Kanna no Kanna RAW novel - chapter (140)
第百三十話 プッツン
この世界でその事実を知るのは、極々少数の人間に限られている。少なくとも無為に広めるような人物ではない。
「その表情を見るに、どうやら秘密にしていたようですね」
さすがの俺も驚愕が顔にでていたか。
「僕は糸を括り付けた対象の状態をある程度把握できるのですよ。主に感情や魔力の量などをね。時間を要すれば、その者の潜在能力や記憶に至るまで調べることも可能ですが、これはまぁいいでしょう」
ラケシスが語っている最中、俺もただ黙って聞き入っている訳ではなかった。どうにか精霊術を使い、ラケシスのど
頭
を氷塊でかち割ってやろうとしているのだが、精霊からの反応が悪く『氷の具現化』までには至らない。精霊術を行使しようと集中しているのだが、形になる寸前に頭の中に
乱れ
が生じて上手く行かない。
「無駄ですよ。あなたの精神状況は既に僕の手中にある。何かをしようとしても、その都度に集中力を少し乱してやれば何も出来ません」
ラケシスがパチリと指を鳴らした途端、俺の全身に締め付けるような激痛が走った。
「がぁぁぁぁぁぁっ────っっ!?」
「そもそも、あなたが思考を続けていられるのは僕の温情です。無駄な抵抗はやめてください。まぁ、痛みで会話どころか、まともな思考すら出来なくなるでしょうが」
凄まじい痛みが全身を駆け巡り悲鳴を上げる俺をよそに、ラケシスは悠々と言葉を続ける。温情という言葉が聞いて呆れる。
「カンナ様!」
「この、カンナから離れなさい!」
疲労困憊の躯に鞭を打ち、クロエがこちらに駆け寄ろうとする。刀は投擲してしまい無手であるために、刀の鞘を武器代わりにしている。ファイマもどうにか魔力を練り上げ、術式を発動しようとするが。
「あなたたちの相手は後でしてあげますから、今は黙っていてください」
ラケシスは糸を振るい、駆け寄ってくるクロエと術式を構築している最中のファイマを薙ぎ払った。
「クロエ! ファイマ!」
クロエは鞘を盾に、ファイマは風の防壁を展開して糸を防いだようだが、派手に吹き飛ばされ地面に倒れた。
「このクソガキが!」
頭に血が上った俺は、全身に痛みが走るのも構わずラケシスに殴りかかろうと躯に力を込めた。
だというのに、俺の躯は俺の意志に反し微動にしない。
「それにしても、まさかあなたのような『祝福』の無い屑に僕の計画を悉くつぶされていたと考えると本当に腹立たしいですね」
「──なんだと?」
「ある意味では天剣の言うとおりでしたよ。最初は全く気にも止めていなかったあなたが、いつの間にか僕の予定を根底から覆していただなんて、笑い話にも程がありますよ。これなら、不本意であったとしても彼女の忠告を素直に聞いておくべきでしたか」
天剣──シュライアのことか。あの
絶壁
がこのショタモドキに何を吹き込んだのか──。
「今かなり失礼なこと考えたでしょう。やめてください。
あの人
を怒らせると僕にもとばっちりが来る恐れがあるんですから」
ラケシスが恐怖に肩を小さく震わせた。
「よしわかった。次に
シュライア
に会ったとき、お前がシュライアの事を『ド貧乳』って呼んでたと教えておこう」
「僕を殺す気ですか!?」
「おう、くたばってくれると俺としては非常に助かる」
「動きを封じられていながらも、減らず口が止まらない人で──」
悪態を付こうとしたラケシスだったが、言葉の途中でピタリと動きを止めた。少しの間をおき、ラケシスの顔に張り付いたのは驚愕だった。
「…………どうして口を開けるのですか?」
「あ?」
「今のあなたは全身に激痛が走っているはず。並の人間ならまともに思考するのが難しくなるほどですよ!」
ラケシスの言うとおり、奴の支配下にある俺の躯には激痛が絶え間なく
流されてる。口を開くのさえ億劫になるほど。出来ることと言えば、憎まれ口を叩く程度だ。
ラケシスは神妙な表情になる。
「……気が変わりました。これまで受けた屈辱を晴らすために嬲り殺しにしようと考えていましたが、あなたはある意味で僕の想像を超えています。すぐにでも『自我』を消滅させてしまった方が良さそうだ」
「──ッ」
俺の躯を戒める『糸』を介し、異質な感覚が伝わってきた。
渓谷で襲ってきた魔術師やシュライアからも感じられた、あのおぞましい気配だ。
薄皮を一枚一枚剥がされていくような寒気。
ラケシスの言う『支配』の手が糸を通じて迫ってきているのが分かった。
「安心してください。あそこで転がっている黒狼の娘とは違い、二度と抗えないよう丹念に貴方を作り替えてあげますから」
ただただ、ひたすらに吐き気を催すほどの嫌悪感がこみ上げてくる。
じわりじわりと、ラケシスの支配が躯に浸透する。
これが全身に広がったとき、俺が奴に支配されるということなのだろう。
「下手な抵抗をせず身を委ねてしまいなさい。苦しいのは最初だけです」
徐々に意識が途切れ途切れになってきた。
奴の『支配』が遂に精神にまで届き始めているのだ。
「さぁ、僕の祝福を受け入れなさい。そうすればもう恐怖すら感じない立派な人形にしてあげますから」
ラケシスの言葉が頭に──心に反響する。
受け入れれば──この嫌悪感は無くなる。
受け入れれば──ラケシスに対して抱いた怒りも消え去る。
受け入れれば──奴に支配されているという屈辱も消え去る。
──俺の中で、致命的な物が断ち切れた音がした。
「ふざっっけんなよこのド畜生がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
単純に、堪忍袋の緒が切れただけである。