Kanna no Kanna RAW novel - chapter (121)
第百十一話 KYではない。KYBである。
遺跡の外観から受ける第一印象は、俺がよく知る『図書館』だ。ただその規模の倍以上で。イメージであった『神秘な遺跡』とはやや異なっていたが、外壁には草やツタが生い茂っており歴史を感じさせる。
遺跡の正面までたどり着くが、門は施錠されていた。ここは国の管理下にあり、勝手に進入すると不法侵入になる。
「では、今から管理を任されている軍人さんに一言いれてきますので」
パペトは一人、遺跡の側にある一軒家ほどの大きさがある建物へと小走りに向かった。ところどころ外装は剥がれているが、遺跡よりは随分と新しい。あそこが管理人の駐在所なのだろう。
入り口にたどり着いたパペトが扉にノックすると、出てきたのは壮年の男性兵士。彼が管理人なのだろう。パペトは懐から一枚の紙を取り出すとそれをみた管理人は納得がいったように頷き、パペトと一緒にこちらに近づいてくる。
管理人はこちらに会釈を一つすると、門の施錠を解放し駐在所へと戻っていった。その背を見送りながら俺はパペトに話しかけた。
「管理人とは顔見知りなのか?」
「それなりの回数、
遺跡
に訪れていますからね。それに案内する場所の管理人と親しくなければ、この仕事はやっていられませんよ」
「ちなみに聞くが、マリト少年を連れてきたのは今回で何度目だ?」
「今回が初めてですが……」
「にしちゃぁ、うちのお嬢様より随分と落ち着いてるな」
ファイマの目がきらっきらに輝いていた。今にも遺跡の中に突撃しそうな具合。知的好奇心が刺激されすぎて暴走する一歩手前といったところか。彼女の近くにいるマリト少年以上に子供っぽい反応だ。
「この遺跡に関する様々な事を教え込みましたからね。あまり新鮮さが薄いのかも知れません」
「なるほどねぇ……」
顎に手を当てながら俺は頷いた。
それから少しして、幻竜騎士団の追加増員と天竜騎士団は遺跡の外で待機で待機してもらい、俺たちは遺跡の中へと足を踏み入れた。入り口は広いロビーとなっており、外壁と同じく長い年月の経過を感じさせた。
「残念ながら、遺跡に保存されていた資料の殆どは、ドラクニル皇居の宝物庫に収められています。ですが、当時の光景を残した壁画などは残されておりますので、そちらをご案内しながらこの遺跡について詳しい説明をしていきましょう」
「お願いします!」
……ファイマのキャラがいつもと違うのは気のせいではない。だって、両手を握りしめて“
押忍
!”ってなってるし。まるでこれから戦闘に赴くかのように気合いを入れている。お前はいったい何と戦うつもりだ。
俺とクロエ、カクルドとスケリアはファイマの変貌にたじろいでいるが、元々の護衛三人は平然としている。お宅のお嬢様はあれがデフォルトかい。
「ファイマ殿はどうしたのでござるか?」
「好奇心の限界値が振り切れてキャラが崩壊してるだけだ。深く考えない方がいろいろと楽だぞ」
なんてくだらない事を喋っている内に、パペトが遺跡に関する詳しい説明を口にしながら歩き始めた。置いて行かれないように慌てて後を追うが、直ぐに足を止めた。
「まずはこちらをご覧ください」
玄関口から入った真正面奥には巨大な壁があるのだが、これは正しくは『壁画』だった。
「現在では多くの国家が『天神教』を布教しています。ですが、初代皇帝の時代、ディアガルでは独自の宗教が信仰されていました。これはその“神話”を題材にした壁画です」
中央には頭の上に輪っかと背中に羽を持った人型。その左側には、頭を垂れ跪く多くの人間。対面には、同じく跪いている──竜の姿だ。
「独自とは言いましても、話の大部分はさほど天神教と代わりはありません。違いがあるのならば、話の中に“竜”が登場する点でしょう」
「皇居の書庫に保存されていた資料にもありましたね。“竜”は魔獣でありながらも、ディアガルに住む竜人族にとっては良き隣人であり敬愛すべき存在であったと」
ファイマの言葉にパペトは満足げに頷いた。
「竜は魔獣でありながらも、“神の祝福”を受けた存在であると信じられていました。この壁画は、人間と竜が神から大いなる祝福を受けたことを表しているのだと考えられています」
──現在ではディアガルに住む殆どの人間が、周辺各国と同じく『天神教』を信仰している。“祝福を与える”存在である『神』が同一の存在であるとされているからである。
パペトの説明を聞きながら、この場にいる一同は感慨深く壁画を見上げていた。
ただ、俺だけは眉間に深く皺が寄ってしまう。
「……どうしたんですかお兄さん? 難しい顔をしていますが。父さんの説明に何か疑問でも?」
側にいたマリト少年の声に、俺は眉間の皺を指で揉みほぐした。
「や、君の父親の説明に不備を見つけられるほど、俺はこの国の歴史に詳しくないしな」
「でも気になる事もあるんでしょう?」
「や、俺の性根が捻くれているだけかも知れないし、口にしたらこの場にいる全員の
顰蹙
を買いそうだし……」
俺は
空
気が
読
めないのではない。
空
気を
読
んだ上であえて“
ぶ
ち壊す”のが好きなだけだ。それにしたって時と場合を撰ぶ程度の常識はある。
「ちなみに、これって『竜と人間が神の祝福に感謝してる』ってぇ壁画なんだよな?」
「……歴史学者はそう解釈しています。天神教の教えと似ていますし、間違いないんじゃないでしょうか」
言われてみると確かにそう見える。むしろ、そう考えた方が自然なのだろう。
だが、先入観を無しにして俺がこの壁画を見たときに気になったのは、頭を垂れている竜の“目”だったのだ。
不思議なもので、どうにもその“目”が神を敬っているように見えない。
逆に、まるで“仇敵”を地に伏しながらも睨みつけているような印象を受けたのだった。