Kanna no Kanna RAW novel - chapter (115)
第百六話 おや? 珍しくコメディが含まれていない……。
奇しくも、ファイマが天竜騎士団の思惑を口にしている頃である。
「それで、貴様はおめおめと逃げ帰ってきたと、そう言う事か?」
「申し訳ありません。で、ですが一部隊員に過ぎない自分では、団長クラスのお方にどう反論できましょうか。下手をすれば自分が──」
「言い訳は聞きたくない。……しかし、貴様の言い分も分からないほど、私も狭量ではないつもりだ。良いだろう、下がれ」
任を果たせなかった部下を苦々しく思いつつも、それを極力表面に出さずに『彼』は命じた。部下は顔色を悪くしながらも一度礼を残し、足音を立てない程度に大急ぎで部屋を退出していった。
「シャルガめ、人が下手に出ていれば調子に乗りおって」
天竜騎士団団長テオティス・カトラテスは、彼一人だけになった室内で呟いた。歳は三十の半ばであり、整った容姿は皇居内に務める女中達に限らず、国内の女性達にも人気はあるが、この瞬間はその端正な顔立ちを忌々しげに歪めていた。
しかし、それも少しすれば落ち着きを見せる。団長室の机に座りながら、テオティスは、思案を巡らせる表情を取り戻した。
「だが
シャルガ
の横槍とは関係無しに、『あの冒険者』を取り込むのは難しいだろうな。それに、金や功名で動くタイプではない。むしろ、懐に入れれば我が騎士団の不和に繋がりかねん。下手に手を出すよりは、動向を観察するに留めた方が無難だろう」
顎に手を当てたテオティスが、再確認するように己の中にある
冒険者
の人間像を口にする。団員とカンナの会話はごく短めで切り上げられ、なおかつ人伝の情報でありながら、その内容はほぼ正鵠を射ていた。これは、カンナという人間が『単純』だからではなく、テオティスの明晰な頭脳があってこそ。天竜騎士団団長の肩書きは、伊達ではないのだ。
テオティスがその後しばらくは書類作業を続けていると、来訪者を知らせる扉のノック音が室内に響いた。筆の動きを止めたテオティスが入室を促すと、扉を開いたのは天竜騎士団の副団長であった。
「テオティス様、書類をお持ちしました」
「ああ、ご苦労」
副団長は二十代前半と若手ながら、テオティスを補佐する優秀な人間であった。出身も、テオティスには劣るも名家であり、竜騎兵としての技量も団長を除けば騎士団の内部で随一を誇っていた。
腕に抱えていた書類をテオティスに渡し、それに伴い幾つかの連絡を述べる。その内容は日常的な業務連絡であり、特筆した事柄は含まれていなかった。
だが、一通りを伝え終えれば敬礼の後に速やかに退出するのが常だったが、今日は少しばかり具合が違った。
「どうした副団長、まだ何かあるのか?」
曖昧な表情を見せたまま部屋を出ていかない副団長。テオティスな彼が何を考えているかを察しながら、あえて問いかけた。
「……白夜叉の取り込みはどうなったのですか?」
「やはりその件か。残念なことに結果は芳しくなかった。さらに言ってしまえば、以降の交渉も困難であろう」
「申し訳ありません」
「提案こそ貴様からだったが、それを承諾したのは私だ。貴様が謝罪する道理はあるまい。白夜叉の人間像を把握できたのだし、結果としてはそれほど悪くはあるまい」
「恐れ入ります。……ですが」
「このままでは幻竜騎士団がますます調子づくであろうな」
幻竜騎士団は史上最年少でAランク冒険者に至った『竜剣・レグルス』が数年前に発足した騎士団だ。以前より、元冒険者が軍に入り、後に名を馳せる英傑になった事例はいくらでもある。軍への入隊の直後に騎士に任命される場合も少なからずある。だが、入隊から一年足らずで騎士団を発足した例はかつてない。軍内の規約として『騎士として任命された者が皇帝の許しを得られれば、騎士団の発足を『可』とする』とあり、具体的な勤務年数や実績は記載されていないのだが、騎士団の発足を望む者は、殆どが軍の内外に名を響かせるようになった実力者ばかりだ。でなければ、騎士団を発足してもその団に所属する人員が集まらないからだ。皇帝陛下もその点を加味し、易々と騎士団発足の許可を出すことはない。
だが、レグルスの場合はなぜか
それ
が通ってしまった。これは、ディアガル帝国の大きな謎の一つとして今も真相は明らかになっていない。
経緯はともかく、現在の幻竜騎士団は既に帝国軍の内部にあって大きな『力』を有するほどにまで成長している。ここに、最近ドラクニルで名を知らし始めた『白夜叉』との繋がりが出来れば、幻竜騎士団はさらなる注目を集めるだろう。それを危惧した引き抜き工作であったが、結果は失敗に終わっている。
「先日のゴブリン討伐で、幻竜騎士団の軍内での発言力も大きくなっています」
「
天竜騎士団
が出ていれば、たとえ十体以上のジェネラルゴブリンが現れたとしても、冒険者どもの助力なく殲滅できたであろうに。まぁ、これは言っても詮無き事だ。当初の情報では、相手はゴブリンのみで構成された大集団であり、この時点では幻竜騎士団が適役だったからな」
──仮に、幻竜騎士団が壊滅し、ジェネラルゴブリン達の率いるゴブリン・リザードマンの大集団が帝都に迫っている事態になれば、その時こそ天竜騎士団の出番であったろうが、それは起こりえなかった『
可能性
』。まさしく無為な『たられば』の話だ。
「これからいかがなさいますか?」
「引き続き、幻竜騎士団の動向に注意しろ。これ以上奴らに派手な動きをされれば、帝国軍そのものを揺るがすやもしれん」
テオティスの発した予想以上に重たい物言いに、副団長は『反射』に近い心境で聞いた。
「幻竜騎士団は仮にも帝国軍の一部隊です。少々気にしすぎではないでしょうか」
「かもしれん。だが、ディアガル帝国の守護者は、過去の英傑達から血を受け継ぐ
貴族
だ。ぽっと出の寄せ集め集団に任せられるほどその『責』は軽くはない。この事実を軽んじているようであれば、たとえ同じ帝国軍にいる身内とは言え容赦はできん」
「差し出がましい発言でした。申し訳ありません」
「我が団にいる者は基本的に私に従順だからな。それはそれで大いに助かるが、一人ぐらいは苦言を申せる者がいても悪くはない。以後もよろしく頼む」
「い、いえっ! 身に余る光栄です!」
副団長は感極まったように言うと、顔を上気させながら敬礼し、今度こそ部屋を退出していった。
「我らディアガル帝国騎士団は、帝国軍の中核。戦うべき者が戦い、率いるべき者が率いるのが摂理だ。それを忘れてはならない」
再び一人きりになった団長室で、テオティスは自らに言い聞かせるように呟いたのだった。
──某所にて。
「よろしくない。まことによろしくないと思うのですよ」
「ウザい」
「……登場するなり酷くないですか、『天剣』さん」
「これは失礼した。基本的に私は貴様のような裏で暗躍する人間が大嫌いなのでな。顔を見ると罵詈雑言を吐きたくてたまらなくなるし、声を聞くと殺したくて仕方がなくなる」
「好かれていないのは知ってましたが、本人を前に言うことでもないと思うんですが!?」
「正直者は美徳と言うだろう?」
「正直の
方向性
にもよりますよ!」
「それはそうとして、何をボヤいていたのだ?」
「さらっと流しましたねこの女。──いえね、予定どおりに事が進まなくて少し悩んでいたところですよ」
「ほぅ、貴様がヘマをするとは珍しいな」
「そりゃぁ僕だっていくら
大いなる祝福
の一員であるとは言え、全知全能とはほど遠い人間ですから。失敗することくらいはありますよ。最近は特に
いろいろ
と続いてまして」
「先日の失態もあり、私も貴様をとやかく言える立場ではない」
「幻竜騎士団の壊滅任務ですよね? まさか
天剣
と『万軍』が組んでなお失敗するとは、予想外にも程がありましたけどね」
「私の油断が招いた事だ。言い訳をするつもりはない」
「戦闘が絡まなければ真面目な人ですねあなたは。まぁあの失敗の一因は僕にもあるので文句はいえませんよ。まさか、『糸』の切れた『人形』があの場所にいるとは思ってもみませんでしたから。あの『
狼
』はそれなりにお気に入りだったのですが」
「それを言ってしまえば、『竜剣』を取り逃がした『時詠み』にも大きな責があるだろうに」
「思い返すと随分と
異物
が多い任務でしたね。『竜剣』と『狼』。この二つはあの場にいるはずのない要素でしたのに」
「さらにここにきて『白夜叉』という新たな異物も確認されている」
「ああ、あの冒険者ですか……」
「あまり興味は無さそうだな。万軍のとっておきを破壊したのは、紛れもなく奴だぞ?」
「偶然に偶然が重なった結果でしょう? もし仮に、白夜叉が決定的な要因であったのならば、時詠みがそれを見逃すはずがない。違いますか?」
「
これまで
はな……」
「随分と含みのある言い方ですね。あ、でも確かに僅かばかりの注意は向けておいた方が良いかもしれません。何せ『僕』の誘いに乗ってくれませんでしたから。言うことの聞かない『人形』は早々に舞台から去って貰うのが無難ですからね」
「……これは同じ
大いなる祝福
の同士として忠告して置くぞ、『糸使い』」
「何ですか改まって」
「あの異物を──白夜叉を甘く見るな。アレは仮にも『
天剣
』の片腕を潰してくれた男だ。下手をすれば、貴様ご自慢の『糸』を引きちぎるやもしれんぞ?」
「まさかぁ。『我が君』からの『祝福』があるならともかく、時詠みの『詠み』から外れるような小石ですよ? ……まさか、それだけを言うために来たのですか?」
「忠告はしたからな」
…………………………。
「やれやれ、天剣ともあろう人が心配のしすぎです。僕の『糸』が容易くきれるはずがないのに」