Kanna no Kanna RAW novel - chapter (15)
第十四話 斧を振り回す主人公って珍しいんじゃね?
やれやれ、と軽く肩を竦ませただけでは済まされない展開だ。
五人の一番背後にいるは、軽鎧をまとっている他とは違ったローブ姿だ。直前の爆発は奴の放った魔術だろう。証拠はないが、状況ではそう結論した方が話が早い。
「おい、怪我してないか?」
「え? あ、はい」
赤毛さんに駆け寄り、立ち上がるのを手助けする。彼女は寸前に命の危機にあったのを未だに飲み込めてないのか、爆発の衝撃で思考が定まっていない。
「なぁ従者さん。あの覆面さんがたと面識ってあるのかい?」
「い、いや、無いが…………」
主よりは混乱から立ち直るのが早かった。従者たちは俺の言葉に頷きつつ、乱入者達へと身構える。
「とりあえず、俺とアンタ達の諍いは後回しな?」
「…………此方としても異論はない」
主の我が儘と安全の天秤が揺れる心配は無いらしい。従者としての心構えは万全だった。
俺は彼女の躯を背後に隠した。
…………勢いでこんな立ち位置になったけど、これって、赤毛さんを守る騎士さん的なポジションだよね。確実に赤毛さんの関係者になるな。赤毛さんに向けて放たれた魔術を迎撃したから、もう手遅れか。
なるほど、有月の奴は常にこんな感じで事件に巻き込まれていたのか。
遠い目になる俺を余所に、覆面達は無言で剣を懐から引き抜き、一斉に襲いかかってきた。問答無用とはこのことである。
狙いは間違いなく赤毛さんだ。覆面達が登場してから今まで、奴らの放つ明確な殺意が彼女に集中しているのを俺は感じていた。
咄嗟に構えようとする俺よりも先んじて、従者達が敵へと走り出した。
「貴殿はお嬢様を頼むッ」
「頼むって俺本当は部外者なんですけどッ」
初対面の若造に託していいんですかッ、とのつっこみは空しく、従者チームVS覆面チームの戦いが巻き起こってしまった。
覆面が無言で振りかざす剣を、従者も果敢に手にした剣で受け止め、火花が散る。身近にレアルという剣士がいるお陰か、彼女程ではないが護衛と覆面たち、双方の一撃一撃が鋭いことが分かる。昨晩のチンピラよりも別格だ。切り結んでくる覆面四人に、従者四人は劣勢になることなく相対している。
って、四人?
切り結んでいる覆面四人とは別に、ローブ姿の覆面が仲間よりも離れた位置に立っている、奴から魔力の気配を察知。
「させるかぁッッ」
俺はその場でジャンプしながら円錐状の氷を精霊術で生み出し、魔力を操っている覆面に向けて投擲した。地上に立ったままだと、目の前で切り結んでいる従者達の誰かに当たる可能性があるからだ。
魔術の制御に集中していたせいか、俺が放った氷錐にローブ姿が気がついたのは目前に迫ってからだ。慌てて避けようとするも、精霊の加護を受けた氷の飛翔速度は弓が放った矢にも近い。当然、避けること叶わずに太股に突き刺さった。
ローブ姿の悲鳴が路地裏に木霊した。
よし、と拳を握るよりも早く、今度は直上からの殺気。上から?
感じるままに頭上を見上げると、路地を囲う家の屋根から、覆面の男が一人飛び降りる瞬間だった。手にはやはり剣を携え、落下の目標地点には赤毛さん。
落下してくる物体を狙い撃つ自信はない。判断した俺は、あの霊山でゴーレムを粉砕した武器ーー氷の大斧を作る。
「赤毛さん伏せろッ」
鋭い声に、赤毛さんは反射的にしゃがみ込み、俺はその直上から迫る暗殺者に向けて剛斧を振るった。風を薙払う一撃は覆面の脇腹に深々とめり込み吹き飛ばし、路地の壁に叩きつけられた。
続けて背後から。振り返るとこちらに迫る覆面の一人と、その更に向こうには腕から血を流してしゃがみ込んでいる従者。突破されたか。
迫る覆面は、突然(他人から見れば)現れた俺の大斧に目を大きく開き、踏み込みが乱れる。その隙を見逃さず、俺はそいつも大斧の薙払いで路地の壁に吹き飛ばす。
大斧というチョイスは、レアルとの鍛錬と話し合いの末で決定した俺のデフォルト装備だ。手甲と足甲で防御力も攻撃力も上昇したが、現代日本で暮らしてきた俺の戦闘力などたかが知れている。素人よりは余程動けるが、この世界のプローー戦いを生業にした者達相手に通用するはずもない。そこで俺が選んだ戦い方は『長い間合いと高威力の武器でごり押し』するという、身も蓋もない極論だ。
だったら剣で良いじゃないかとも思うだろうが、剣よりも斧の方が生み出す時にイメージしやすい。これは初めて精霊術で作ったのが斧だったからだ。何でこんなのを最初に作ったのかは、俺自身にも不明だ。先に述べたように、精霊の加護がある限り、俺の感じる斧の重量は振るうに最適化されている。こんな大質量の固まりを普通の剣と同じレベルで扱えるなら、非常に有効的だ。
ーーーーや、身の丈の大剣を素の筋力で自在に振り回している人とかもいますけどね。エルフ耳の巨乳剣士とか。
とりあえず、これで大抵の敵なら十分に戦いになるだろうというレアルのお墨付きをもらえる程度にはなったのだ。
瞬く間に仲間三人を無力化された覆面達に動揺が走る。最初に現れた五人は囮で、屋根から強襲してきた最後の一人が本命だったのだ。あるいは、最初に俺が氷で迎撃したローブ姿が高威力の魔術で俺らを吹き飛ばせていればそれでよかったのか。この状況になってしまえば、それを問う意味はない。
こちらは一人負傷しているがそれでも俺を含めて五人。赤毛さんはとりあえず戦力外で計算。対して覆面達は残り三人。人数差でも、戦力差でも彼我の優劣は明白。
何よりも、覆面達の予想外だったのが、俺の存在だ。つーか、俺自身もこんな事態になったのは予想外すぎる。敵三人を戦闘不能に追い遣ったのは俺だ。俺の存在がなければ、最初の魔術の不意打ちですべてが終わっていた。
襲撃の失敗を悟った覆面達は言葉無く同時にそれまで剣を切り結んでいた従者達と離れ、足から血を流しているローブ姿の側に駆け寄る。
覆面達の一人が、玉のような何かを取り出し、振りかぶる。
「逃ーーー」
「ーーーーがす分けないだろうがッ」
従者の一人の言葉を引き継ぎ、俺は斧から手を離し、前方に突きだした。かざした手とそこから続く空間に意識の全てを傾ける。
精霊術に必要なのは、明確なイメージだ。何を望み、何を成すのか。その確固たる意志で精霊に語りかけ、現実に具現化する。覆面共が一カ所に集まったのは幸いだ。
イメージするのは『檻』だ。右手を握り、左手は開いて平は上に。想像を右手に乗せ、左手は大地に見立て。
「即席留置所ってかッ」
右手の底をを左手に叩きつけた。バチンっと音が響くと、覆面達の周りを囲う壁が出現。氷の立方体が、すっぽりと逃亡直前の彼らを閉じこめた。
出現した半透明の壁に、だが振り下ろした腕の勢いは止まらなかった。覆面の手から放れた玉は地面に叩きつけられて炸裂、濃度の濃い白煙が吹き出した。
ーーーー氷の壁に覆われた密閉空間内に。
……………………これは笑うところだろうか?
や、覆面達にとっては緊急事態なんだろうけどね。逃走用の煙幕玉使ったら、いつの間にか閉じこめられていた檻の中に充満するだけ。こっちは視界良好だけど、彼方はほぼ視界ゼロになってしまった。
内側から氷の檻を叩いているようだが、びくともしない。俺が精霊術で作る氷の強度は、そこに込めたイメージと距離の影響を受ける。俺の手元であれば最大強度はレアルの全力でようやく破壊できる程だ。距離が離れれば減衰し、加えて緻密な造形も難しくなってくる。俺と氷の檻の距離は少し離れているので難しい物は作れないが、あんな単純な構造であり、かつイメージをシッカリ持っていれば相当の堅さが保てる。それに、俺が精霊術で作った氷は、精霊の影響が切れない限り、俺と『リンク』している。俺の意識が『あれ』から離れない限り、ちっとやそっとの衝撃でヤブられることはない。
ふぅ、一旦落ち着いたか。感じ取れる範囲で殺気や魔力の動きは無い。俺が壁に叩きつけた覆面二人も意識を失っている。斧を叩きつけたとき、骨の数本が纏めてへし折れた感触がしたが、死んでいない。まぁ、勢い余って脊髄まで折れてるかも知れないが、そこら辺は自業自得としてあきらめてもらおう。
「赤毛さん」
「………………………………えっ?」
声を掛けるも、赤毛さんは心ここにあらずって様子だ。
「あの覆面達と面識が無いのはわかったが、じゃあ命を狙われる心当たりってあるかい?」
「あ……………………その…………えっと…………」
口から声が出るが、喉の辺りで引っかかっている。言葉にならない音が途切れ途切れに発せられる。めまぐるしい状況の変化に混乱気味か。
「なぁ従者さん」
「……………………」
こちらは黙りか。ただ、氷の檻を、そして意識がない覆面を見る目には険しさが強い。その表情からして心当たりが皆無でないのは読みとれた。お嬢様っぽいから、親の因縁やら身代金やらと想像するが、まだ会って一時間前後の相手の身の上を推し量れるはずもない。
しかし、これからどうするか。手元にあるならともかく、離れた位置にある造形物を支配下に起き続けるのは結構骨が折れる。檻を維持したままだと俺はこのままだとろくに動けない。
とりあえず、檻の内部温度を氷点下まで下げて覆面達の動きを封じておくか。そうすれば檻を解除しても逃げられる心配はない。
俺はイメージを変えようとした。
ーーーー鮮烈な気配が肌を突き刺した。
痛みすら覚えそうな過剰な魔力の動きを感じる。
その発生源が特定できるよりも早く、氷の檻が爆散した。
「ーーッ、がぁぁぁぁぁッッッ」
檻のイメージを固めるために使っていた右腕に激痛が走る。
激痛に目尻に涙が溜まるも、俺は噛みしめて前を睨みつける。やはり氷の檻は粉々に砕けており、中に充満していた白煙が広がり視界を遮る。
目には見えず、だが四つの気配がそこから離れようとしているのは感じられた。加えて、俺が吹き飛ばした奴等もここがチャンスとばかりに動き出す。あの怪我で動けるのか。死んでいないにしろ肋骨数本と内臓にかなりのダメージがあるはずなのに。脇腹を押さえて逃げ出す二つの覆面の動きは負傷しているとは思えないほどに素早く、俺も従者も咄嗟には手が届かない。
「待ちーーーーやがれェッ」
右腕の感覚は戻らない。俺は残った左手を起点に氷を作り、全力を持って蹴り飛ばした。狙いの甘さは精霊が補ってくれる。高速で飛翔する氷の礫は逃げ出そうとする内の一人に迫る。
ゴウンッと、爆音を立てながら、紅蓮の柱が天に伸びた。氷の礫はその炎の柱に吸い込まれると音すらも蒸発させる。
ーーーーッ、何だこいつはッ!?
炎の柱を構成する魔力の『質』に、オレは愕然とする。
オレの氷を粉砕したのと同じ魔力だ。だが今まで見てきたどの人間よりも異質。人間と呼べるのか疑問に思うほどに濃密だ。
氷の礫が消滅し、左の指先がビリっと痺れる、即席で作ったためそこまで強固には作っていないのに、体に返ってくる。つまり、あの炎の柱はそれ程までの超高温ということだ。
炎の柱はしばらくその場で燃え続け、やがてたっぷり三分ほど経ってから消滅した。柱の根本だった部分の石畳が溶けていた。どんだけの熱量だよ。覆面達はその場から完全に姿を消していた。気配を探るが、やはり感じられる範囲にはもういなかった。逃げられたか。
捕まえられはしなかったが、襲撃者達の犯行は失敗に終わった。もうこの場に殺意はない。一名ほど怪我人は出たが、ぱっと見では腕を切られたぐらいだ。この世界には治癒魔術という便利なものがある。腕がまるまる欠損していないのであれば、専門家に見せれば問題なく治るだろう。
「…………助力、感謝する。我々だけでは危うかったかもしれん」
従者達の一人が剣を鞘に納めながら礼を言う。
「お礼は言葉よりも『
お金
』でしてほしいね。俺は本来、おまえさんの仕えるお嬢様とは縁も義理もないんだ。迷惑料をもらっても罰は当たらないだろ?」
指で輪っかを作りながら伝えると、従者は呆れながらも笑みを作った。
「確かに、我々が巻き込んでしまったのは間違いない。了解した、望み通りの報酬ーーとまではいかないが、商人が護衛を頼むときの相場ぐらいは支払おう」
「交渉成立だな。・・・・・・あ、俺田舎者だからそこら辺の相場に詳しくねぇんだ。悪いが俺の保護者を呼んできても良いか? たぶんあっちはそこそこに詳しいはずだから」
「無論構わない」
「じゃあ、とりあえず俺たちの止まってる宿にーー」
ーーーーぐらりと、視界が揺れた。
「……………………あ…………れ?」
足先から力が抜け、ぺたりとその場に尻餅を付く。頭の奥から凄まじい疲労感が押し寄せてきた。これには覚えがある。
「お、おい大丈夫かッ?」
「あー、これはちょいと・・・・・・無理くさいなぁ」
意識が途切れ途切れになってくる。
「悪いんだけどさぁ…………俺の保護者さんを呼んできてくれね?」
俺はどうにか最後の力を振り絞り、レアルがいるだろう宿の場所を伝えると、その場に倒れのだった。