Kanna no Kanna RAW novel - chapter (120)
第百十話 集団から一人で抜け出すと襲われるのはよくあるパターン
帝都から出発してから翌日の昼前、道中に
異常事態
が発生することなく、無事に目的地である遺跡『竜帝の歴所』に到着した。
天竜騎士団の面子がいるので何かしらの
問題
が起こらないか少し心配していたのだが、そんな気配はなく順調に遺跡への道程を消化していく。肩透かし感が否めないのが正直なところ。この一行に参加している天竜騎士団の者は全員貴族出身者のはずなのだが、野宿をするにも一切文句を言わず、黙々と
寝床
の準備をしていた。もしかしたらテントの設置をこちらに命じてくるかと思っていたが、意外だった。
寝ずの番はファイマとその護衛、ガイドの親子を除く者たちを三組に分け、交代で行う形にしたのだが、天竜騎士団の面子はこの時も文句を言わずに参加の意を表した。
たださすがに、幻竜騎士団や俺たちと一緒のグループになるのだけは拒否した。こちらとしてもそれに異を唱える理由は無かった。なのでグループ分けは、『天龍騎士団』『幻竜騎士団の追加増員』『
冒険者二人
にカクルドとスケリア』に決まった。
さて、少し怖くなる程にスムーズな流れができあがっていたのだが、ここで小さな問題が発生していたりする。
主に俺に。
「──太陽がまぶしぃぜぃ」
馬車から降りると、腰に猛烈な重さがのし掛かった。重量のある荷物を背負っているわけではなく、疲労によるものだった。加えて、寝不足によって瞼も非常に重い。
「も、申しわけないでござるよカンナ氏……」
俺の疲れが滲んだ呟きに、クロエは申し訳なさそうに頭を下げる。
だが、その肌は艶々のツルピカであり、尻尾や耳の毛並みもいつもに増してフッサフサだ。
──察しのよいお方はこれだけでもお分かりになられるだろう。
昨夜──あるいは日付が変わったしばらく経過した頃。俺たちのグループが深夜番を終えた後だ。俺はテントの寝床には入る前に用を足しに、少し離れた茂みの奥へと向かう。勿論、他の面子に声を掛けてからだ。
そして、事を終えてから戻ろうとして……俺は襲われた。
──
発情ワンコ
に。
小説で、用を足しに抜け出した兵士が暗殺者等に襲われるシーンがよく出てくるため、気配探知を最大にし警戒だけはしていたのだ。だが、襲いかかってきたのがクロエであり、かつ殺意とは真逆の
気配
を発していたために、対応が遅れてしまったのだ。
と、いうわけで、人生初の野外わんわんタイム発生である。
仕事の最中にわんわんタイム突入している時点で大問題だが、理性が飛んで野獣となったクロエに通じるはずもなかった。ただ、翌日にも仕事が控えているのはかろうじて覚えていたようで、“回数”はいつもより少なかった……その分一回が濃厚になってしまったが。
結果として不足した睡眠時間と精力で、今の俺は若干ダウナーである。逆にクロエは見るからに元気が満ち溢れている。この差は果たしてなんなのだろうか。
あれか、男は
出すだけ
だからか?
──これ以上の下ネタは止めておこう。いろいろとまずい。
前向きに考えれば美人さんとイチャコラできたので、これはこれで良しとしよう。午後にでもなれば腰や瞼にのし掛かる重さもある程度解消されるだろうし。
現在地は遺跡から少し離れた場所だ。ここからではまだ目的地は見えない。まだ道の途中には森があり、人が通れる程度の道は整備はされていたが、残念ながら馬車が通れるほどの幅はない。ここからは徒歩だ。幸い、ここから遺跡へは歩いて五分かそこらと聞いているので、体力のないファイマでも問題はない。
──ジィィィ……。
不意に視線を感じたのでそちらを見れば、ファイマがこちらをジッと見つめていた。と、俺が振り向いた途端、彼女は大慌てでそっぽを向く。だが、その頬は不思議と真っ赤に染まりあがっていた。
疑問に思っていると、キスカがこちらに近づいてくる。そして俺の正面まで来ると、無駄に爽やかな笑みを浮かべて俺の肩に手を置いた。
「……え、なにさ?」
「二人とも、昨晩はお嬢様ともども素敵なものを見せて貰ったわ。ありがとう。おかげで凄く勉強になったわ」
「「は?」」
オレとクロエは揃って頭に「?」を浮かべるが、キスカは何も答えずに戻っていく。だが、その途中で一度振り返ると、握った拳をこちらに見せつけるようにして、再びファイマの元へ歩き出した。
──なお、握った拳の薬指と中指の間からは親指の先がニョッキリと出ていた。
……どうやら、また彼女は“覗き見”していたらしい。
俺は頭痛を抑えるように片手を額にあて天を仰ぎ、クロエは顔を両手で覆いしゃがみ込んでしまった。
このとき、俺たちは羞恥心のあまり、キスカの台詞を深く考える余裕がなかった。冷静になって思い出せば、“とんでもない事実”が含まれていたというのに。それに気が付いたのはしばらく後になってからだった。
──竜帝の歴所。
初代ディアガル皇帝時代の遺跡。『当時の文化を後世に伝えるための資料館として建造された』と言うのが歴史学者の見解。事実、ディアガル帝国の建国以前の情勢から、初代皇帝がディアガル建国の宣言の以降、しばらくの出来事に関する資料が数多く発見されている。
「この遺跡がドラクニルより離れたこの地にあるのは、当時はまだ情勢が不安定であった帝都の内部に作るよりも、この場所に建造した方が安全だと考えられたからです」
森の中を歩きながら、パペトが遺跡の歴史に関して説明していた。
ファイマは彼に質問を投げかける。
「情勢が不安定──つまり、建国当時にはまだディアガルに敵が多かった、という事ですか?」
「初代皇帝によってディアガル領内は一応の統一はなされました。ですが、統一以前は群雄割拠で国が乱立し、それぞれが覇を唱えていましたからね。当然のように不満はあり、多くの反発がありました。それに加えて、当時のディアガル領内は現在に比べて魔獣の危険度も数も遙かに多かったのです」
帝都は過去に何度も攻め込まれており、時には皇居の付近にまで敵兵や魔獣が流れ込んできていたという。だが、それら全ては屈強な帝国軍や騎士団、なにより一騎当千の武勇を誇ったディアガル皇帝の力によって退けられたのだ。ただ、そのために帝都の建物は幾度と無く破壊と建造を繰り返しており、当時の面影を残しているのは皇居を除けば僅かばかりだ。
──この辺りの話は、俺たち──先頭の馬車に乗っていた者たちは既に聞かされていた。というのも、パペトが練習代わりという面目でマリトに遺跡に関する説明をさせたのだ。時々パペトの補足説明が入ったりしたが、大凡の間違いはなかった。
ただ、ここから先は初耳だ。
「初代皇帝が直々に率いたのが『神竜隊』と呼ばれる部隊であり、現在の『天竜騎士団』『角竜騎士団』『鋼竜騎士団』の前身となっております」
「え? 元は一つの部隊だったのですか?」
「元々は、皇帝が自ら選りすぐった精鋭部隊だったのです。それが時間の流れに、より特化した部隊へと細分化していったのですよ」
これには、ファイマのみならず、幻竜騎士団の面々も驚いていた。天竜騎士団の顔を見ると、こちらはさして驚いている様子はなかったので、既存の事実だったのだろう。
「今でこそユルフィリアを含むいくつかの国家と友好関係を結んでいましたが、ディアガル帝国の存在が周囲に知れ渡った当時は、国家間で何度も戦乱が開かれました。それ故、先鋭部隊が一つでは迫り来る強敵に対応しきれなかったのです」
飛竜を中心に編成し、飛行部隊としての天竜騎士団。
陸竜を駆り、電撃戦を得意としたの角竜騎士団。
そして、歩兵を中心に対人戦闘に秀でた鋼竜騎士団。
「皇帝の指揮と騎士団の活躍によって帝国の領土は無事に守られ、その果てに各国との友好関係を結ぶに至ったのです。これらの歴史も、これから向かう遺跡から発掘された資料によって判明した事実です」
パペトが言葉を区切ると、示し合わせたかのように木々が開けた。森の中にぽっかりと開いた広々とした場所だ。その中心地に、古ぼけた大きな建物。
「あれが『竜帝の歴所』。古き時代を今に伝える遺跡です」