Kanna no Kanna RAW novel - chapter (134)
第百二十四話 極限状況でほっこりすると謎の方言が出てくる法則
「僕の体格を見て接近戦に弱いと考えましたか? 随分と甘く見られたようですね。対策を講じてないとでも思いましたか?」
つまらなそうに言ったラケシスが、地面に向けて糸を放った。俺はほとんど何も考えず反射的に倒れた体勢のまま慌てて転がる。直後に複数の糸が剣山のように地面から突き出した。行動が一瞬でも遅ければ、真っ赤な人間生け花が完成していただろう。
「ほら、まだまだ行きますよ?」
精霊術の制御も駆使し大急ぎで体勢を立て直した俺に向けて、ラケシスはさらなる攻撃を重ねてくる。しかし、強引に立て直した弊害で初動が僅かに遅れた。間に合わないと悟った俺は反射的に氷壁を展開するが、咄嗟のことで制御が甘くなった。
糸の薙ぎ払いを受けた氷壁はガラスが割れるような音を響かせながら砕かれた。直接糸が躯に届くことはなかったが、
反動
で俺の意識がかき乱された。視界がグラツき膝から力が抜ける。意識を失うほどの負荷ではなかったが、数秒近く無防備を晒すこととなった。
そこへ容赦なくラケシスの糸が襲いかかる。両腕から繰り出される糸の波状攻撃だ。
ミスリル製の防具や氷結界の残弾で防ぎきれるかどうかだ。キックブレードは
反動
の影響で俺の制御を離れ、単なる氷の刃と化している。とても回避に使える状態ではない。
俺は揺れる思考に活を入れ、再度氷壁を具現化しようと手をかざした。だが、ラケシスの糸が届くよりも先に、俺の前に割り込む姿があった。
「クロエッ!?」
「ガァァァァァァァッ!!」
紫電を身に纏い、クロエは雷光を煌めかせる刀を上段から振り下ろす。ラケシスの糸を、一刀の元に全て斬り払った。糸の強度によほど自信があったのか、ラケシスは驚愕の表情を浮かべた。
「カンナ様、ご無事ですか!?」
「悪ぃ、助かった。けどお前、魔獣の方を相手にしてたんじゃ──」
「話は後で! 今はとにかく奴から離れましょう!」
どうにか立て直した意識でキックブレードを制御下に戻し、俺はクロエとともにラケシスから距離を取る。
「おっと、そう簡単に逃がしませんよ?」
小さく驚きつつも、ラケシスは大きな動揺を見せずに離れようとする俺たちに糸を繰り出してきた。
「『エア・スラッシュ』!」
迫る糸を迎えうとうとした俺たちの側を、魔力を帯びた『風の刃』が飛来した。糸の斬撃は風の斬撃によって弾かれ、直接命中しなかったものは突風に煽られて勢いを失う。
今の魔術式を放った者が誰かは、もはや問うまでもない。
「ちょ、ファイマ!? お前はこの場で一番の要人だぞ! おとなしく守られてろよ!」
「御託はいいからさっさと離れなさい! 援護するから!」
こちらの言い分を叩き伏せたファイマはさらなる魔術式を構築し、ラケシスに向けて放つ──っておい、なんか凄い規模の魔術式が出来上がってるんですけど!?
「裏からこそこそ狙われて、いい加減に私も鬱憤が溜まってんのよ!」
空中の術式から現れたのは、豪風を纏う巨大な槍だ。装飾美麗でありながら、内包する魔力と風量は膨大だ。援護と言う割には威力がでかすぎませんかねこれ。
──つーか、近くにいたら俺たちも巻き込まれるぞ!?
俺たちは大急ぎでその場から離脱。それを確かめたのかそうでないのか、ファイマは魔力を高ぶらせながら叫んだ。
「これでも喰らいなさい! 『ランペイジ・ストライク』!」
凄まじい風をまき散らしながら、魔術の槍が解き放たれた。ラケシスは舌打ちをすると、両手の糸を操り己の正面に網目状の『壁』を形成し、猛スピードで迫る暴風の槍を受け止めた。
一瞬の均衡の後、暴風の槍が弾けるように消滅。それに伴い、内側に込められていた風が解放された。圧倒的な風量に付近の地面がごっそりとえぐり取られる。
残念なことに、糸で作られた壁は健在。壁のこちら側の地面は荒れ地の様になっているのに、あちら側へは影響が出ていない。当然、ラケシスには傷一つついていない。ファイマの放った魔術の槍は完全に防がれていた。
「ちっ、防がれたわね。
今の
魔術
は手持ちの中では上から数えた方が早い威力だったのに」
「……その前に言うことはないのか」
「あらカンナ、どうしてそんなところで寝てるの?」
「お前の
魔術
だよ!」
地面をひっくり返すほどではなかったが、強風は離脱中の俺にまで届いた。突風に煽られてバランスを崩した俺はそのまま地面を転がり、ファイマの付近でようやく停止したのだ。ちなみにクロエはそもそもの
身体能力
が俺と段違いだったので、体勢を保ったままファイマの元にまでたどり着いていた。
「いててて、ちょっと頭打った」
「カンナ様、立てますか?」
「お前はほんまええ子やなぁ……」
謎の方言を吐きながら、俺はクロエの手を借りて立ち上がった。
「そんで、
お前
はどうしてこっちに?」
「ファイマ殿が拡声の魔術式でカンナ様の危機を知らせてくれたのです。駆けつけるのが間に合って、本当に良かった」
クロエは心底安堵したように微笑を浮かべてから、キッと鋭い視線をラケシスに向けた。