Kanna no Kanna RAW novel - chapter (133)
第百二十三話 『ショタ』は異世界共通語らしい
魔力の気配から予感はあったが、
天剣
が属している『
大いなる祝福
』が出てくるとは。
シュライア
ほど理不尽な魔力は感じられないが、それを安心材料にできるほど楽観的でもない。
「さぁ、行きますよ。これまで受けた屈辱を晴らさせてもらいましょう!」
少年──ラケシスは何も手にしていないはずの腕を大きく振るった。彼我の距離からして、彼の腕を考えると明らかに
間合い
が足りない。それでも俺は迫り来る〝悪寒〟に従い、その場から飛び退いた。
「ズバンッ」と、俺が立っていた場所の地面がえぐり取られる。いや、まるで猛獣の爪で穿たれたような跡が残った。
「──ッ、
これ
を初見でよけますか」
「おい! 今のなんだショタッ子!」
「教える訳ないでしょう。……というか、誰がショタですか! 僕はこれでも
二十歳
はすぎてますよ!」
幼子
って通じるんだ。
……という余計なボケはともかく、俺は即座に足下に『
氷の刃
』を具現化し滑走を開始。ラケシスの支配を失い倒れた軍人を大急ぎで回収。続けて離れ際に氷円錐を放つ。だが、俺の攻撃はラケシスに命中する寸前でまたも粉砕される。まるで見えない『壁』が彼の周囲にあるかのようだ。
「いや……壁ってよりかは──『糸』か?」
注意してラケシスの手の周りを見ると、その小さな手の指から細長い糸上の物体が伸びているのに気がつく。似たような物体がラケシスの躯の周囲に張り巡らされていた。
俺の呟きが聞こえたのか、ファイマがハッとなる。
「そうか、魔力を編み込んで『糸』を作り上げてるんだわ。けど、そうであってもアレほどの物理的な現象を引き起こすなんて普通は無理よ!?」
なるほど、
跳び蹴り
を叩き込んだときに足裏に返ってきた妙な感触の正体は
糸
か。クリーンヒットしたはずなのに鼻血だけで済んでいたので不思議に思っていたのだ。普通、あれだけ勢いの乗った蹴りをまともに受ければ、鼻が折れていてもおかしくはない。
おそらくだが、他者に魔力で悟られないよう最低限の防御力だけを残し、魔力の糸を常時己の周囲に張り巡らせていたのだろう。
「キスカッ、
軍人
も頼む!」
カクルドとスケリアの応急手当をしているキスカの側まで移動し、軍人を放り投げた。走行中のバイクから人間を蹴落とすような扱いだが、残念なことに彼のことにこれ以上気を回している余裕はない。
「他人に気を掛けるとは余裕がありますね」
「やべっ──っ!?」
背後に殺意が迫っているのを感知。キスカたちの近くまで来ていたために、避けると彼女に被害が及ぶ。俺は防御を選択し、振り向きざまに氷壁を具現化した。
魔力の糸が氷壁に激突し、ガラスを爪で引っかくような不協和音が響きわたった。ほかの者はあまりの不快音に耳を押さえていたが、俺はそれよりも氷壁に加えられた威力に顔をゆがめた。
糸の一本一本が、まるで鋭い鋼の剣を叩きつけたような衝撃だったのだ。まともに食らえば、末路は人体スライスハムかサイコロステーキ。想像してしまった俺は寒気を覚えた。
「魔力の欠片も感じられないくせに、妙に頑強な氷ですね」
ラケシスは感心を口にしつつ、再度腕を振るい糸の攻撃を繰り出してきた。糸による薙ぎ払いはかなり広い。下手をすれば他の者が巻き添えを食らう。
逆を言えば、間合いの広さは近距離での取り回しの難しさに繋がる。それに、ラケシスの体格はまさしく人族の子どもだ。身体能力はさほど高くない──だろうと勝手に推測する。こればかりは実際に確かめてみないと不明だ。
身体能力が見た目そのままだとすれば、こちらが選ぶべき土俵は接近戦だ。
意を決し、氷円錐をラケシスに放ち牽制しながら 俺はキックブレードの刃先をラケシスに向け、一気に加速する。大斧を具現したいところだが、斧の重量軽減とキックブレードの加速制御を同時に行うのはさすがに精神の消費が厳しい。
ラケシスは飛んでくる氷円錐を気にする素振りすら見せず、右腕を振るった。氷円錐はラケシスに届く寸前、またも彼の周囲に張り巡らされた糸の結界によって粉砕され遮られる。
予想通りとはいえ、氷円錐が全く通らない。明らかに攻撃力が不足している。俺は軽い舌打ちをしつつ、ラケシスの右手から伸びる糸の横薙ぎを、氷壁で防ぐ。大斧を具現化しなかったのも、防御に精神を費やすためでもあった。
至近距離から響く甲高い擦過音が鼓膜を突き刺す。俺はキックブレードの加速と氷壁の強度に精神を振り込み、糸の薙ぎ払いを強引に突破した。
あの魔力糸の攻撃力は決して油断ならない。だが、拘りなのか、ラケシスの攻撃は『糸』という性質の域をでない。そのため、薙ぎ払いを使うと、腕の動きとはワンテンポ遅れて糸の斬撃が襲いかかってくる。その隙が狙い目だ。
もう少しでラケシスに手が届く距離。糸が伸びる右腕は振りきった状態であり、左腕は自然な形で地面に向けられている。この速度なら、左腕による二撃目よりもこちらの攻撃が届く方が早い。
至近距離から、ありったけの精神力をつぎ込んだ精霊術の一撃を叩き込んで、突破口をこじ開けてやる。
だが、間合いを詰めたことでより明確に見えたラケシスの顔を見て、俺の背筋に痛みを感じるほどの痺れが走った。
──浮かんでいるのは、喜悦の笑み。
俺はそれこそ攻撃に回すつもりだった精神力を総動員し、キックブレードの
制動
を行う。ラケシスの浮かべた顔の次に、彼の左手から伸びている糸の行方に気がついた。
糸は指先から伸びたまま、その先にある地面へと消えていた。それが意味するのは──。
鋭い擦過音が鳴り響く。音の出所は──下からだ!
──ギィィィンッッ!!
急制動で速度を落としていた俺に、糸の先端が襲いかかったのだ。糸の出所は、俺の正面にある地面から。ラケシスの左手から伸びる糸が地中に潜り込み、俺を貫かんと飛び出してきたのだ。
「ノガァァッ!?」
ミスリルの胸当てや、氷結界が発動したことで致命傷はない。そうであってもハンマーで殴られた様な衝撃が全身を貫き、俺はそのまま後方へと投げ出された。