちまったようだ」
「……ファイマ様は大丈夫なのだろうか」
アガットの心配を余所に、店の奥からは賑やかな声が響いてきた。
「おお……お嬢様の胸、おっきいですねぇ。アレですね、良い物をたくさん食べているからでしょうかね。うらやましいですね。……もぎ取りたいですね」
「もぐッ!?」
「ちょっと分けてくださいよ」
「無理だからね!?」
「こらこらラズ。お客様相手に物騒な事を言わないの。……でも、あなたも本当に逸材だわ。絹のようにしっとりとした肌と、緩やかでありつつももっちりとした弾力を持つ胸。腰は括れているようでいて程良い肉付きで、お尻も素晴らしい安産型。私が男ならむしゃぶりつきたくなる体つきだわ……じゅるり」
「……あの、褒めてくれているんだと思いますけど、褒め方ってありません? っというか、最後に舌なめずりの音が聞こえた気がしますけどッ!?」
ビティス
母娘
の突っ走り具合に、ファイマの奴もなんちゃって上から目線の態度をとる余裕が無くなっていた。
「申し訳ありませんがその辺りで勘弁してもらえないでしょうか」
お、キスカからの助け船がーー。
「お嬢様は理性的に見えて
精神
は紙装甲なんです。これ以上褒められてしまうとーー」
「しまうと?」
「ーーどうなるんですか、お嬢様?」
「知らないわよ!?」
「……駄目ですねお嬢様。駄目駄目ですよ。ここできっちりボケを返してもらわないと話が続かないじゃないですか……」
「あなた本当に私の護衛なの!? 主に漫才を求める護衛なんて聞いたこと無いわよ!」
ーー本当に助け船か?
「おい貴様、本当にこの店は大丈夫なのだろうな」
「…………ああ、うん」
「そこは間を置かずに即答すべきだったなおい貴様ッ!」
「ちょッ、大丈夫だって! この店は貴族だけじゃなくて皇族も利用してるって言う話だし!」
激昂したアガットに胸倉を捕まれた俺はあわてて説明する。
「何でそんな店を貴様が知っているのだ! ド田舎出身のド平民とは縁もゆかりもないだろうがっ!」
「そりゃおまえウマウマカクシカでッ……」
「分かるかッ! 確実なのは貴様のせいでお嬢様が辱められていると言うことだ!」
言葉責めだね!
「会話の後半に関しちゃぁ、護衛のねーちゃんっぽかったがな」
スミフの冷静なツッコミは残念ながらアガットの耳には届かなかった。
女性陣とはまた違ったベクトルで盛り上がる野郎陣であった。