Kanna no Kanna RAW novel - chapter (127)
第百十七話 同じ戦場にいるのに『あちら』と『こちら』の温度差が激しい点について
「時間が惜しいから手短に──カクカクでシカジカなわけよ」
「なるほど、カクカクなウマウマでワフワフでござると! 了解でござるよ!」
「いやいやいやいや、そんなんで伝わるわけ無いだろ!?」
俺とクロエのやり取りに、こんな状況でありながら騎士が突っ込んだ。淀みのない見事な突っ込みだ。いつか大舞台を狙えるかもしれない。
「竜騎兵が弱点を突かれて本領を発揮できずにいる。カンナ氏が森の中に突入して邪魔な魔術士を討ち、拙者はその間に騎士たちのフォローに動く。で、魔術士の掃討が終わり次第、空を飛ぶ竜騎兵とともに攻勢に出て魔獣を一気に殲滅すればいいのでござろう?」
「何でさっきのアレでそこまで伝わってるんだ!?」
さも当然と答えるクロエに、騎士は「俺がおかしいのか?」と真剣に悩み出してしまう。彼には悪いが放置しておこう。
「じゃ、行ってくるぞ」
「武運をお祈りするでござる」
「おまえも調子に乗りすぎてヘマするなよ!」
俺は氷砲弾を放って直線上の敵をまとめて吹き飛ばすと、加速力に優れた
氷の刃
を靴底に具現し走り出す。
一人飛び出した俺に魔獣が襲いかかってくるが、そいつ等に向けて氷爆弾を投げつける。冷気が弾けると付近の地面と魔獣が凍り付き、足を滑らせて転倒した魔獣や凍り付いた魔獣そのものが障害となり、ほかの魔獣の動きが鈍った。
それをいくつか繰り返し、無事に魔獣の層を突破することに成功、俺は森の中への突入を果たすのであった。
「────。──、────」
ファイマは耳元に手を当て、語りかけている。その声は周囲の人間に向けたものではない。風の魔術式を用い、離れた位置にいるカンナと会話しているのだ。
やがて彼女は耳元から手を離すと軽く息を吐き出した。タイミングを見計らい、ランドが口を開いた。
「お疲れさまですお嬢様。状況はどうなっていましたか?」
「竜騎兵が地上戦を強いられているのは、森の中から魔術で狙い撃ちにされてるからだそうよ。だから──」
カンナへの指示内容を伝えるが、ランドは考え込むように視線を巡らせた。剣を構えていなければ、顎に手を当てていただろう。
「あなたに指示の内容を仰いだ方が良かったかしら?」
「……いえ、私でも
カンナ君
へ同じ指示を出していたでしょう。適切な判断です」
ランドは忌憚なく答えるも、その表情には焦燥──までは届かないが、険しいものが混じっていた。
そうこうしているうちに、カンナが氷の
魔術
で付近の魔獣を纏めて吹き飛ばした。
「相変わらず豪快な魔術の使い方ね。アレで詠唱時間がほぼ無いんだから不思議だわ」
ファイマが感心と呆れが半々に混ざった声を漏らした。詮索はしないと以前に約束していたが、こうも興味をそそる現象を見せつけられると持ち前の知的好奇心が疼いて仕方がない。
出来上がった群の空白に突っ込み、カンナの姿は出来上がった空白地帯を他の無事な魔獣が埋めて見えなくなってしまった。そのまま魔獣の群を突破して森の中へと突入するのだろう。
彼が隠れている魔術士を排除できれば、事態は一気に好転するだろう。
(だが、問題なく──とはいかないだろうな)
ランドは確信に近いものを内心に抱いていた。
先ほど襲ってきた賊の背後に『例の魔術士』がいるのならば、簡単に事が進むはず無い。目の前にいる魔獣の群も、その魔術士の息が掛かっていると考えて間違いない。
加えて、無視できない小さな懸念も──。
「あのぉ……」
「む、どうされたパペト殿」
「い、一度遺跡の中に立て籠もる……というのはどうでしょうか。外壁は頑丈ですし……」
パペトが顔を蒼白とさせ、震えながらも進言する。
出入り口が限られている建物に籠もるのは一見して愚策かと思われるが、実は敵の侵入する場所が絞られるのでかえって迎撃しやすくなるという利点もある。さらに、一度に踏み込んでくる数も出入り口の大きさによって制限され、戦力差を補う結果にも繋がる。
もっとも、建物の中では移動が制限され、退路を断たれやすくもなるので、一概に利点ばかりも上げられない。
立て籠もるのならば、建物の構造を熟知していないとかえって身を危険に晒す。その点を考えると、
案内役
として遺跡の内部は熟知しているパペトがいるので問題ない──。
「いえ、引き続きこの場に留まりましょう」
──が、ランドはパペトの提案を退けた。
「も、申し訳ありません。素人が出過ぎた真似を」
パペトは慌てたように恐縮するが、ランドは特に気を悪くすることなく手で制した。
『何か気掛かりでもあるの?』
「──ッ」
ファイマからの声が、至近距離から聞こえた。背後にいるはずなのに、距離からして不自然な聞こえ方だ。
『振り向かないで、そのままに』
反応し振り向きそうになる体を、続けて聞こえた耳元からの声に従ってどうにか押さえつけた。
『さっきカンナに使った遠話の魔術式を応用してるの。ランドと私の声を、互いにだけ届くように調整してるわ。声量を増幅しているから、小さく呟くだけでも声が届くから安心して』
ランドは不自然にならない程度に顔だけ振り返り、背後のファイマと顔を合わせる。彼女に対して一度頷くと、視線を元に戻した。