Kanna no Kanna RAW novel - chapter (130)
第百二十話 糸電話が使えないのでメガホンを使いました
──
玉石混淆
ドロップキック。
それは、周囲の制止を振り切り、人質を取った人間の忠告すら無視し、人質ごと問答無用に跳び蹴りをかます禁術である。
この跳び蹴りの元、人質と人質を取った者は、まさしく〝玉石混淆〟のように同じく吹き飛ばされる運命を辿ることからこの名前が付いた(命名──
カンナ
)。
コツは、一切の躊躇い無く、全力で跳び蹴りをぶっ込むことである。
アイスボードで得た速度そのままからボードから飛び上がり、勢いのまま繰り出したドロップキックは
少年
の
顔面
に突き刺さり、人質と被人質もろとも吹き飛ばした。全ての勢いが対象に吸収されたおかげで、俺は空中で姿勢を立て直す余裕があり、その場に両足から着地した。
ただ、蹴りが命中した瞬間、足裏に伝わった感触に違和感を覚える。
どうやら、すんなりとはいかない──。
「な、なにやってんのよカンナァァァァァァァァッ!!!!」
だが、俺が動き出すよりも先に、ファイマの怒鳴り声が叩きつけられた。思わず動きを止めた俺にファイマが駆け寄り、胸倉をつかんで激しく揺さぶってきた。
「止まれって言ったでしょうが! 人質がいるとも伝えたでしょうが! あんた「ああ、了解」って返事もしたわよね! 何やってんのよ! 人質を殺す気なの!! 馬鹿なの!? 死ぬの!?」
「ちょっ、まっ!? お、落ち、落ち着──」
「落ち着けるわけないでしょぉぉぉぉぉぉ!!」
ちょっとお宅のお嬢様を止めてくれません? そんな心境を込めて、揺さぶられながらも護衛たちに視線を向けるが、彼らは口をぽかんと開けたまま唖然としていた。
……まぁ、人質ごと相手を吹き飛ばせばそりゃそうなるわな。
さて、どう説明したものやら。
と、そこで背後で人が動く気配を感じた。
「悪いファイマ、ちょいと待っててくれ。事情は説明するから」
ファイマの腕を掴み強引に押し留める。彼女は最初抵抗を見せたが、こちらの真剣さを受け取ってくれたのか、渋々と動きを止めた。
「明確な理由がなかったら、あなたといえど承知しないわよ」
「安心しろ、すぐにわかる。それよりも、天竜騎士たちに邪魔だった魔術士は潰したって、どうにか伝えてくれ」
俺はそれを天竜騎士たちに伝える前にファイマに強引に呼び戻されたのだ。よって、彼らは己たちにとっての脅威が取り除かれた事実をまだ知らないでいる。
「…………何とかしてみる」
未だ険しい表情を見せるも、ファイマは表面上ではあろうが落ち着きを取り戻した。俺は苦笑を返してから、振り返った。
吹き飛ばされた二人の距離は互いに近い。マリト少年を人質に取っていた男がゆっくりとだが身を起こしている。跳び蹴りを食らいながら、どうやら剣だけ手放さなかったらしい。見上げた根性である。
「ふ、ふざけタマネヲスる。ヒトジちガドうナッテモいいノカ?」
軍服の男は聞き取りにくい声色を発し、剣を杖代わりに地面に突き刺して立ち上がる。少なからずのダメージを受けているのは明白だ。
「まぁ、子どもとはいえ、お貴族様と平民の価値を比べりゃぁ、どっちに天秤が傾くかは明白だわな。たぶん、ランドのおっさんもいよいよって段階になったら見捨てる覚悟はあったろうさ」
人道の観念からすると非道の決断だろうが、護衛対象と部外者の子どもとを天秤に掛ければ、どちらに傾くかは明白だ。
「……さて、どうするよ?」
「くっ──!?」
こちらの問いかけに対して、男は倒れたマリトを再び人質に取ろうと動くが、俺はその足下に氷手裏剣を投擲した。
「おっと、もう一度人質作戦が通用すると思うなよ」
俺は頭上に氷円錐を具現化し、妙な真似をすれば即座に撃ち込めるよう狙いを男へ定めた。
────ッッッ!!
男が足を止め場が膠着する。にらみ合う状況の中、至近距離から大声量が発せられた。この声はファイマか? あまりに大きすぎて、内容は判別不可能だった。
俺は氷円錐の狙いを定めたまま、音が反響している耳を押さえてファイマに怒鳴った。
「おいファイマ! なんだ今の! 鼓膜が破れるかと思ったぞ!? 珍しく真面目なターンなんだからちったぁ空気読め!」
「そのセリフはあなたにだけは言われたくなかったわ! しょうがないでしょ! 遠話の術式だと魔獣が邪魔で通じないから、声を拡大して強引に届かせるしかなかったのよ!」
「せめて事前に教えろや!」
「雰囲気的に口を挟めなかったのよ!」
真面目
な雰囲気をぶち壊すような言い合いをしていると、竜の雄叫びが戦場に響きわたった。魔術式によって拡大されたファイマの声はきっちり彼らに届いていたようだ。竜騎兵は全騎が同時に上空へと飛び上がった。邪魔な魔術士がいなくなり、もはや彼らを遮る者は存在しない。
ある程度の高度に達すると竜騎兵たちは長槍を構え地上へと急降下を仕掛けた。竜騎兵は手にする長柄の槍を、飛竜は鋭い牙と爪を振るい、着弾点付近の魔獣たちをまとめて血祭りに上げていた。竜騎兵は急降下の勢いを殺さずにそのまま魔獣を蹴散らしながら地上付近を滑空し、そのまま再び上空へと飛翔した。
魔獣の群れは、竜騎兵が通った地点だけごっそりと削られた。しかも竜騎兵は急降下と飛翔を繰り返し、瞬く間に魔獣を殲滅していく。
ディアガル帝国の保有する最大戦力の一つ──竜騎兵を擁する『天竜騎士団』。
話には聞いていたが、実際に目の当たりにすると嫌でも納得させられた。
とりあえず、
魔獣
はもう任せて大丈夫だろう。
「アガット! マリト君の無事を確認! それと、キスカは騎士両名の手当を! 急いで!」
「──ッ、りょ、了解!」
彼女の声に我に返ったキスカが治療道具を取り出した。
アガットも、マリト少年の元へと走り出すが──。
「おっと、
マリトの方
は待った」
俺は男にしたように、アガットの足下にも氷手裏剣を投げつけ足と強制的に止めた。
「なっ!? 貴様、子供を見殺しにするつもりか!」
「だぁかぁらぁ、ちょい待てっての。今からが本番なんだからさ」
アガットを制止してから、俺は男へと向き直る。
「ソのおとコのことバではなイが、みすテるキか? きさマのせいで、じゅうしョウをオっていルこどモを──」
挑発とも取れる台詞を口にする男に対して。
「──ああ、
その通りさ
」
俺は照準を男からマリト少年へと移し、氷円錐を放った。