Kanna no Kanna RAW novel - chapter (139)
第百二十九話 シリアスなサブタイトルが続いているのでサブタイトルで遊んでみた(内容はシリアス)
(ヤバい! 二人の体力とか考えてなかった!)
状況的に時間を掛けて作戦を練る余裕はなかった。即席の策にしては上出来だっただろうが、彼女たちの体力を全く考慮していなかったことに今更ながらに気がついた。
こちらにとっての好機は、同時にラケシスにとっての好機を作る結果となってしまった。再びラケシスが調子を取り戻せば、形勢は一気にこちら側が不利になり、もう建て直しは利かない。
「だったら、ここで片を付けてやらぁ!」
氷砲弾を発射し、直後にキックブレードを具現。加速と同時に氷円錐を連射する。ラケシスは糸を振るうも、貫通力のある氷砲弾を弾き飛ばすには攻撃が軽かった。表面の幾分かは削り取るが、氷砲弾はそのままラケシスへと直進する。
再びラケシスは糸をアンカー代わりとして、己の躯を引っ張りその場から離脱する。氷砲弾はそのままラケシスの立っていた場所に着弾するが、氷円錐は追尾ミサイルのように追いかける。しかし、それも地面に着地したラケシスが片手間で全て破壊してしまう。
「うぉおおらぁぁぁぁっっ!」
「クッ────ッ!」
ラケシスが氷円錐を迎え撃っている隙に急接近した俺が、氷の大斧を振り下ろす。ラケシスはギリギリのところで糸の牽引を使って逃れるが、その顔には間違いなく焦りがあった。
しかし、このままラケシスを捕捉できなければじり貧だ。せめて奴の動き止める一手があれば──。
──ブツンッ!
「んなぁっ!?」
糸の牽引を利用して移動していたラケシスの体勢が、大きく崩れた。
俺の目には、細長い物体がラケシスを牽引する糸を切断する瞬間が見えていた。ハッとなりクロエの方を向くと、彼女は片膝を付いたまま何かしらを投擲したような格好をしていた。ラケシスの糸を切断したのは、クロエが投げた『雷刃』の刀だ。
「『エア・ハンマー』!!」
己を引っ張る物がなくなり空中でもがくラケシスは次なる糸を放とうとするが、それよりも早くに不可視の巨大槌によって地面に叩きつけられた。ファイマの魔術式だ。攻撃力こそなさそうだがその分発生も早く、奴を文字通り地に縫い止めるには十分な効果を発揮していた。
「ナイスだ、二人とも!」
ラケシスは地面に両手を突き、意識を確かめるように頭を降っている。まさしく千載一遇のチャンス。
俺は加速し、ラケシスに近付く。そしてキックブレードを解除。その制御に回していた精神力を大斧の具現化に費やす。
寸前で糸の結界を張られたとしても、この大質量で叩き潰してやる。
「これで終わりだあぁぁぁぁ!!」
俺は具現化した巨大な斧を大上段に振りかぶり、渾身の力でラケシスへと叩きつけた。
──ピンッと、『糸』が引き絞られるような音が聞こえた気がした。
それが何なのかを理解する前に、氷の大質量が大地を揺るがし土砂を巻き上げた。
おそらくこの瞬間、ファイマとクロエは勝利を確信しただろう。
対して俺は、信じられない光景を目の当たりにしていた。
大斧は狙いを僅かに逸れ、
その真横
に突き刺さっていたからだ。ラケシスは土に汚れながらも、躯に氷の刃は一切届いていなかった。
俺は最初、何が起こったのかが分からなかった。
必殺であるはずだった大斧の一撃は、ラケシスに届かずに地面を穿つだけであった。
情を掛ける要素は欠片も見つからない相手のはず。なのに、俺はまるでラケシスを避けるようにして大斧を振り下ろしていた。振り下ろしの瞬間に、自分の腕がまるで俺の意志から離れたような感覚だった。
──まるで、見えない糸に操られているかのような……。
「────ッッッッ!?」
そこまで思い至り、俺は自分の身に起こっている事にようやく気が付いた。
「やれやれ、まさかここまでやるとは思ってもみませんでしたよ」
ラケシスは躯に掛かった土埃をはたき落としながら、悠々と立ち上がった。その動きを目の当たりにしながら、俺は動かない。
否、動けなかった。
斧を振り下ろした状態のまま、躯がぴくりとも動かない。
俺の躯中に、まるで玩具の『操り人形』の様な糸が巻き付いており、それらは全てラケシスの元へと伸びているのだ。
間違いなく、ラケシスの魔力で作られた『糸』だった。
ラケシスは俺に向けて手を翳し、指を軽く動かす。すると、俺の意に反し、両手から大斧が抜け落ち、棒立ち状態の格好になる。
「こ──んの野郎……何しがやった」
「おや、まだ口が動かせるのですか。驚きですね」
口では疑問を発しつつも、俺は既に理解していた。
キスカの治療を受けている軍人と同じく、俺の躯もラケシスに操られているのだと。
「遺跡の内部であなたの腕を掴んだ際に『結び目』を仕掛けておきました。万が一の『保険』として仕掛けていたのですが、まさか本当に使うことになるとは……」
襲撃者の遺体を調べるようとした俺の腕を、ラケシス──マリトは引き留めようと掴んでいた。あの時、小さく腕に感じた痛みを思い出す。
「……気色悪い子供の演技をしただけじゃなかったのか」
だが、魔力的な措置であるのならば、俺が気づかないはずがない。なぜ見落としていたのか。
「あの『結び目』は縫いつけた時点では一切魔力を発せず、僕の意思次第でいつでも『糸』を括り付けて対象を支配することが出来るんですよ。ただ、対象に直接ふれなければ括り付けが出来ず、しかも同時に一つか二つしか維持できないのが欠点ですがね」
意気揚々に説明するラケシスを、睨みつけることしかできない。そんな俺を見て気分を良くしたのか、ラケシスはさらに饒舌に語る。
「さらに言えば、仮に『結び目』の植え付けに成功したとしても、すぐさま対象を操れるとは限りません。おそらく、あの
お嬢様
から聞かされているとは思いますが、魔術的に耐性のある者や一度操られた経験のある者に関しては、ある程度の時間を掛けなければ支配下におけません」
「ですが──」と続けたラケシスは俺を見た。
瞳に映っていたのは、蔑みの感情だ。
「あなたの場合はそのどれにも属さなかったようですね。ここまですんなりと糸の支配が行き届くとは予想外でした。あれほどに見事な氷魔術を使っていたのに、まさか魔力をほとんど──どころか、全く有していないとは」
──ッ、何故知ってるんだ!?