Kanna no Kanna RAW novel - chapter (117)
第百七話 遺跡に行きたい系お嬢様
天竜騎士団からの接触から、さらに数日後。
よくもまぁ飽きずに、と思えるほどにファイマは引き続き書庫での調べ物を続けていた。もう何冊の本を運んだのか分からないほどだ。彼女が好奇心旺盛なのは周知の事実だが、それだけでこれほど作業に没頭できるものなのだろうか。
そんなことを考えながら図書館の中を巡回していると、ファイマが手に一冊の本を開き、その一ページを指さしながらカクルドと話している場面に出くわした。
「なんか問題でもあったんか?」
俺が声をかけると、こちらに気がついた二人が振り返る。
「あ、カンナ。ちょうどよかった。これを見てくれない?」
言うなり、彼女は開かれた本をこちらに差し出してきた。とりあえず受け取って本の中身に目を通す。見開きの左には建造物らしき挿し絵が描かれており、右にはそれに関する解説が標記されていた。どうやら、左の挿し絵は古い遺跡のようだ。
「建造されたのはディアガルの建国期──初代皇帝の時代。つまりは五百年以上前から存在する貴重な遺跡よ。カクルドさんに、この遺跡に入る許可がでるかどうかを聞いていたのよ」
カクルドに視線を送ると、彼は頷いた。視線を再び本に戻してから俺は首を傾げる。
「遺跡ねぇ……宝探しにでも行く気か?」
「まさか。既に何度も調査隊の手が入っていて、めぼしい存在は全て発掘されて皇居の保管庫に納められているわ。その本も、遺跡に関する学術的見解を記した考察書だもの。今更新事実がでるとは思ってないわよ」
「だったら何でわざわざ遺跡に行くんだ?」
本を彼女に返しながら問う。
「最近は、ずっと書庫にこもりっきりだったからね。ここで少し気分転換もかねて外にでようかと思って。それに、ただ文章をなぞるだけじゃなくて、実物を目にするとまた違った視点が生まれるのよ」
まさに百聞は一見に如かずね、と彼女は締めくくった。体力は無いが、行動力のある彼女らしい意見だった。
「それでカクルド。実際に許可はでるのかこれ?」
「……『通常』でしたらおそらくは問題ないはずです。この遺跡は帝国が管理していますが、立ち入りを禁止されているわけではありません。外国からの物好きな観光客が、現地に詳しいガイドを雇って訪れる事もそれほど珍しくありません。……ですが──」
「──このお嬢様は『通常』とは言い難いからなぁ」
「……お騒がせな国賓様でごめんなさいね。だからちゃんと許可を取ろうとしてるのに」
俺とカクルドが微妙な眼差しを向けると、ファイマはむっとなって頬を膨らませた。彼女には悪いが、反応が可愛らしく思えてしまう。
「そう拗ねるなってお嬢様。で、実際に許可はでそうなのかカクルド?」
「私の権限では了承しかねますね。護衛の問題もありますし、団長に判断を仰がないと無理でしょう」
そりゃそうだ。帝国側のファイマ警護の責任者は幻竜騎士団の団長様だ。帝都の外に出るならば、確実に『彼』の許可が必要になってくる。
その夕方に、運良く団長の都合が付いたので、俺たちは騎士団屯所へと向かった。
事前にカクルドから話は通っているはずだったが、ファイマは改めて自らの口から、遺跡に興味があることとその為に帝都の外に出る許可をレグルスに申し出た。
意外なことに、遺跡に赴く許可そのものはあっさりと出た。
「ただし、条件がある」
──護衛として、幻竜騎士団からの増員を認めること。
──遺跡への出発は二日後以降。
この二点を承諾するならば、遺跡へ向かうのを許可する、と『彼』はファイマに言った。
レグルスの出した条件は当然の内容だ。
警備体制が万全な皇居の内部なら言うに及ばず。帝都の中でなら今の人数でも対処可能だ。だが、帝都の外ともなれば目の行き届かない危険も多くなる。それを補う為の追加人員はまっとうな判断だ。出発の日時が二日後というのも、いろいろと準備をするための期間と考えれば妥当だ。
「俺としてはむしろ、その程度の条件で許可をだしたことにちょっと驚いたわ」
許可を下すなら、もう少し厳しい内容だと思っていたからだ。
「
現地
へは、馬車で一日。早馬や陸竜の足なら半日もせずに届く距離だからな。道中も、危険な魔獣の生息地には引っかからない。それに調べ尽くされたとはいえ、貴重な遺産には変わらないからな。現地には帝国軍の兵が駐在している。言うほどの危険性はないだろう」
物好きが観光がてらに訪れるとカクルドが言っていたな。向かう途中に『危険』が蔓延っていたら物好きでも『観光』に行こうとは思わないか。
「ただ、一年晴れ間が続いた天気が、次の日に雨にならんとも限らん。この二つの条件が受け入れられなければ、申し訳ないが許可は出せない」
「こちらとしても、その条件は妥当だと思います。遺跡訪問の許可、ありがとうございます」
ファイマは出された条件を受け入れ、レグルスに頭を下げたのだった。