Kanna no Kanna RAW novel - chapter (150)
第百三十八話 本編がシリアスなのでサブタイトルくらいはコメディしたい(内容は本当にシリアス)
長い話を終えた宰相が、一息を入れた。
大いなる祝福
という存在は、俺の予想を遙かに超えて厄介な組織であるようだ。そんなヤバい組織の標的にされそうな俺って……ちょっと泣きそうだ。
「ここからが本題です。──白夜叉殿、確認させてもらいたいのですが」
宰相の声に、俺は現実逃避しそうになっていた意識を引き戻す。
「少し前にディアガル帝国が保有する鉱山で起こった魔獣の大発生。それと先日に君たちを襲った謎の集団。この二つに
大いなる祝福
が関与しているのは間違いないですね?」
「……『
大いなる祝福
』を名乗る奴らがいたのは間違いない。鉱山には『天剣のシュライア』と白衣の男。遺跡ではラケシスって野郎が文字通り裏で糸を引いてやがった」
「その目的に関して、何か心当たりは?」
俺は頭の中を軽く整理しながら、口を開いた。
「鉱山での一件に関しちゃぁ今でも皆目検討つかない。単純に考えれば、幻竜騎士団と冒険者達の全滅でしょうが……」
あんな大掛かりな魔術式を使って何をしたかったのか、詳細な目的は未だに不明だ。単純に人里に被害を出したかったとは考えにくい。何にせよ、ろくでもない結果になるのは確実だっただろう。
「遺跡での一件は……確実にファイマ──そこのお嬢様狙いだったのは間違いないっすね」
少し迷ったが、俺は正直に述べた。遺跡には俺たちの他にも幻竜騎士や天竜騎士の面々もいたのだ。特に、カクルドとスケリアはファイマの護衛として近くにいた。俺が口を閉じたとしてもどうせディアガル帝国側には伝わってしまう。
ならば心象をよくするために正直に答えた方がいいだろう。ファイマへの申し訳なさがこみ上げてくるが、仕方がない。
ファイマを狙っているとしても、やはりどうして彼女を狙ったのかはやはり不明だ。
「なるほど。そうなりますか」
宰相は俺から視線を外すと、今度はファイマに目を向けた。俺もつられるようにファイマの方を見るが──。
「……ファイマ?」
大いなる祝福
の話が始まってから、ファイマの様子がおかしい。いつもならこの手の話になると色々と思考を巡らせるのが彼女だが、宰相に視線を向けられた今のファイマは思い詰めたような表情のまま俯いていた。
……俺がまだ入院していたとき、レアルとの会話で出てきた『心当たり』──それがファイマだ。
渓谷で俺たちを焼き殺そうとしたあの魔術士。明確な証拠はないが、奴も
大いなる祝福
の一員だ。シュライアやラケシスと同じく『あの気配』を感じたのだから間違いない(俺の主観なので証明のしようがないが)。
都合、ファイマは
大いなる祝福
に二度も命を狙われたことになる。彼女は最初心当たりが無いと言っていたが、頭脳明晰な彼女が本当に心当たりがないとは考えにくい。
それに、遺跡でラケシスを回収しにきたシュライアが最後に残した言葉もある。
──彼女を狙う理由に関してなら、本人に聞くのが一番だろう。
──なぁ、ファルマリアス様?
敵対者ではあったが、あの口振りに嘘偽りは含まれていなかったはず。更に言えば、その言葉を受け取ったファイマの同様が確信を抱かせる。
ただどうしても、それを直に指摘するのは躊躇われた。
ファイマとはそれなりの信頼関係を結べていると自負はしている。けれども、そうでありながらもやはり話せないことはあるだろう。俺だって彼女に伝えていない秘密は多い。だから安易に踏み込めなかった。
俺が悩みを抱いていると、それまで黙っていた皇帝がファイマに語りかけた。
「……現時点で、奴らの思惑にたどり着く唯一の手掛かりがそなただ。なるべくなら、そなた自身の意志で喋ってもらいたいと思っている」
……………………………………。
緊張感を孕んだ沈黙が場を支配した。
──やがて、ファイマは意を決したような表情になり、顔を上げた。
「ケリュオン皇帝陛下」
「なんだ?」
「私がディアガル帝国を訪れたのは私個人の独断であり、他の一切の思惑と何ら関わりはありません。そのことを前もって留意していただきたいのです」
「……その口振りからすると」
「どうせ陛下は既にご存じなのでしょう? でなければ、他国の何の権力も持たない貴族の娘を、国賓という手厚い待遇で迎え入れるはずがありません」
ファイマは、諦めにも近い苦笑を浮かべた。
「ディアガルへ入国後、『それ』に目をつぶって頂いた心遣い、誠に感謝いたします。ですがここに至り、もはや隠し通す道理は御座いません」
そう言ってから、ファイマがこちら側──俺とクロエの方に顔を向けた。
「それに──これ以上隠し事を重ねるのは、心苦しいのです。命を賭けて私の事を守ってくれた彼らに、私は誠実でありたいと思います」
「ファ、ファイマ殿?」
クロエは不安げな表情を浮かべた。
「ごめんなさいクロエさん、それにカンナ。私は二人に大きな嘘を付いていたわ。けど、真実を告白して二人との関係を壊すのが怖かったの。二人は私に初めて出来た同世代の友人ですもの」
でも、とファイマはグッと目を閉じた。
「もう二人は無関係ではない。責任の一端は私にもある。
だから、この場で改めて名乗らせてもらうわ」
再び目を開いたとき、ファイマは大きな責務を自ら背負った者の顔をしていた。
「私の名前は──ファルマリアス・エアリアル・
ユルフィリア
」
その名を聞いた途端、俺は自らが抱いていたはずの疑問を思い出した。
彼女の髪の色が──その面影が、誰かに似ていた事実を。
ファイマと──あの姫の顔が、頭の中で重なり合った。
「ユルフィリア王国の第一王女──それが本当の私よ」
彼女は──ファルマリアスは、俺をこの世界に呼び出した女の……姉だったのだ。