Kanna no Kanna RAW novel - chapter (110)
第百一話 不届き者には植木罰
──それは、女性の悲鳴によって幕を開けた。
昨晩に開催されたパーティーは、目立った問題が無く終わりを迎えた。ただ、出席者の一人がパーティーの最中に体調を崩し、屋敷内の一室で休憩していたことが唯一、特筆する出来事か。
体調を崩したのは
他国
からはるばるやってきたご令嬢で、帝国が『国賓』として迎えている。タイミングよくドリスト家がパーティーを開催する事になっていたので、長旅の疲れを癒しより深くこの国のことを知ってもらおうと、国賓のご令嬢を招待する運びとなったのだ(彼女が既に一ヶ月近くドラクニルに滞在してたことは、ごく一部の者しか知らない)。
招待した側としては医者を手配しようと護衛の者に進言したが「お嬢様は慣れた者を除き、必要以上に肌を見せたり触られたりするのを嫌うので結構だ。だが、御家の心遣いは感謝する」と断られた。だが、国賓に万が一のことがあればパーティーの主催であるドリスト家や、ドリスト家が筆頭貴族として所属している『オーロティ公爵家』の名に傷が付く恐れがあった。
しかし、護衛をしていた者達が非常に紳士的な態度をとっていたことで無理強いをすることもできずにこの時点では素直に従うしかなかった。そして、体調を持ち直したご令嬢が当家に「心配をかけて申し訳有りませんでした」との丁寧に感謝の意を伝えたことで、結果的には間違っていなかったと安堵することとなった。ただし、回復したご令嬢が帰る際、非常に歩きにくそうにしていがのが不思議であったが、本人は「問題有りません」と少し顔を赤くしながら答えていた。
小さなハプニングがあった事以外は、おおむね盛況の内に終了したと見て間違いない。昨晩の内に残った料理の処理や使われた食器の後かたづけは既に完了していた(なお、料理の残りはドリスト家の使用人や警備兵達が美味しくいただきました)。
残りはパーティーで使われた会場の掃除だ。大きなゴミは既にまとめてあったが、細かい部分は日が昇り明るくなってからでないと見落としがちだ。他にも招待客の落とし物があれば早急に持ち主を確認し届けなければいけない。
祭り
は終わった後、片付けまでが祭りである。
早朝、日が昇ってから間もない頃、ドリスト家に勤める一人の使用人が出勤したときのことである。まだ仕事の時間には早かったが、使用人の中では比較的真面目な彼女は普段から早め早めの出勤を心がけていた。特にこの日は普段の仕事の他にもパーティーの後片づけがあるので、いつもより気合いが入っていた。
彼女が『ソレ』を見つけたのは、使用人用の勝手口に向かう途中にある雑木林の中だった。
彼女は昨晩にも同じ出入り口から屋敷を出て、同じルートで帰宅をしている。夜も更けた時間帯では星明かりこそあったが殆ど光源はなく視界も悪かった。だから雑木林の草むらに埋もれている『ソレ』に気づくことがなかった。
巧妙なのが、明かりがなければ視界に入らず、だが逆に朝日程度の明かりがあれば間違いなく気づける程度の位置に隠されていたことか。しかし、第一発見者である彼女に理屈を冷静に判断する余裕は欠片もなかった。
それはそうだろう。
何せ、全裸の男があられもない格好で放置されていたのだから。
──正確には全裸とは言えなかったかもしれない。男はちょっと特殊な趣味の人間が好むような形で荒縄が縛られており、男性としての大事な部分を強調するような形で拘束されていた。しかも尻の穴にはどこかの樹木から切り取ったらしい幹が突き刺さっており、あえて表現するならば『人間を鉢植えにした植木』だろう。さらに恐ろしいのが、男の主立った『毛』が見事に剃り上げられていた。一番目立つ頭髪は完全に刈り取られ、朝日を微妙に反射している。そしてよく観察すると、『下半身の毛』もこれまた綺麗に刈られていた。
第一発見者の甲高い悲鳴によって、まずは屋敷に常住している警備兵達が武器を携えて飛んできた。彼らは無惨な姿で拘束されている植木鉢人間の姿を目にすると、『ソレ』の尻に刺さっている枝の太さに思わず己の尻を押さえた。人間の限界に挑戦しているような太さに誰もが戦慄した。
最初こそ光景の
衝撃
に言葉を失っていた警備兵達だったが、さすがに発見者の女性よりは回復が早かった。我に返ると警備の一人が枝の幹に一枚の紙が張り付けてあるのに気がついた。
──この者、女性に狼藉を働く不届き者也。厳しく捜査されたし。
狼藉されているのは、明らかにこの植木鉢にされている剃髪男なのだが誰かがそこにつっこみを入れる前に事態はさらに急展開を迎える。ドリスト家の周囲を偶然にも巡回していた帝国の騎士団が、女性の悲鳴を聞きつけて駆けつけてきたのだ。
現場に到着した騎士団は迅速に行動を開始し、ドリスト家の者達への事情聴取や植木鉢男の身元証明。加えて謎の文章を記した紙の検証など行った。
やがて、植木鉢男がドリスト家のパーティーに参加していたマダメオ・チャラオスという子爵家の長男であることが判明した。彼はパーティーの最中に姿を消しており、翌朝に無惨な姿で発見されるまで行方不明だったことがわかった。子爵家の者が被害を受けた事もあり、騎士団は当初犯人の捜索に乗り出す──はずだった。
マダメオには以前から女性関連の不穏な噂が絶えなく、しかし明確な証拠も被害者の届け出もなく手出しができなかった。だが、彼の亡骸(死んではいない)に残されていた謎の文章を切っ掛けに騎士団は本格的な身辺調査を行った。その結果、まぁ出てくる出てくる罪状の数々。被害者の名前こそ名誉のために明かされなかった、貴族ご令嬢を始め平民女性を相手にした数多くの不貞行為が発覚した。
貴族ご令嬢には媚薬を盛り、強引にも不貞行為の同意を求めその音声を魔術具に録音し脅しの材料にしていた。市民を相手にはそれこそ貴族としての権力を使って無理矢理にも暴行を働き、仮に訴えがあったとしても皇居勤めの父親がそれを握りつぶしていた。
さらに捜査を進めていくと、その父親にも女性関連の多くの罪状があることが判明。手段は息子と全く同じであり、むしろ息子よりも長年続けていたことだけあって罪の多さは上回っていた。
親子二代に渡るこの不祥事に、ドラクニル皇家はチャラオス家に対して処罰を下した。
まずは子爵から男爵への降格。領地は没収の上、被害者女性への損害賠償。チャラオス家の者は特別な許可が下りない限り帝都への立ち入りを禁じ、魔獣の被害が最も多いとされている辺境地に派遣されることとなった。以降、彼らはその地でまさしく死ぬまで戦いに駆られることとなる。ただし、チャラオス家の当主は既にマダメオを産んだ妻と離婚しており、チャラオス家には屋敷に勤める使用人たちを除けば親子二人しかいない。使用人たちがチャラオス親子に辺境地までついて行くかどうかは強制ではなく本人の意思に委ねられた。彼らの不貞行為から生じた因果応報に巻き込まれる者は少数だった。
さらに、チャラオス家の親子二人には『女性に不貞行為を働けば即死に至る』という、囚人用の行動を阻害するための特殊な魔術具を埋め込まれた。帝都内政機関や騎士団の目の届かないところで再犯が繰り返されないようにするための措置だ。
もっとも、父親の方はともかく息子の方はその必要がなかったかもしれない。
なぜなら彼──マダメオはあの晩以降、『
男性
機能』を失ってしまったからだ。原因は不明だが、女性を相手に興奮すると、尻に強烈な痛みを感じるようになってしまったとか。その痛みは男性機能は即座に萎えさせて、本人は気絶までしてしまう。医師の診断によると、深い
心的傷害
を何かしらの要因で植え付けられたというが、詳しいことは不明である。
なお、当事件を担当したのは、マダメオの遺体(だから死んではいない)が発見された当初に一番早く駆けつけた『幻竜騎士団』であったことを最後に付け加えておく。
ドリスト家のパーティーが終了してから一週間ほどが経過した頃、俺は幻竜騎士団の本部に呼び出されていた。用件はもちろん、マダメオことチャラ男が引き起こした件についてだ。
本来なら今読み終えた調書は部外秘なのだが、レアルが特別に読ませてくれたのだ。事の顛末を追うにはこれを読むのが一番早いという理由だ。
案の定チャラ男は同じ手口で多くの女性を泣かせてきた下種だったようだ。しかも親子二代揃って。もしかしたらパーティー会場での一件も父親直伝の手口だったのかもしれない。
「ま、何はともあれ悪人は成敗されましたと。悪かったなレアル、手間を掛けさせて」
幻竜騎士団が植木鉢状態になったチャラ男の発見現場にいの一番で駆けつけたのはもちろん偶然ではない。パーティーから帰った後に騎士団屯所にまで急行し、翌朝の早朝に付近を巡回するようにレアルに手配してもらったのだ。
チャラ男を植木鉢にした者を捜査する動きが、いつの間にかチャラ男の犯罪行為を捜査する形にする事ができた。おかげで、チャラ男のファイマに対する不貞未遂は発覚することなくチャラ男に厳重な処罰が下ることとなった。
「礼を言いたいのはこちらの方だ。君のおかげで、ドラクニルとユルフィリアの間に致命的な亀裂が入るのを防ぐことができた。もし万が一、マダメオがファイマ嬢に傷の一つでも付けていればどれほどの事態に陥るか、想像するだけでもゾッとするよ」
ドリスト家のパーティーでチャラ男が『しでかした』という事実を知るのは、現場に居合わせた俺とキスカにランド。幻竜騎士団団長のレアルと副長のベクト。そしてドラクニル政府の限られた人間だけだ。レアルが個人的に信頼できる口の堅い人物らしい。
「それに、ファイマ嬢には少し悪いが、チャラオス親子を断罪する良い切っ掛けにもなった。奴らの黒い噂は以前からちらほら聞こえていたのだが、証拠が出てこず手が出せなかったのだ」
「そういや、チャラ男の仲間はどうなったんだよ」
会場内でランドとキスカに事故を装ってぶつかってきた貴族や、チャラ男に媚薬入りのグラスを渡した給仕は間違いなくチャラ男の共犯だ。
「給仕の方は、ファイマ嬢の一件が公にできないために直接的な処罰はできん。だが、仕える
伯爵
より位の低い
子爵
に、金銭を受け取って手を貸す愚か者だ。叩けばいくらでも
埃
が出てくるだろう。貴族仲間のほうも後ほど捜査の手が回るはずだ」
──これは後日談だが。
チャラ男に協力したドリスト家の給仕はレアルの予想通り何かと問題を抱えている男だったらしい。屋敷の調度品を秘密裏に売り払い、それを
元手
にして賭事にのめり込んでいたようだ。チャラ男に協力したのは、最近賭事で大負けしてできあがった借金の返済に困った所に声を掛けられたからだ。彼は『窃盗』の罪で捕らえられ、売り払った調度品の損害賠償を払うために長く過酷な労役を課せられることとなった。具体的な年数は聞かなかったが、生きて役目を終えられる可能性はかなり低い、とだけ教えられた。
ランドとキスカの足止めを担っていた貴族仲間の方は、残念ながら目立った罪状を見つけることはできなかった。おそらく、給仕と同じく金銭的なやりとりの上で協力していたとは推測できたが、明確な証拠は出てこなかった。だが、チャラ男の素性もあり詳しく調べてみると、彼らは国に対しての不正行為を行っていた事が判明し、チャラ男と同じように別口からの処罰が下されることとなった。
なお、チャラ男とその協力者たちには同じ罪状を犯したときよりもだいぶ重たい処罰が下されたわけだが、もしファイマに手を出した事実が発覚すれば、国家の外国関係に深い亀裂を入れかねない事態に発展する可能性もあったのだ。問答無用に『処刑』だったわけで、命があるだけましだと考えてもらおう。
「ただ、君に一つだけ聞いておきたい事がある……」
「ん? とりあえず不届き者は成敗されて終わりだろ?」
「あ……いや。……少し、個人的が疑問があってな」
「どうした、歯切れが悪いな。……まさか、チャラ男を植木鉢にしたのはやり過ぎだったか」
チャラ男が発見された時の悲惨な状況は、もちろん俺がランド達に指示した内容だ。正確には、ランドは俺とファイマが室内で『
色々
』していた時に扉の外で見張り役をしていたので、実質はキスカが一人で行った事だ。『全裸』『縛り』『剃髪(上も下も)』『植木』は俺の指示だが、縄の縛り方はキスカの独断である。まさか『亀甲縛り』にするとは思ってなかった。奴はよく俺の想像を超えていく。
「それを言うと、君の存在そのものがたまに私の予想を遙かに越えていくのだがね」
「…………////(テレッ)」
「主にそういうところだな。褒めてないからな」
美女からのジト目はご褒美でございます。
「女を食い物にしていた輩には相応しい罰だろう。君を咎めるつもりは毛頭無い」
同性
として、レアルもチャラ男には強い憤りを感じていたようだ。
「聞きたいのは、マダメオが使用した媚薬に関してだ」
チャラオス親子の罪が明らかになってからチャラオス家の屋敷を捜索したところ、被害者女性達に使用したとされている薬が発見されたのだ。詳しく調べると、市井に出回っている類の薬とは一線を画する強力な代物だったらしい。
「
性質
が悪いのは、躯に悪影響を与える『毒物』が混入されていない点だ。あくまで、服用者を
高ぶらせる
だけの薬だ。なので、解毒薬も存在せず解毒の魔術式でも効果が薄い」
服用した直後は間違いなく強制的に『発情』に追いやられるが、その後に副作用が一切見られない優しいお薬だという。ただし、調合に必要な材料がかなり希少であることと、効果が強力すぎること、加えて一度服用すると安易に解毒できないことから一般人でも手が出せず、貴族達であっても特別な伝手がなければ入手困難なレア物なのだ。
「薬を実際に盛られたマダメオの被害者の中には治療術式が扱える者もいたが、解毒術式は殆ど効果をなさず、ある程度『発散』しないと薬効が抜けなかったらしい」
『発散』とはつまり、アレがナニしてニャンニャンだろう。
────ん? 何でこんな話題をレアルが?
レアルは団長机に両肘を立て、手を口の前で組む。その仕草にどうしてか、俺の中にある
危機的状況感知装置
が凄まじい警報音を発した。
「……当初、私はてっきりナニかしらの手段でファイマ嬢が飲まされた薬の解毒を行ったと思っていたのだが、そもそも飲まされたのが毒ではなかったようだ」
レアルの視線が徐々に冷気を帯びていくのを感じる。
「そこで君に問いたい。果たしてどのような手段をもって、ファイマ嬢の『高ぶり』を鎮めたのか、説明してもらおうか」
不思議だ。背筋に冷たさを感じるのに汗が止まらない。
「どうした、答えられないのか?」
光が消失し、代わりに深い闇を湛えたレアルの瞳に見据えられ、俺は意図せずに大きく粘りけを帯びた唾を飲み込んだ。
「それはその……なんというか……えぇっと……」
冷や汗で背中をグッショリ濡らしながら、俺は必死になって言い訳を考える。
「よもや、マダメオの不貞行為を防いだ君自身が、ファイマ嬢との不義を結んだとは…………言わないよな」
バレてる! これ絶対にバレてるよ!? だって今のセリフ、最後が断定だったもん!
ファイマとの『
行為
』は搾り取られるかと思うくらいに激しく、ファイマが事前に防音の結界を張っていなければ確実にバレていただろう。初めてであるはずなのに本で得た耳年増な知識のせいか、クロエの時よりも凄いことになっていた、とだけは言っておこう。
彼女
の名誉のためにこれ以上説明するのは憚れた。
三回戦を終えた時点でようやく薬の効果が抜け切ったようだ。正常な判断力を取り戻した彼女は顔を両手で覆い、羞恥の余りに縮こまってしまった。その後、チャラ男の『始末』を終え、ランドと共に扉の前で見張りをしていたキスカと入れ替わり、ファイマの介抱と室内の後始末を頼んだ。籠もった濃密な空気は、窓を開けた上でファイマが風の魔術で換気を行った。すべてが終わり、綺麗にドレスを着直したファイマがキスカに支えられて部屋から出ると、ドリスト家の者に早退の件を伝えて皇居の客室に戻ったのだ。
医者に任せずに『済ませた』のは結果的に正解だったわけだ。おかげで誰にもバレずに後処理も終わり、下手人にも天誅が下った。
だが、ここに来て最もバレてはならない人物にバレてしまった。
ツルツルの脳味噌を必死に回転させて言い訳を考え出している間に、レアルはやがて深い深い深い溜息の後、呆れたような顔を浮かべた。
「君と彼女の間に
何
があったかは推測できる。ファイマ嬢との『関係』を必要以上に責めるつもりはない」
視線は未だに冷ややかなままだったが、目に正気の光が戻っていた。
「………………ぽ?」
決して惚れた「ぽ……///」ではない。驚いた「ぽ?」である。
「君が──カンナという男が女性に対して無理矢理関係を迫る下種な輩でないのは、私がよく知っている。止むを得ない状況であったのも理解しているつもりだ。……何だ、その鳩が大弓を食らったような顔をして」
「や、それ鳩死んでますから」
俺はレアルご自慢の大剣で真っ二つにされた上で竜の餌になる未来まで幻視していたのに、いささか拍子抜けだ。や、我が身が無事ならそれでいいのだが。
「ただし、女性に対して少々節操がないのは褒められないがな」
──グサッ!!
本日で一番ダメージの大きかった一言であった。