Kanna no Kanna RAW novel - chapter (126)
第百十六話 狼娘が絡むとシリアスが酸欠を起こす件について
牙が異様に発達した獣型の魔獣が騎士の一人に襲いかかる寸前、俺が放った氷の砲弾が胴体部に命中し、魔獣達の群がる中に砲弾ごと押し戻された。次の瞬間、砲弾は爆弾のように破裂すると、内側に収まっていた極寒の冷気が吹き荒れ周囲に襲いかかった。着弾点の付近にいた魔獣は凍り付き、そうでない魔獣も冷気に晒され動きが鈍った。
氷結榴弾
は、氷砲弾の攻撃力が上昇したというよりは、状態異常効果が付与された形になった。
相手
が多いときには有効だな。
今助けた騎士が、遺跡の中から出てきた俺たちに気が付き、他の騎士達も遅れてこちらを振り向いた。だがそれも直ぐに目前の魔獣へと向き直り戦闘を再開する。
「おっさんと騎士団の奴は引き続きファイマと
親子
二人を頼む。俺はとりあえず魔獣の数を減らす!」
「拙者もお供するでござる!」
俺とクロエは遺跡の入り口に最も近い位置で戦っていた騎士の元へ向かう。
「クロエ、あの騎士から状況を把握したい。少しの間、周囲の魔獣を引きつけてくれ。頼めるか?」
「
合点
でござる!」
腰から刃を抜刀したクロエは走る速度を上げ、魔獣の集団へと果敢に突撃していった。
おかげで付近にいる魔獣の注意がクロエに集まり、騎士に少し余裕ができた。その間に、俺は付近の魔獣を氷の斧で薙払いながら彼に駆け寄る。
「白夜叉殿っ、中に進入した賊は!?」
「なんとかした! 犠牲者無シ! 状況説明求ム!」
端的かつ片言で伝えると、騎士は要所を掻い摘んで説明した。
魔獣の襲撃は殆ど見たままの状況であったが、気になる点が二つほど。俺たちを遺跡の中で襲った襲撃者──便宜上『賊』としておく──と、飛び立とうとする竜騎兵を狙い打つ魔術士の存在だ。
「だから、竜騎兵が地上戦をしているのか……」
頭の中に『飛べない豚は──』というフレーズが聞こえてきたが、飛竜は飛べなくとも『竜』に違いはない。目を向けると、竜は持ち前の牙と爪で魔獣を切り裂き、背に乗る騎士も長柄の武器を振るっていた。さすがはレアルも認める部隊の一員だ。最大の武器を封じられていながらもその戦力は健在だった。
「フハハハハッ! 今宵(現時刻は真昼)の拙者は絶好調でござるぞぉぉぉっ!!」
高笑いしながら手近な魔獣を切り裂き、
血風
をまき散らしていくクロエが視界の端に飛び込んできた。明らかに調子に乗っているのだが、動き自体は凄まじい。まさしく疾風
迅雷
と称しても過言ではない。だが、悪役ばりの笑い声のせいで色々と台無しになっている。あいつはいまいちシリアスに徹しきれないな。
よく見るとクロエの周囲で青白い光が時折弾けていた。
「火花……や、電気か?」
『多分、雷の魔術式ね』
「──ッ!?」
俺の疑問に答えたのは、突然耳元から聞こえたファイマの声だった。慌てて振り向くが、彼女は護衛に囲まれ遺跡の入り口近くにいたままだ。声量から行って届く距離では無かったはずだ。
『驚かせてご免なさい。声を風の魔術式を使ってあなたの耳元に送っているの』
「お、おう……そうかい。便利な術式だな」
『動き回っている人に対しては声を届けられないのと、対象との遮蔽物が沢山あると伝わりにくいのが欠点だけどね』
こちらの声も
ファイマ
に伝わっているようで、会話が成立していた。
『クロエさんは微弱な雷を体中に流して、肉体の反射能力を高めているの。……この意味、分かるかしら?」
人間の筋肉は、脳から発せられた電気信号や化学物質によって収縮し、人間の反射能力はこの電気信号等が筋肉に届くまでの時間である、と学校の授業で習った覚えがある。
『昨今にようやく解明されはじめた仕組みなのに、よく知ってるわね』
俺としては、ファイマが知っている事実に驚くが。
『なら話は早いわ。つまり、体内を流れる雷を意図的に増幅することによって、思考から肉体を動かすまでの
時間差
を減らしているのよ。微弱であろうとも雷を体に流すなんて、黒狼族の強靱な肉体と高い魔力親和性があって初めて可能な芸当ね』
具体的な数値は覚えていないが、脳が思考してから体が動く時間の差はほんの刹那だ。だが、達人の領域に達し始める者にとってはその刹那さえ惜しむようになる。ただ「なぜか調子が良い」という言葉を聞く限り、
彼女
自身は己の体に起こっていることに気が付いていない。おそらく無意識レベルで魔術式を行使しているのだろう。
「や、あいつが電気ウナギでも電気狼でも今はいいさ。それよりも……」
『ええ。状況は聞かせてもらってたわ』
自分でいうのも情けないが、俺は奇をてらうのは得意だが真正面からの戦いは苦手だ。頭脳担当はファイマに任せたい。
「クロエにばっかり任せてらんないからな。ちょいと急ぎでなんか考えてくれると助かる」
調子が良いからといって、その調子がいつまで続くかは不明だ。獣人故の豊富な体力があろうとも無限ではない。ほか騎士たちも今は善戦しているが、何せ魔獣の数が多すぎる上に、オーガやそれに匹敵する体躯を持った魔獣もちらほらと戦場に見かける。最後まで犠牲者を無しに切り抜けられるかは不安だ。
『竜騎兵が本領を発揮できれば、戦力的には何とかなるはずよ』
「空を飛んでたら魔術に狙い撃ちにされるぞ」
『確かに、速度がでる前に狙われたら避けられない。けど逆に速度さえ乗れば、高速で飛翔する竜騎兵を魔術で狙うなんて芸当、そう簡単にできなくなるわ』
前後左右に加えて『上下』と、三次元的な動きが可能な竜騎兵をピンポイントで狙うのは確かに難しいだろう。
『カンナは森の中にいる敵の魔術士を潰して。魔術で姿を消した私や、気配を殺すことに長けた隠密を捜し当てたあなたならできるはずよ』
「了解した。──おいクロエ! こっちに戻って少しペースを落とせ! 魔獣のど真ん中でヘバったら袋叩きにあう──」
「クハハハハッ! さぁ来い魔獣ども! 刀の錆にしてくれるわぁ!!」
……クロエのテンションが、口調が変わるほど妙な方向に振り切れていた。こちらの声は聞こえていないようだ。
俺はちょっぴりの苛立ちを精霊術に込める。
「ていっ」
ブスリ。
「わひぃぃぃぃッ!? 拙者のお尻に何か突き刺さったでござる! ……って、これはカンナ氏の氷手裏剣? 何するでござるかカンナ氏! 拙者は味方で──」
「………………」
「──あ、はい分かりましただから無言で二発目を構えないでくださいお願いします」
クロエはやはり疾風迅雷の素早さでこちらに戻ってくると、ビシィッと華麗な敬礼を決めた。