Kanna no Kanna RAW novel - chapter (107)
第九十八話 炸裂! サウザンド・ブレイカー!
その男、名をマダメオ・チャラオスという。
比較的端正な顔立ちに、程良く筋肉の付いた躯。魔術士として平凡よりは一つ頭ほどは抜き出ており、優れた才能を有している。さらに、彼の実家は代々から続く皇居勤めの一族であり、父親も現子爵の位に付く官僚である。
貴族達にとってはありふれた、だが平民にとってはまさに
勝ち組
の素養を持ち合わせた憧れの的であろう。町に繰り出せば、玉の輿を狙い彼に近づこうと、あるいは純粋に彼の容姿に惹かれて言い寄る女性はそれなりに存在しており、またはそのオコボレに預かろうとする男が群がりもする。そんな彼が平民の間では『女好き』の貴族子息と評価されていた。
だが、その評価は確かに正しいのだが、少々間違った認識でもあった。
貴族の間で囁かれている彼の評価は『超・女誑し』。
綺麗な女性にとことん
目が無い
のだ。
普段は少し軽薄だが気さくな貴族なのではあるが、一度気に入った女性に対しては『一週間断食させられた肉食獣』のような貪欲さでその
女性
を付け狙う。
その女性に心を決めた相手がいようがいなかろうが関係なしに、マダメオはとにかく気に入った若い女性を一度手中に収めなければ気が済まないのだ。手段は貴族としての権力に止まらず、金銭的な追い込みや、町で子飼いにしているごろつきどもによる暴力的手段など。そして手中に収めた途端、彼は女性に対して興味を失い、多少の手切れ金と共に放り捨てるのだ。
女性やその家族、知り合いや恋人達はマダメオの所業を訴えようにも、貴族を相手に真っ向から立ち向かえるはずもない。事実を知らない周囲の人間にマダメオの本性を伝えようにも、彼の子飼いが目を光らせており、下手に情報を漏らせば悲惨な目に遭わされてしまう。
結局は、マダメオの被害を『災害』のように思いながら泣き寝入りするしかないのだ。
ただし、そんな彼であっても、つい最近に手には入らなかった女性がいた。旅の魔術士だ
町中で見つけた彼女をマダメオは一目で気に入ってしまいどうにか口説こうと近づいた。だが彼女は取り付く島もなく、あまりにも『失礼』な彼女に対してついつい我慢がならずに少しばかり声を荒げてしまった。そこに現れた『謎の乱入者』によって己は謂われのない暴力を振るわれ、女性は連れ去られてしまう(一部はマダメオの主観です、ご了承ください)。
義憤
に駆られたマダメオは町の手下を引き連れて、貴族に刃向かう愚か者に鉄槌を下し女性を救い出そうとするのだが、結果としてマダメオは謎の負傷をしてしまい、女性も不届き者を逃してしまう。さらにその直後、手下たちが町中で問題を起こし一部の者が補導されてしまう。まさしく踏んだり蹴ったりである。自分はただ、旅の女魔術士を屋敷に連れ込んで手込めにしようとしただけなのに!(一部はマダメオの以下略)。
そこからしばらく、マダメオは自宅で療養を余儀なくされた。負傷した鼻はまるで石が高速で直撃したような傷を負っており、鼻の骨が複雑怪奇にねじ曲がっていたのだ。
幸いにも、父親が手配してくれた『腕利き』の魔術士が治療を施してくれたお陰で鼻は元通りの整った形を取り戻すことができた。
そんな彼を不憫に思った父親は、今度催されるドリスト伯爵家のパーティーに、自らの名代として息子を参加させる事を思いついたのだ。そこでめぼしい女でも見つけられればマダメオを慰める事が出来るだろうと。実のところ、マダメオの女誑しは遺伝であり、父親もかなりの数の女性を泣かせてきた実績がある。まさに、悪い意味で父親の背を見て育ってしまったのだ。
ただし、貴族主催のパーティーであるからして、それに参加する女性もまた相応の身分となる。仮に己よりも位の高い女性に手を出せばとんでもない事態に発展する。その為、父親はマダメオに『手出し厳禁』の女性やその女性の知り合いを徹底的に教育した。マダメオもその程度の事は理解しており、少なくとも伯爵以上の位を持つ貴族の親類に手を出すようなことはなかった。だが、それ以外の女性に対してはやはり遠慮なく毒牙に掛けてきた。
ドリスト家主催のパーティーであってもそれは変わらずだった。
父親の心遣いに感謝しつつ、マダメオはパーティーを楽しみながら女性の品定めを開始した。
そして、先日に取り逃がしたはずの女魔術士を見つけたのだ。
前に町中で見つけたときは旅の魔術士風の格好だった。だが、見事なドレスで着飾った彼女は、彼がこれまで手に掛けてきた女性とは比べものにならないほどの美しさを持っていた。
マダメオは大急ぎで己の記憶を掘り出した。ディアガル帝国の中にあって有力な貴族やそこに強い繋がりを持つ家。手出し厳禁とされている者達の顔をすべて思い出し、だがそのどれともファイマと繋がりを持たなかった。
ここで冷静な判断力をもってあらゆる『可能性』を模索していれば『彼女』に手を出すのを躊躇っただろう。マダメオは『女を手込めにする』事に関しては知恵は回るが、それ以外の事に関しては愚鈍であった。悪知恵は回っても、普通の知恵が回らなかったのだ。加えて、先日の鬱憤も重なり、彼の中から躊躇の言葉はなくなっていた。
女性
を決めたからと言っても、相手は貴族の血縁者だ。権力の上下関係はあるが正式な訴えや証拠、証言がそろえば下の階級が上の階級を負かすことは多々ある。さすがに、男爵が公爵を負かした例は極少数ではあるが、それでも可能性としては十分にあり得る。
よって、パーティーの参加者に手を出す場合は、マダメオも策を弄する。
事前に会場内で給仕をするウェイターの数人を買収し、手駒として引き入れる。続いて、自分と同じような趣味を持つ貴族の誰かしらと手を組むのだ。
そしてパーティーの当日。会場内で気に入った女性を見つければ、まず買収したウェイターに合図を送り自然な形で『飲み物』を己の元に呼び寄せる。もちろん、その『飲み物』には仕込みがしてある。飲み物を受け取った後は女性へ近づき、挨拶混じりに飲み物を手渡す。女性が飲み物に手を付ければ準備は完了。
しばらく待てば、『仕込み』によって女性は足で立っていられなくなる。そこを、咄嗟を装って抱きかかえる。そのまま女性をどこかで休ませるという面目で『連れ出す』のだ。
無論、パーティーに女性一人で参加、というのは少々不用心だ。周囲には護衛が固めている場合もある。それに関しては、手を組んだ貴族の出番だ。女性が倒れたときに咄嗟に動き出そうとした者を見つけだして当たりをつける。そして、マダメオが女性を会場から運びだそうとしたときに駆け寄ろうとした時に、事故を装って彼らにぶつかって貰うのだ。
無駄のない完璧な連携により、マダメオは無事に目的の女性を腕に抱え、会場を出ることが出来た。後は人気のない場所に連れ込めば……。
「くっくっく、人にさんざん恥をかかせてくれたのだ。どのような目に遭わせてやろうか」
腕の中にある極上の美女を目に、マダメオは既に彼女のあられもない姿を妄想していた。興奮が限界にまで高ぶり、鼻息も荒くなっている。
彼は知らない。
遠からずうちに、自らが重ねてきた蛮行の
代償
を払うときが迫っている事に。
*
ランドたちとぶつかった貴族はチャラ男と
仲間
だ。チャラ男の登場から感じていた違和感はおそらく、チャラ男が仲間になにかしらの指示を送っていた仕草。事前に決めていた合図で指示を送り、直衛二人を引き剥がすタイミングを見計らっていたのだろう。
ファイマが体調を崩して倒れそうになったのも偶然ではないはず。原因は彼女が直前に飲んだグラスの中身。そこに何かしらの『仕込み』が成されたと見るのが妥当だろう。だが、チャラ男がグラスを受け取ってからその中身に仕込みをするような素振りは一切見えなかった。だとすると、グラスを配膳していたウェイターそのものも怪しく思えてくる。
気づけたのは、チャラ男という男がどのような人間であるかを事前に知り得ており、疑いの目を向け続けていたからだ。このパーティー会場で初めて顔を見ただけであれば、俺は行動を起こすのにもう少し時間が掛かったかもしれない。また、出遅れを取り戻そうと慌てて動けば、チャラ男の仲間に俺がファイマの関係者だと分かり、何かしらの妨害を受けていた可能性もある。いち早くにチャラ男の意図を察せたのはまさに僥倖だった。
さて、俺は現在、廊下を進むチャラ男の後を
隠密追跡
中である。
今すぐにでもチャラ男の腕の中にあるファイマを奪還しチャラ男を
お仕置き
してやりたい気持ちが強かったが、廊下でチャラ男に大声でも出されたら面倒だ。もし衛兵でも来られたら、俺が加害者にされかねない。ファイマの弁護があろうとも、「体調を崩された女性を運んでいただけだ」と突っぱねられればそれまで。今はまだ機を伺うときだ。
ナニやアレやらの想像で頭が一杯なのか、チャラ男は前方に注意を払ってはいても背後への警戒は疎かだった。屋敷内の巡回で通りかかる警備がいれば物陰に隠れてやり過ごす事はあっても、己を追跡する
俺
に対しては気づいていなかった。あのチャラ男、女性一人を抱えながら物陰に隠れるスキルが妙に上手い。さては『この手』の手口を使ったのは一度や二度ではないのだろう。俺か? 俺はほら、アレだから。
そうこうしているうちに、やがてチャラ男が屋敷内にある一室の前で立ち止まった。奴は右を見て左を見て周囲に人気が無いのを確認し、部屋の扉を開いて素早く中に進入した。鍵が掛かっていなかったことから客間の一つだろう。
改めて思ったが、まさか他人の屋敷でナニをおっぱじめる気かあのチャラ男。誰か来たらどうするつもりだろうか。
チャラ男の短絡をどうのこうのと考えてこのまま手を拱いている場合ではなかった。チャラ男が入っていった部屋の前にたどり着いてから、俺は気配探知の感度を上げ、室内を含み周囲に誰もいないのを確認する。これなら少しくらい騒ぎが起きたところで誰かが駆けつけてくる心配はないな。
意を決した俺は扉をノックした。一度目では居留守を決め込む気か無反応であったが、二度目で部屋の中から物音が聞こえてきた。
それから三度目、四度目と繰り返していくと居留守を我慢しきれなくなったのか、扉に近づく気配を感じ取れた。俺はそれに伴い、あえて扉から数歩離れた位置にて待機。
ゆっくりとドアノブが回転し、扉がわずかに開かれた。
「どっせいやぁっ!」
扉に向かって、蹴破る勢いで
B
キックを放つ。
「ぐむごぅっ!?」
蹴りによって一気に解放された扉が、
扉
を開こうとしていたチャラ男に襲いかかる。鈍い音と悲鳴が同時にあがる。チャラ男に衝突した衝撃で、扉が再度閉まってしまうが、扉越しにチャラ男が床に倒れたと思わしき音が響く。
俺は素早くドアノブに手を掛けて再度扉を開く。思っていた通り、チャラ男はこちらに背を向ける形で俯せに倒れている。ただ、まだ意識は残っているようで、床に手を突いて立ち上がろうとしていた。
顔を見られると面倒くさい事になりそうだ。
そう考えた俺は、咄嗟に氷の精霊に命じて、直径三センチほどの円柱を具現。そいつを握りしめ、
チャラ男の
尻穴
に勢いよくぶち込んでいた。
「$%#<?!#〜)$%ッッッッ!?!!」
チャラ男は読解不能な謎言語を発しながら全身を硬直させ、やがて力なく地面に伏して気絶した。時折ビクビクと躯を痙攣させ、倒れた横顔は白目を剥き口からは泡を吹いている。
ーー秘奥義『
千年
・
殺し
verアイス』。
本来はピストルの形で固定した人差し指を相手の尻に突き刺す技だが、今回は氷の精霊術で代用してしまった。具現した氷柱の長さは伸ばした俺の指先から肘ぐらいの長さなのだが、その半分ほどが奴の尻に埋没していた。
勢い任せに発動した禁断の技の威力に、俺は戦慄した。
どうしてこの禁断の秘奥義を選択してしまったのだろうか。
ーーそこに尻穴があったからだ。
どこからかそんな声が聞こえた気がしたが、気のせいだと信じたい。