Kanna no Kanna RAW novel - chapter (12)
第十一話 赤毛(巨乳)さんの登場
どんだけ興奮してたんだよお馬鹿ッ。と己にキレながら、俺は宿に向けて全力で走る。後日に出直すなんて冗談ではない。急いで財布をとりに戻り、再出撃する事で頭がいっぱいだ。若い衝動を舐めるなよ。これしきのことで踏みとどまる程の柔ではないのだ。
そう、たかが財布を忘れた程度では踏みとどまらない。
なので。
「狙いをすましたようにトラブル起こしてんじゃねぇよこのアホたれどもがぁッッ」
十分すぎる助走からの跳び蹴り。狙いは、うら若き女性を無理矢理路地裏に連れ込もうとしていた不届き者の一人。その側頭部に足裏が届き、運動エネルギーの全てを受け止めた男は派手に吹き飛んだ。
この短い説明で今がどのような状況なのかは理解いただけたはずだ。
跳び蹴りをかました俺は、男を吹き飛ばしてから空中で華麗にバック転し、スチャっと音が聞こえるほどに見事な着地を決めた。十点満点は確実だ。少しすっきり。
改めて状況を確認しようか。
この付近にいるのは、俺を除いて六人。
一人は中々に可愛らしい少女だ。歳は顔たちからして俺と同じかそれ前後。髪の色は薄暗い明かりの中でも判断できる紅色。燃え盛る炎を連想させる情熱の色。そして、ローブを羽織って躯の前で止めているのだが、その下からでも自己主張の激しい胸の膨らみ。レアルよりは若干劣るが、あれはちょっと比べては行けないレベルだ。これはこれで十分に凶器だ。
残る四人は言わずともがな、そんな彼女の口を塞ぎ羽交い締めにしている不届き者たち。内一人は既に吹き飛ばし、少し離れた位置で伸びている。
五人は何の前触れもない乱入者の登場に口をポカンと開けたまま凍り付いていた。
「て、てめぇッ、いきなり何をーーーー」
「やかましい!」
いち早く我に返った手近な男の顔面に拳を捻り込む。鼻が潰れる感触を反動で感じながら、腕を振り抜いた。男は鼻をグシャグシャにしながら後ろに倒れ込み、そのまま動かなくなった。
「な、なんなんだよ。なんなんだよお前はッ」
少女を拘束していた男が、枯れた声を絞り出した。『お楽しみ』を邪魔し、さらには仲間を問答無用で吹き飛ばした俺に、怒りの表情を向ける。それは、残り一人も同然だ。
二人の怒りを向けられた俺は。
「この野郎…………、人がせっかく大人の階段に足を掛けようとしてたのに」
ギンッと、残る二人の男に有らん限りの殺気を向ける。怒りの形相を浮かべていた男二人が「ひっ」と喉を慣らした。
「その気が失せるようなことしてんじゃねぇよ! どうしてくれるんだこの若い衝動はぁぁぁっっ」
拳に絶叫を乗せて、三人目の顎を下からかち上げる。足が完全に宙に浮き、重力に牽かれてつま先が地面に付くと、支えを失った人形さながらに崩れ落ちた。
「くそッ」
最後の一人、少女を拘束していた男は悪態を付くと、腕にとらえていたその細身を突き飛ばすと、腰に差していた剣を鞘から抜いた。この段階に至り、ようやく俺は他の畜生共も腰に鞘入りの剣を差していたのに気が付いた。
「お、お前、俺たちが何者か知ってーー」
「知るかぁッ! 俺は今日この街に来たばっかりの田舎者だっ」
ついでに異世界二週間とちょい。
「自分で田舎者っていうか普通。というか、だったらなおのこと、お前に俺たちが何をしようか関係無いだろうがッ」
「シャラップ! これからおっぱいの大きなお姉さん(確定事項)とニャンニャンしようって時に、無理矢理ナニおっぱじめようとする現場見せられた身にもなって見ろッ! 心おきなくニャンニャンできねぇだろうがッ」
「理不尽すぎるッ。そりゃ八つ当たり…………」
「問答無用だボケぇッッ」
うん、間違いなく八つ当たり。でも、こういう場では言った者勝ち。
「…………よく見りゃぁ武器も何もねぇな。へッ、田舎者の若造が余計な正義感を出しただけか。そうだ、ナニも慌てるこたぁねぇ」
言葉を交わしている間に冷静さを取り戻したのか、男がニヤケる。ぶっちゃけきもい。
「多分、田舎町ではちょっとは腕の立つ内の一人だったんだろうよ。所詮は井の中の蛙だ。ここは一つ、大海に出た先輩としてアドバイスをしてやらなくちゃなぁ。なぁに、授業料はお前の命でーーーー」
「台詞が長いッ」
一気に踏み込んだ俺は、固めた拳を男の腹にぶち込んだ。敵を目の前に悠々と長口上とかアホであろうか。
バギンッ!
「げふぉッッ」
肉を打つ感触ではなく、硬質な何かを破砕する音が腕に返る。痛みはないが、小さく驚く。
男はヨロケながらも数歩後ろに下がり、だが倒れなかった。何度もせき込みながらもどうにか踏ん張り、自分の服の裾をめくり上げた。すると、その下から、丈の広い木製の輪がガランと音を立てて落ちる。貴族の女性が身につけるコルセットのような形状だ。服の下に仕込む防具の一種だろう。あの音はそれが割れた音だ。俺が殴りつけただろう部分から見事に割れている。
「げほっ、げほっ。もしもの為に着てたのが役に立ったぜ。残念だったなぁ」
完全に木製コルセットが壊れているのを見ると、多少なりともダメージは通ったが、その殆どが無効化されたと見て間違いない。
美咲だったら、コルセットごと
肋
をへし折っていただろうに。
男は小さな痛みを堪えながら、だが先ほどとは違い隙無く剣を構える。
「もう油断はねぇ。確実に、間違いなくお前をぶっ殺す」
男の言う通り、構えにはもはや油断は感じられない。しかも、俺は奴の指摘したとおりに防具の類を一切持ってきていない。昼間に購入した防具類は全て宿に置いてきてある。これも小さな失敗だ。今後はどんなときでも、外出するときは手甲の一つぐらいは持って行こう。
確かに、手元には防具の類は一切無い。そして、人としてはともかく、男が剣を構える姿は堂には入っており、レアルほどではないが腕はあるだろう。これではさすがに素手のままでは相手できない。
「死ねぇぇっ!」
勢いに殺気を交えた確かな剣の振り下ろし。このまま腕で防ごうものなら、その腕ごと俺の躯は斬撃の前に両断される。
だが、忘れては無いだろう。
氷の大精霊から授かった『秘法』を。
ーーガギィィィィンッッッ。
硬質な金属音が闇夜の街に木霊した。
男は目を見張った。
己の斬撃が素手である俺の躯を切り裂く姿を想像して、だがそれは俺の右腕を覆った『無色透明な何か』によって堅く阻まれたのだ。
よし、強度は問題なさそうだ。
「ちっ、このぉっっ!」
混乱は置き、とにかく自分の攻撃が防がれた事実を瞬時に受け止めた男はすぐさまに剣を引き、横薙の二撃めを繰り出した。この反応、ただの路地裏喧嘩で鍛えたのではなく、それなりの場数を踏んだ経験からくる物。が、またも堅い音で阻まれる。俺の右腕を覆っているのと同質の物体が左腕に現れ、同じように防いでいたのだ。
二撃目を防がれた男はまるで化け物と相対したかのような目を向けてくる。
「お、お前ッ、魔術士かッ」
「いんや、別物」
ぎりぎりと剣を押し込もうとするが、俺の左腕を覆う透明の物質ーー精霊術によって生み出された氷の手甲には傷の一つも付かない。
左腕で阻んでいた剣を振り払い、一度男との僅かばかりの距離をとる。そして、大きな一歩を踏み込み、速度と体重を乗せた右腕を繰り出した。男は咄嗟の反応で剣を盾代わりに水平に構えるが。
ーーボギャンッッッ。
左と同じく、氷の手甲に覆われた右腕。その一撃は盾代わりの剣を半ばからへし折り、その先にある男の腹部に突き刺さった。男は四メートルほど水平に吹き飛び、そのまま地面にしばらく転がって止まった。
「ーーーーふぅ、大分すっきりしたぁ」
暴漢共がだれ一人動かなくなったのを確認してから、俺は構えを解き、景気付けに手甲で覆われた両手を互いに打ち付けた。
どうやら精霊の婆さんに教わった精霊術は、俺の躯にしっかりと根付いている。殺気を当ててくる相手にも、レアルとの訓練通りに立ち回ることが出来た。霊山の麓の村での一週間は、どうやら俺がこの世界で生きていく為の最低限の技術を教えてくれたようだった。
軽く念じて両腕を覆う氷の手甲を解除する。氷はガラスが割れるのに近い音を立てて砕け散り、パラパラと地面に降り注ぐ。
さてと、と俺は最後の一人に突き飛ばされた少女の方へ向いた。後回しにはなってしまったが、拍子に怪我でもしていたら困るし、
念のために家の方に送る程度はしたい。下半身の興奮は、男共をしばき倒したことで発散してしまった。大人の階段は非常に惜しいが、今回は素直にあきらめよう。
「とりあえず、怪我はーー」
少女の方へ目を向ける。
可愛らしい顔が至近距離で此方を見つめていた。
「ーーおおぉッッ?」
先ほどの男ではないが、俺はたまらず数歩後ずさる。だが、少女は俺のそんな様子など気にもせず、俺の顔を見て、(多分)腕を見て、そして足下に散らばった手甲の果てーー氷の礫に目をやった。
彼女はしゃがみ込み、氷の粒の一つを手に取った。その眼差しは真剣であり、視覚の全てを見逃さないと感じさせる力強さだった。
「ーーーーれない」
呟きを一つすると、彼女は勢いよく立ち上がり。
なぜだか俺は胸ぐらを掴まれた。
ーー初対面の女性に胸ぐらを捕まれた経験は初めてである。
「ねぇ、一つ良いかしら」
どうでも良いが、至近距離で相対しているので、少女の持つ二つの桃が胸板に当たっている。またも若い衝動がこみ上げてきそうな、柔らかくも強烈な感触だ。
「この氷は、あなたの魔術が生み出したもの?」
手に取っていた氷の欠片をずいっと突きつけてくる。
「そうよね、無から有を生み出すためには魔術を使うしかないもの。でも不思議。魔術で生み出されたものの寿命はとても短い。魔力の供給が途絶えれば生み出されたものは時間を置かずに消滅してしまう」
いきなり説明し始めたぞこの女。胸ぐら掴んだまま。
この赤毛の女の言うとおりである。人為的に操作されて生み出された魔術の産物は、魔術が終わればすぐさまに消え去る。炎などの場合、何かしらに燃え移ればそれはそのまま燃焼は継続するが、大本の火元は魔力がなくなれば消えてしまう。ここまではレアルや精霊の婆さんから教わった通りである。
って、しまった。ここで俺は自分のミスに気が付いた。
「なのに、この氷からは魔力を感じられない。であるのに、ずっと形を保ったまま私の手の中で存在し続けている。さてどういうことかしらね?」
内心の慌てを努めて隠しながら、俺は表情を崩さずに氷に「消えろ」と語りかける。すると彼女の手の中にあった氷を含んだ、この場一体に散らばった手甲の果ては余さず微細に砕けて消滅した。
俺の精霊術と一般の魔術は、表面上の現象は似ているが、内面は根幹からの別物だ。婆さんに注意されたのを忘れていた。
「あら、消えちゃったわね。よほど緻密で正確な術式を使っていたのかしら。魔術で生み出されたものであっても、それがより現実に近ければ近いほど、魔力を失ってからも形を保ち続けるから。でも、だったら尚更に疑問がでてくるわ」
胸ぐら掴まれてから一言もしゃべっていない俺に構わず、彼女は続ける。
「このあたしが、こんな間近にいて、直に目にしていながらも、貴方が行使した術式が一切『見えなかった』。しかも、『氷』属性なんて言う、水の魔術士のほんの一握りしか習得し得ない超高難易度の術式がね。理解は出来なくとも、少なくとも概要ぐらいは認識できたはずなのに」
赤毛女は変わらず俺の胸元を手で固定しながら、そのまま思考に埋没してしまったのか、顎に片手を当て一人ぶつぶつと呟き始めた。言葉の端に『魔力』やら『術式』やらが何度も出てくるので、おそらくこの場で自分なりの俺の精霊術を魔術的に解釈しようとしているのだろう。ぶっちゃけ『無駄』の一言で終わるが、口にすれば余計に話が拗れる。
つーか、折角助けたのに褒美が胸ぐら掴みってどーなのよ。恩着せがましく言うつもりは無いが、さすがにこれはどーなのよ。
…………や、胸元に当たる凶悪で素晴らしい双丘の感触があるから、苛立ちは相殺されているから文句は言うまい。
彼女に悪意らしきものは感じられない。礼節云々はともかく、目の前の現象に知的好奇心を刺激されているだけだ。改めて彼女の服装を見ると、軽装の上にローブという、一般的な魔術士風の格好だ。ただし、服の作りやローブの裏地に施された模様は、俺の目から見ても上品に思える。どこかのお嬢様だろうか。
ーー冷静に分析が進むに連れて、厄介事の匂いがしてきた。婦女暴行未遂の現場に出くわした時点で十分に厄介事だが、それとはまた違った方向性でだ。思い出すのは有月だ。あの幼馴染みが厄介事を持ってくる時の状況によく似ている。
冗談ではない。異世界への召喚ってだけでも手一杯なのに、これ以上の面倒に巻き込まれたら堪らない。
「姫様ッ」
俺の背中に冷たい汗がたらりと流れたその時、鋭い声と共に複数人の地面を蹴る音が聞こえてくる。音の方を見れば、三人の冒険者風の格好をした者達がこちらに走り寄ってくる。その視線はまっすぐに、俺の胸ぐらを現在進行形で掴んでいる赤毛女だ。十中八九彼女の関係者だ。
これはチャンスである。
悪いとは思ったが、俺は赤毛女の手を胸ぐらから力ずくで引き剥がす。声に反応しそちらに注意が行っていた赤毛女は「アッ」と声を出すが手はすぐに離れてしまった。
「じゃぁな。これからは夜道を歩くときは保護者同伴にしろよ」
俺は一言を残すと、冒険者達が駆けてくる方向とはもちろん反対の方向へと走り出した。途中、柔らかい感触の何かを踏みつける感覚と「ぬごぉ」とこの世のものとは思えない呻き声が聞こえた気がしたが、間違いなく気のせいであろうと結論づけて、俺はその場を離れた。