Kanna no Kanna RAW novel - chapter (142)
第百三十二話 変身タイムはチャージタイム(変身しないが)
あーすっきりした。躯はともかく、
精神
に『糸』が絡みついている感覚は、できるなら二度と体験したくないな。俺は縛るのは好きだが縛られるのはあまり好きではなかった。
「さぁ、覚悟しやがれ!」
一時的に躯の支配権を奪われた影響か、躯の疲弊は限界に近い。だが、それを大きく上回る心の昂ぶりが全身を駆け巡っている。
俺は力強く一歩を踏みしめた。
ラケシスは、俺の足音に我に返る。
「……認識を改めましょう」
これまで見せた、嘲りや怒りは無い。
「──貴方は危険だ。野放しにすれば、間違いなく我々の障害となる」
敵対者を前にした者の、真剣な顔がそこにあった。
「故に──『
大いなる祝福
』の一柱として、全力で貴方を排除します!」
ラケシスは両手の指から糸を伸ばすと、その全てを地面に打ち込んだ。俺はキックブレードを具現化して咄嗟に距離を離す。だが、糸の刺突のかわりに地面が大きく揺れた。バランスを崩した俺は咄嗟に地に手を着く。
「これは──っ?」
手の平を伝わり、地面の奥から膨大な魔力が渦巻いているのを感じ取った。ラケシスを見ると、彼は糸を通し地面に向けて大量の魔力を注ぎ込んでいた。
「本来であるのならば、超危険種の魔獣を捕獲するときの切り札ですが、万全を喫するために使わせて貰いましょう!」
地面に巨大な魔術式が展開した。以前に遭遇した
氷の守護者
が現れた時に魔術式と酷似している。
「おいでなさい──『
大地の巨神兵
』!!」
地面が、中心地にいるラケシスごと大きくせり上がった。
──数秒もしない内に、そこには体長十メートルにも匹敵する巨大な土塊の
人型
が姿を現していた。
「言い忘れていましたが、僕の適正魔術は地属性。この術式は力押し一辺倒で僕の主義に反しますが、その威力は折り紙付きです」
ラケシスは巨大な
人型
の肩に乗っていた。
「さぁ行きなさい! あの者を叩き潰して──」
──ゴギィィィンッ!
奴の言葉を遮るように、甲高い衝突音が鳴り響いた。
俺の撃ち込んだ氷砲弾が、
巨大人型
のちょうど中心部に命中した音だ。だが、氷砲弾は目標を貫通することなく、半ばまでめり込むだけに止まっていた。
「本当に人の話を最後まで聞かない人ですね。ですが無駄です。この『
大地の巨神兵
』は、僕の手札の中で最大規模の術式です。並大抵の攻撃では揺るぎません!」
叫ぶラケシスに対して、俺は言ってやった。
「──本命は
氷砲弾
じゃないさ」
魔力や術式の規模で、
ラケシス
が切り札を使うことは察することができていた。ならばそれを悠長に待っている俺ではない。
ラケシスが札を切るというのならば。
俺も最後の切り札を使うまでだ。
巨大人型
に突き刺さった氷砲弾だが、実はその先端には氷爆弾が埋め込まれている。
ただの氷爆弾ではない。
ありったけの精神力を込め、極限まで温度を下げた大玉の氷爆弾だ。
──鋼竜騎士団に牢屋に閉じこめられた際、俺は氷爆弾の使い方をいろいろと試していた。
その時に、限界にまで氷爆弾の温度を下げた結果、氷結晶の内部に液体が発生したのを覚えているだろうか。
その液体の正体は──窒素。
俺は意図せずに『液体窒素』を作り上げていたのだ。
ここで簡単な物理の問題。
空気は熱を加えれば膨張する。
逆に冷やされれば収縮する。
ならば『液体窒素』を生み出すほどの超低温によって圧縮された空気が、常温空間に一気に解放されたら──果たして結果はどうなるのか。
「吹き飛べ」
淡々と、俺は唱えた。
極限の冷気を宿した氷爆弾──『窒素爆弾』の内部に込められた極寒の空気が炸裂する。超圧縮されていた極寒の大気が常温にさらされ、その体積を瞬時に数百倍にまで膨張させた。
結果、膨張の衝撃に巻き込まれ、超冷気をまき散らしながら『
大地の巨神兵
』は半ばから吹き飛んだ。
『窒素爆弾』爆心地付近は粉々になり、上半身は胸下の辺りまで、下半身は膝上の付近まで形を失う。となれば当然、
巨大人型
は上下に両断される形となり、支えを失った上半身は重力に引かれて落下を始める。当然、その肩に乗っていたラケシスもだ。
どうにか
人型
の肩にしがみついていたラケシスだったが、上半身が地面に墜落した衝撃で投げ出された。
「あぁ、クソッ! もう嫌になるね畜生!」
俺は悪態を付きながら足に力を込める。
ラケシスの糸から強引に脱出し、その直後には『窒素爆弾』まで具現化したのだ。心身ともに限界に達しており、もはや精霊術をまともに行使できる精神力は残っていなかった。はっきり言って、気を失う半歩手前だ。
だとしても、こんなところで気絶している場合ではない。
もつれそうになる足を根性で動かし、とぎれそうな意識を気合いで繋ぎ止めて、俺は駆ける。
地面に叩きつけられて痛みに呻くラケシスは、俺の駆け寄る音に慌てたように顔を上げた。
──その無駄に整ったショタ顔に、一発ぶち込まなきゃ気が済まない!
「だらっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!」
俺は躯に残った体力と気力の全てを絞り出し。
ラケシスの顔面に渾身の
跳び蹴り
を叩き込む。
今度こそ、足裏に骨が折れる感触が伝わり、ラケシスは鼻血を吹き出しながら吹き飛んでいった。