Kanna no Kanna RAW novel - chapter (146)
幕間その七 後編 傍目から見ても中二のようです
勇者
一行
は『魔神』──セラファイド──の捜索を打ち切り、ドラクニルへと向かう一方で、その途中にある町を訪れては『冒険者』としての依頼をこなす日々を送っていた。
これは何も、資金を得るためではない。彼らの
背後
にはユルフィリア王家がついており、金銭的な援助もあるので意味は薄かった。
勇者たちの潜在能力が飛び抜けているのは紛れもない事実だが、それを十全に扱うには圧倒的に経験が不足していた。そのため、フィリアスは実戦の経験を多く積むためドラクニルに向かいながら冒険者としての活動も平行して行うことを提案したのだ。
──フィリアスがこの提案を出した本来の意図は、少し違うところにあった。
冒険者としての活動を行うのは当初の予定通り。しかし、全てが予定通りに進んでいれば、勇者たちの冒険者ランクはCランクにまで達していたはず。なのに、現時点では未だにDを越えていなかったのだ。
セラファイドを封印していた『魔槍』を手に入れられなかったのは惜しかったが、勇者──特に有月──の能力はフィリアスの予想を大きく超えていた。そのため、魔槍の力が無くとも戦力的には問題ないと判断できていた。
だが、鉱山での一件に関しては別である。
本来であるのならば、あのゴブリンの大氾濫で討伐に向かった冒険者たちや騎士団は壊滅。魔獣の群れは更に拡大し付近の町に迫る勢いになる。勇者たちは
偶然
にもその町に居合わせ、押し寄せる魔獣の群れに果敢に挑み、見事に魔獣の
長
を撃破し危機に瀕した町とそこに住む住人を助け出す──と言うのが『シナリオ』だったのだ。
ところが蓋を開ければ、魔獣の大氾濫はその勢いを増す前に全滅。冒険者たちにも騎士団にも死者は出ずに終わってしまった。これをもって一気に名を上げる予定だったところを、盛大な肩透かしを食らってしまった。
勇者たちにとってのみならず、他の『シナリオ』にも多大な影響を与えたこれまでにないほどの大失態であり、その挽回に必至で『シナリオ』の修正を試みている最中であった。
その一環としての地道な冒険者活動だ。最短ルートは選べなくなったが、勇者の実力に偽りはない。順当に冒険者としてのランクは上がっていくだろう。
惜しむらくはやはり時間が掛かることだ。できればドラクニルに到着するまでにBランクに達するのが最善であったが、このペースでは精々Cランクが精一杯。ディアガルは『武』を重んずる国家。|腕利き(Bランク)の実力者を仲間に迎えているフィリアスの発言を、簡単に無下にはできないだろう考えていたのだ。
だが、これに関しても解決策はある。繰り返すがディアガルは『武』を重んずる国家。勇者たちの実力を示す機会はいくらでもあるはず。血気盛んな者であれば、自ずと
勇者たち
に戦いを挑むだろう。
──シナリオの齟齬はあれど、どれもが挽回可能。
少なくとも、シュライアの報告を受ける前までフィリアスはそう考えていた。けれども、今は得体の知れぬ不安感を抱きながらフィリアスは町の酒場へと向かっていた。勇者三人には人と会う約束をしている、という事で今日は別行動をとっていたのだ。
シュライアの話では、『白夜叉』は氷の
魔術
を自在に扱う白髪赤目の若者。過去にフィリアスが異世界より召喚した『偽勇者』は黒髪黒目の上、魔力的素養を僅かほども有していなかった。似ても似つかない両者の存在なのに、どうしてこうも不安をかき立てられるのか理解できない。
フィリアスにとって魔力が──『祝福』が皆無という時点で『偽勇者』の存在は受け入れ難かった。『偽勇者』の
始末
を考えていたのは、後の禍根を危惧した他に、偽勇者の存在そのものを許せなかったからだ。
結局、
偽勇者
はこちらが手を下す前に、あろう事か捕らえていた城内の牢屋に捕らえていたハーフエルフ──『竜剣』の脱走の手引きをし行方を眩ませた。その上、宝物庫の金品を大量に盗み出した上で、捕縛に向かった兵士や騎士に大量の負傷者を出したのだ。奇跡的に死傷者はいなかったが、その後の事後処理を考えると頭が痛かった。
始末の悪いことに、『勇者召喚』の露見を防ぐために処理は秘密裏に行わなければならなかった。本来であれば『竜剣』が関与した件をディアガルに抗議するところをこちらも掘り下げられて『勇者召喚』に勘づかれるのを防ぐ為に表立って抗議する訳にも行かなかった。
……竜剣がディアガルに戻っている時点で、勇者召喚の件は既に伝わっていると見て間違いはない。だが、表面上は友好国として繋がりを持っている以上、ユルフィリアもディアガルもそう簡単に問題を表に出すことはないだろう。それに、仮に『
勇者召喚
』をディアガルが問題として取り上げたとしてもこちらには『魔神討伐』の面目がある。
──思考を重ねているうちに、フィリアスは待ち合わせ場所の酒場に到着していた。
「……これ以上は考えていても仕方がありませね」
『白夜叉』を含む『案件』に関しては情報が少なすぎる。『始末』するのか利用するのか、傍観するかの判断は先延ばしにするしかない。『シナリオ』の根幹をなす要素が待っているのだから。
酒場に足を踏み入れれば、勇者三人はすぐに見つかった。発する『
気配
』が一般人とは別格なのだ。本人たちは普通にテーブルに座していたが、周囲の注目を集めていた。
「お疲れさまです、皆さん」
フィリアスの声に、三人が振り向いた。彼らの動きに反応して周囲の者たちもフィリアスの存在に気がつき、その美貌に目を奪われる。多くの視線を感じながらもフィリアスは気にする素振りを見せずに、三人が座るテーブルの一席に腰を下ろした。
「その様子ですと、無事に依頼は終了したようですね」
「おかげさまで。あまり歯応えのある獲物では無かったのだけどね」
柔らかく答えるのは勇者の一人である有月だった。
「そちらこそ、話し合いは終わったのかな?」
「こちらも滞りなく」
「それは良かった」
彼の纏う雰囲気に昔のような
柔らか
さ無く、威風堂々な自信に満ち溢れていた。もしこの場に、彼を
よく知る者
がいれば、まさに別人にも感じられただろう。
「ねーねー、フィーってたまに一人で誰かに会ってるけど、どんな人たちなの?」
「そうですね……。もう少しすれば皆さんにも紹介できると思います」
「そっかぁ。ま、フィーが信頼してるんだったら悪い奴らじゃ無いだろうしね」
ケラケラと笑うのは美咲だ。彼女もまた、大きな変わり様を見せていた。元々天真爛漫なところはあっただろうが、それに輪をかけて明るくなった。あるいは幼ささえ感じるほどだ。フィリアスに対しての大きな信頼感が言葉から察することができる。これも彼女に限った話ではない。
「……話し合いの内容も……まだ教えてくれないの?」
「申し訳ありません彩菜さん。時がくればいずれは必ず」
「そう……分かった」
彩菜からは陰鬱な気配が漂っている。落ち着きを払っているというよりかは『暗くなった』と表現した方が正しいだろう。以前なら多少なりとも言及していた彼女も、今ではフィリアスの答えに素直に信じるようになっていた。
「それにしても、いい感じの大物ってのがなかなか見つからないわよねぇ。今日の獲物だって大したこと無かったし」
「……気楽なものですね。勝手に先行するあなたをフォローする私や有月君の身にもなってください」
「有月はともかく、あんたは後ろでボケッと突っ立ってるだけじゃない。良いわよね楽ができて」
「……私は私で、全体の状況を把握する役割があります。特に、考えなしに突っ込むだけの人間には言われたくありません」
急に言い争いを始める美咲と彩菜。親友同士であるはずの彼女たちが言い争うのを前に、有月が割り込む。
「美咲さん。彩菜さんは常に最悪の事態を想定して動いてくれているんだ。彼女がいてくれるから僕らは常に安心して戦うことを忘れてはいけないよ」
「あ、うん。そう……だね」
有月に
窘
められた美咲は、頬を赤らめながらも答えた。
「彩菜さんも、美咲さんが勇敢に戦ってくれてるからこそ落ち着いて状況を把握できるんだ。そう非難するものではないよ」
「……まぁ、有月君がそう言うなら」
美咲と同じように頬に朱が差し込む彩菜。
二人の反応はまるで、想いを寄せる
対象
に声を掛けられた乙女のようであった。
「僕たちは仲間なんだから、力を合わせてこれからもがんばっていきたい。そう思っているのは僕だけかな?」
「そりゃぁ……私だってそうだけど」
「……不本意ですか、美咲さんと同じ気持ちです」
「だったら喧嘩はこれでおしまい。いいね?」
不承不承と言った具合ではあったが、少女二人は小さく頷いた。それをみた有月は満足げに笑うのであった。
目の前の『茶番劇』に、フィリアスは抱いていた不安が薄れるのを感じていた。
──『シナリオ』に様々な『齟齬』が続いている中、彼らの『人格面』であった。
(『オーバーライド』の効果は順調に現れているようですね。これで後何度か重ねれば『
人格
』に関しては完了でしょう)
本人たちは無自覚であろうが、彼らの中にあった人間関係は完全に逆転していた。すなわち、『美咲と彩菜が有月を引っ張る形』から、『有月が三人の中の頂点に立つ位置』に移り変わっているのだ。
(そうです。シナリオに多少の問題が生じたとしても、彼らが『勇者』として〝完成〟すれば恐れるに足らず。何を恐れることがあるのですか)
世界でもっとも尊い『祝福』を受けた
勇者
がいる。その事実を忘れてしまってはならない。フィリアスは不安を抱いていた己を恥じた。
「ところでフィー。さっきは少し顔色が悪かったけれど、何か心配事でもあったのかい?」
「……いえ、話が長引いて少し疲れただけでしょう」
店にはいる前に気を取り直したつもりが、動揺を引きずっていたようだ。フィリアスは己の未熟を苦く想いながら言った。
「そうか……。フィー、僕たちは意味のことも仲間だと思っている。だから、もし不安に思うことがあるなら遠慮せずに言ってほしい。きっと力になれるはずだから」
「そうだよフィー。私たちは仲間なんだから」
「力にはなれなくとも、話を聞くことぐらいはできます」
有月の言葉に同意を示す美咲と彩菜。
──不安は薄れながらも未だに心の中に存在しているのを、フィリアスは気づいていなかった。それ故に、彼女は『その名』を思わず口にしていた。
「皆様は……『白夜叉のカンナ』という名前をご存じですか?」
「「「カンナだって(ですって)!?」」」
その名を聞いた瞬間、勇者たちが纏っていた雰囲気ががらりと変わった。
「ね、ねぇ! 今カンちゃんの名前を言ったのかな!? ねぇフィー! それってあのカンちゃんなの!?」
有月は威風堂々の空気を捨ててヘタレた印象が強くなり、縋るような勢いでフィリアスに詰め寄る。
「──ッ!? お、落ち着いてください! 私の知る『カンナ』と皆様が知る『カンナ』が同一人物とは限りませんよ!?」
「ちなみに、そのカンナという人物の詳しい容姿は分かるのですか?」
彩菜の言葉から陰湿な気配は抜け、冷静ながらも意志の強さを感じた。
「き、聞いた話では、白髪赤目の青年だと言うことですが……」
「何その中二を絵に描いたような格好。まぁ、中二っぽい格好という点では、ファンタジーな装備をしてるの私たちも人のこといえないけどなぁ」
美咲からは幼さが抜け、年齢相応の口調になった。
更に──。
「あ、でも想像したら意外と似合ってるかもしんないわね。どう思う彩菜?」
「そうですね……これで右腕が義腕になっていたり、眼帯とか付けていれば完全ですね」
「いやいや、それはちょっと物騒でしょ」
「何だったら義腕も眼帯も私が作ります」
「あんた友達を改造する気!?」
いがみ合っていたはずの二人が、和気藹々と会話をしているではないか。微笑ましい光景であるはずなのに、フィリアスにとっては単なる驚愕ではすまされなかった。
まるで勇者たちが、『以前の勇者たち』に戻っているようではないか。
「……でも、カンちゃんは生粋の日本人だし、そんな髪の色にするわけないから、やっぱり別人かなぁ。目の色も違うらしいし」
気落ちした風な有月の言葉に、美咲と彩菜も肩を落とした。
「早く帰りたいですね……カンナ君に会いたいです」
「カンナにもう一度会うためにも、頑張るしかないわね」
美咲の最後の言葉に、勇者三人は顔を見合わせて力強く頷いた。
(な、何が起こったというのですか……まさかっ!?)
原因など──一つしか考えられなかった。
『
偽勇者
』という存在が、彼らの中に根付いていたのだ。それ以前に、勇者たちと『偽勇者』に明確な関係があることフィリアスはこの時に初めて知った。
(しまった……この可能性を失念していた!)
すぐに『偽勇者』への興味を失ったがために、勇者と『偽勇者』との繋がりがある可能性をフィリアスは見逃していた。その見逃しの
代償
が、ここに来て姿を現したのだ。
勇者たちの反応から見るに、『偽勇者』は彼らにとってつながりの深い人物だったのだろう。
もし──もし万が一白夜叉なる者と『偽勇者』が同一人物であり、邂逅する事があれば、フィリアスを含むユルフィリア国(正確にはその上層部)が『偽勇者』を〝処分〟しようとした事実が間違いなく勇者たちに伝わる。そうなれば彼らは以降、フィリアスたちへの信頼を失い、最悪の場合は敵対関係にまで発展するだろう。
仮に白夜叉が勇者と何ら関係のない別人であろうとも、既に彼は『シナリオ』にとって大きな障害となっている。どちらにせよ、性急に対策を練る必要がある。
(けれど……時間が足りない)
『シナリオ』の許す範囲でドラクニルヘの到着を先延ばしにしているのだ。これ以上に延期すれば『シナリオ』に大きな影響が出てくる。加えて、白夜叉は
糸使い
を撃破するほどの実力を秘めている。そう簡単にはいかないだろう。
(……『あの人』の事も放置はできない。なんとしても『彼女』と『白夜叉』を処理する算段を付けないと)
フィリアスは策を練り始める。
──彼女はまだ気づいていなかった。
白夜叉が──『カンナ』という男が、フィリアスの──『
大いなる祝福
』の信奉する『
運命
』にとって、どれほどに致命的な存在であるかを。