Kanna no Kanna RAW novel - chapter (125)
第百十五話 脈拍停止一歩手前(比喩表現)
──カンナが窓から突入してきた襲撃者を
強制的退場
するよりも少し前。
遺跡の外で待機する幻竜騎士団の団員が、同僚に声をかけた。
「なぁ、最近の団長、少し様子がおかしくないか?」
「職務の最中に出す話かそれ? ……まぁ、騎士団の大半が同感だとは思うが」
会話を始める二人。
「なんか心此処にあらずというか、物憂げな表情を浮かべているというか。訓練中や仕事をしてらっしゃる最中はいつも通りなんだが、それ以外の時にな」
「兜で顔は見えないだろうが」
「物の例えだよ! ……とにかく、以前の団長っぽくないって話だよ」
「言わんとするところは俺にもわかる。だが、団長とて人間だ。いくら腕っ節が立とうとも、悩むことはあるだろうさ」
「けどさ。ありゃぁまるで年頃の娘だぞ?」
素顔こそ騎士団の中でもごく一部の者しか知らないが、
団長
は部下たちに対して殊更に己が女性であることは隠していなかった。
己の上司が女性であろうがなかろうが、団員たちが束になっても敵わないほどの猛者であるのに変わりはなく、団の結束は揺るがない。
「おい、さすがに〝それ〟は大声で口にしていい話じゃないぞ。少し離れた場所には天竜騎士団もいるんだからな」
「──っとと、うっかりしてた。悪い」
同僚に咎められた騎士は慌てたように己の口に手を当てた。
レグルスが女性であることを外部に喧伝することは厳禁とされており、これを破った者は厳しい処罰が待っている。こちらに関しても、団員のほとんどがレグルスが自ら選りすぐってスカウトした者たちばかりなので、密告するような輩は存在していなかった。
今度は声を潜めてから会話が続く。
「……でも、俺はどーにも気になって仕方がないんだよ。あの物憂げな顔が」
「顔見えないだろう」
「だから物の例えだって言ってんだろ。雰囲気だよ、雰囲気。あれは、皇居に勤めているメイドのミカちゃん(十六歳犬族女性)がたまに浮かべている顔と全く同じだったに違いない」
「お前が気になってた子だけど本人は天竜騎士団の団長に熱中してて、お前には全く脈のないあの子か」
「なんで俺があの子のこと気になってるって知ってんの!? ってか、脈なしってのは余計だろ! ありますぅ! 脈ぐらいありますぅ!」
「もうすぐ息の根が止まりそうな微弱な脈だろう」
「やかましいわ!」
息を荒げて叫んでから、騎士は落ち着きを取り戻すために深呼吸した。
「つまりはあれだ。団長にも〝春〟が来たんじゃねぇのかと俺は思ったわけよ」
「お前はまだ冬真っ盛りだけどな」
「……ねぇ、俺のこと嫌いなのか、お前」
「団長に春「スルーかよ!」が来た……か。となると、気になるのがそのお相手だな。そもそも、あの団長に釣り合う男がいるかどうか。……少なくともお前じゃ無いか」
「そりゃ当然だが改めて口に出すことか!? やっぱり俺のこと嫌いだ──」
嚙み合っているようで微妙に噛み合わない漫才を繰り広げていた二人だったが、唐突にその言葉が途切れた。
「……気づいているか?」
「あっちにいる奴らも察してる」
少し離れた位置で待機していた他の団員も同じく不穏な気配を感じ取っており、手振りでそのことをこちらに知らせていた。
彼らの耳には聞こえていた。
遺跡
に接近する足音。それも一つや二つではなく大量にだ。
既に彼らは騎士としての顔を取り戻していた。
幻竜騎士団は〝遊撃〟という曖昧な役割であるが、逆を言えばあらゆる状況にも対応出来る能力が求められている。自然体でありながらも頭の片隅には常住戦場の心構えが刻み込まれており、極端な言い方をすれば何時いかなる時であっても〝
戦時
〟と〝
平時
〟の切り替えが可能になるように訓練されているのだ。
それゆえ〝奇襲〟に対しては、帝国軍の中では最も耐性のある部隊である。
──野営訓練中に、完全抜き打ちで夜襲(訓練)を仕掛けるような団長は、幻竜騎士団のレグルス団長を除いて他にはいないのであるが。
「……天竜の奴らもようやく気がついたようだな」
森の中から不穏な鳴き声が耳に届き始めると、別のところに陣取っていた天竜騎士団の者たちも動き始める。異変に気がついた彼らは最初こそ慌てはしたが、すぐさま落ち着きを取り戻すと魔術式を即座に起動。彼らの足元に術式の輝きが発せられると、契約した魔獣──飛竜が姿を現わす。
幻竜騎士団よりも遅れはしたが、天竜騎士団の動きも迅速であった。
「やはり、名ばかりの花形部隊では無いらしいな」
「それよりも、
お客様
のお出ましだ」
森の中から聞こえた多数の足音と声。その正体である魔獣の群が姿を現した。たが、現れた魔獣の個体数の多さもそうだが、なによりも種類の豊富さに誰もが驚愕した。なにせ、ゴブリンやオーガの組み合わせならまだ分かるが、四足歩行の獣型魔獣やら昆虫型の魔獣まで現れたのだから。
同じ人型であるゴブリンとオーガなら、力関係的に前者が後者に服従するケースはよくある。しかし、獣型や昆虫型の魔物と同時に出現するというのは滅多に見られない。
今は詮索をしている場合ではない。動揺を最小限に止めた騎士達は各々の武器を取りだして構えた。
竜騎兵の一人も、飛竜に跨がると手綱を引き、主の名を受けた飛竜は翼を動かして飛翔を開始。上空へと飛び上がる。
あちらはあちらで独自に戦闘を開始するようだ。そもそも
歩兵
と
竜騎兵
では戦いの質が異なるし、足並みが仲良く揃うはずもない。
迫り来る魔獣の数は多い。普段はいがみ合う中であろうが、竜騎兵の戦力はありがたい。双方が力をあわせれば(邪魔しあわなければ)それほど苦もなく撃退できるだろう。
だが、一足先に空中を飛んでいた竜騎兵の一人に向けて、凶弾が放たれた。
森の中から直径五十センチ程の岩石が、天竜騎士達に向けて飛び出してきたのだ。竜騎兵は騎獣に慌てて回避を指示するが間に合わず、岩石は片翼に直撃、飛竜は悲鳴を上げながら墜落した。地面に激突する寸前で飛竜はどうにか翼を動かし墜落死は免れたが、飛竜の片翼は素人目から見ても軽くない怪我を負っている。
「今のは地の魔術式! 魔獣の中に魔術を扱う者が入るのか!?」
「おい! あちらばっかり気にしている暇はもう無いぞ!」
視線を戻せば、ゴブリンが粗末な武器を振り上げてこちらにむけて突撃する光景が目に飛び込んでくる。幻竜騎士達は得物を構えると、迫り来る魔獣達を迎撃を開始。
騎士達と魔獣との大乱戦が発生した。
──戦闘開始から僅かに時間が経過。
幻竜騎士達は二人一組で動くことを心掛けており、互いの死角をカバーするように立ち回る。遺跡の出入り口前で陣取り、内部への進入を阻む。
少し離れた場所では天竜騎士団の竜騎兵が、竜の膂力と騎乗用の長柄の武器を振るい魔獣を蹴散らしていた。しかし、どの竜騎兵も空を飛翔することなく地上で戦っている。
実は、最初の
竜騎兵
が撃墜(といっても死亡はしていない)されてから他の竜騎兵も飛翔しようとするのだが、その都度に狙いをすませたかのようにどこからともなく魔術が発せられ、飛竜に襲いかかるのだ。おかげで竜騎兵は必要な高度を得る事もできず、地に足を着けて戦うしか選択肢が無かったのだ。
上空からの強襲力、空を駆ける飛翔力が竜騎兵の最大の武器ではあったが、それは同時に弱味でもある。ある程度の高度と速度を得るまでは、飛竜は最大限の力を発揮できないのだ。飛竜はそれなりの高度に達した後、重力の力を借り降下速度を利用して加速する。この飛翔を開始してから最高速に至るまでの時間が、飛竜の弱点だった。
飛竜の中には、僅かな高度と時間で最大加速に到達する個体もいるが、ごく限られた種族に限られている。残念ながら、この場に召喚された飛竜の中に、その域に達する個体は存在していなかった。
だとしても、竜としての膂力は健在。地上に這い蹲りながらも、天竜岸達は幻竜騎士団に勝るとも劣らない奮闘振りを発揮していた。
魔術を操る存在の姿が未だに見えないが、魔獣の数を減らすのが先決である。飛び立つ飛竜を狙い撃ちするために集中している為か、地上で戦っている限りでは魔術は放たれていない。だが、それがいつ
地上
に向けられるかは誰にも分からない。騎士達はそのことを警戒しつつ、目の前の魔獣と戦う。
ところが、次に森の奥から飛び出してきたのは魔術でも魔獣でもなく三つの『人影』であった。体の上半分を外套で覆い隠した三人が、魔獣の間を素早い動きで駆け抜ける。目指す先は、遺跡の入り口だ。
「まさか、中の奴等を!」
「急いで止めろ!」
騎士達は三人の動きを阻止しようとするが、ここぞとばかりにオーガの集団が彼らに襲いかかる。まるで、騎士達の動きを妨害するかのようだった。
外套をまとう三人は騎士達の間を通り抜けて遺跡の中に進入してしまう。
騎士達
は歯噛みをしながら、目の前で猛威を振るうオーガの対応に負われる。
「くそっ、抜けられた!」
「目の前に集中しろ! 気を抜くとこっちが
殺
られる! 中には白夜叉殿や他の護衛もいる! 彼らを信じるしかない!」
「とにかく、今は敵の数を減らすしか──ッ!?」
改めて魔獣を迎撃しようとしたが、そこで異変が起こった。それまでが様子見だと言わんばかりに、魔獣達から発せられる殺気が増し、襲い掛かる凶手が苛烈になったのだ。急激に増した〝圧力〟に騎士達は必死に抵抗するが、徐々に彼らは劣勢に追い込まれていくのであった……。